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火刑される寸前で前世を思い出しました 北の銀狼王様に「運命のつがい」と見初められて溺愛されています  作者: 鷹居鈴野


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第6話 銀の指輪

その夜、王城の私の部屋に、ガレオン様が訪れた。


「リリアーナ。お前のために、用意したものがある」


手のひらに、小さな銀色の宝石箱が乗っていた。開けると、繊細な銀の指輪。中央に、淡い水色の宝石が嵌め込まれている。私の瞳の色と、雪の結晶を思わせる、美しい石だった。


「これは……?」


「銀狼族の運命のつがいに贈る、最初の指輪だ。婚約指輪、と人間風に言ってもいい」


彼は、片膝をついた。


「リリアーナ・フォン・アッシュフォード。私の運命の人。私の隣で、これから先を、ずっと共に歩んでくれるか」


頭で考えるようなことではなかった。


「はい」


答えた。


「喜んで」


彼の指が、私の左の薬指に、銀の指輪を滑らせた。ぴったりと、はまった。まるで、最初からこの指のために作られていたかのように。


「これで、私はお前のものだ」


瞳が、満足げに細められた。


「そして、お前も、私のものになってくれるか」


指が、私の頬に触れる。ゆっくりと、彼の顔が近づいてきた。私の唇に、銀狼王の唇が、初めて触れた。


触れ合った場所から、ほんのわずかに、彼の魔力が、流れ込んでくるのがわかった。魂を通わせるだけだった熱が、初めて、互いの魔力そのものを分け合う、二段目の深さに、変わっていく。


肩の紋様が、じわりと、熱を持った。鏡の前で確かめると、淡い銀色の光が、これまでよりくっきりと、肌の上に浮かんでいた。


(これが……)


身体の奥が、じんわりと、温かくなった。


その夜、私は、母の形見のロケットの隣に、彼の指輪を、新しい宝物として加えた。


ふと、指先が、ロケットの表面を、なぞった。


(あのとき、エマは、何を言おうとしたんだろう)


『お母様の形見のロケットを、決して――』


続きは、炎に、呑まれてしまった。「決して、手放さないで」だろうか。それとも、もっと、別の言葉だったのだろうか。


わからないまま、ロケットを、そっと、胸元に戻した。答えは、まだ、遠かった。


――


「治癒の魔石輸出契約に関する詔勅、本日、ヴァルデンツ王国に発布いたしました」


数日後、宰相のドラゴ(熊の獣人、五十代、文官筆頭)が、厚い書状をガレオン様の前に差し出した。


「内容は、リリアーナ様のご提案通り。月に一度、治癒属性の魔力を込めた魔石を、獣人国からヴァルデンツ王国へ納品する契約です。数量は事前申請制、代金は獣人国の王室財政に直接納入される仕組みです。初回契約期間は三年。延長はヴァルデンツ王国側からの申請とし、獣人国側に拒否権を与える条文を入れました」


「いいだろう」


ガレオン様は、書状を一瞥して頷いた。


「リリアーナ。お前の意図通りに進んでいるか?」


「はい」


胸の奥で、複雑な感情が渦を巻いていた。


私が獣人国に移ってから、ヴァルデンツ王国では、治癒属性の魔力そのものが、目に見えて薄くなっているはずだ。莫大な治癒魔力を持つ私が国から抜け落ちた穴は、並の治癒術師では埋まらない。放っておけば、疫病も、傷病者も、日ごとに増えていく。


(私の存在そのものが、あの国を支えていたなんて、皮肉な話)


けれど、無償で助けてやるつもりはなかった。魔石という形にすれば、量も、値も、渡す条件も、こちらが決められる。


これで、ヴァルデンツ王国は治癒の魔石を獣人国経由でしか得られない構造になった。三年間、彼らは獣人国に頭を下げ続ける。その間に、私は獣人国の治癒師団を強化し、ヴァルデンツ王国の治癒体制を完全に追い越す。――そういう設計図。


ドラゴ宰相が下がる。代わりに、軽快な足音とともに、漆黒の軍服姿の青年が入ってきた。


「お前ら、楽しそうだな」


白虎の獣人。身長は二メートル近く、肩幅は獣人の中でも特に広い。短く刈り込んだ銀の髪、黄金色の瞳。陽気な笑みを浮かべている。


「リリアーナ嬢、初めまして。アッシュ・フォン・ホワイトファング。陛下の右腕で、諜報部長です。よろしく頼むよ」


「アッシュ。礼儀がなっていない」


ガレオン様が、低く窘めた。


「すみませんすみません。――それで、報告だけど」


アッシュは、軍服の懐から、一通の書簡を取り出した。


「ヴァルデンツ王国、相当焦ってる。治癒師の絶対数不足で、貴族の中に病死者が出始めてる。おっと、リリアーナ嬢の実家、アッシュフォード侯爵領も、領民の間で熱病が流行ってるらしい。三日前から、貴族向けの治癒派遣がストップしてるからね」


心が、わずかに揺れた。


リリアーナの記憶の中の、領民たちの顔。畑で働く農民。市場で笑っていた女たち。彼らに、罪はない。


(でも、辺境の領民を救えなかったのは、私を切り捨てた父の責任)


(私を治癒の柱として育てておきながら、利用価値が下がった瞬間に切り捨てた。自業自得だ)


「アッシュ。続けて」


「ああ。それから、これが本題」


アッシュは、もう一通の書簡を、ガレオン様の前に置いた。


「ヴァルデンツ王国から、第二の使者が来る。今度は宣戦布告でも引き渡し要求でもない、『正式な交渉団』。来週、獣人国に来る。代表使者は、第二王子レオン・フォン・ロイヤルマーク。副使者は、聖女セシリア・フォン・アッシュフォード」


「――」


指先が、ぴくり、と震えた。ガレオン様の表情が、ゆっくりと変わった。抑えきれない殺気が滲む。


「あの愚王子と、お前の義妹が、ここに、来るのか」


「はい、陛下。治癒輸出契約の交渉、という名目です」


喉の奥で、低い唸りが響いた。


「いい度胸だ。獣人国に足を踏み入れたが最後、生かして帰すと思っているのか」


「ガレオン様」


彼の腕に、そっと手を置いた。


「殺してはいけません。殺すのは、いつでもできます。今は――彼らの正体を、世間に晒すのが先です」


レオン王子が交渉団のトップで来る理由は、おそらく、私を口説き落としてヴァルデンツ王国に連れ戻そうとしている。プライドの高い人だから、自分が直接交渉して取り戻したい、と考えるはずだった。


セシリアの正体は、私の中で、もう半分推測がついている。義母はおそらく、他国の諜報員側の人間。正体を暴露するチャンスを、向こうから差し出してきた格好だった。


治癒輸出契約の場で、二人を完膚なきまでに公衆の前で恥をかかせる。殺すよりも、恥辱の中で生かしておくほうが、重い罰になる。


「ガレオン様。私に、彼らとの交渉を、任せてくださいませんか」


「お前自身が、対峙すると?」


「ええ。私を陥れた、元婚約者と義妹。彼らに、私自身の手で、けじめをつけたいんです」


ガレオン様は、しばらく無言で私を見つめた。それから、ゆっくりと私の左手を取って、銀の指輪に唇を落とした。


「いいだろう。ただし、私も、隣に立つ。お前を独りにはしない」


「はい」


「そして」


尾の先が、苛立たしげに、床を打った。


「お前が望む形に、彼らが落ちぶれた後で、最後の処分は私がする」


「……はい」


アッシュが、口笛を吹いた。


「うわー、こりゃ怖い夫婦だ」


「アッシュ」


「すみませんすみません」


両手を上げて謝りながら、私を見て、にっと笑う。


「リリアーナ嬢、案外、容赦ないね。気に入ったよ」


――執務室を出ると、廊下の角で、ミーナが書類を抱えて待っていた。


「お嬢様、お疲れ様でし――」


言葉が、ぴたりと止まった。私の後ろから出てきたアッシュを見て、頬がさっと赤くなる。


「アッ、アッシュ様」


「お、ミーナ。元気そうだな」


アッシュが、軽く片手を上げた。陽気な笑顔。けれど私は、ちゃんと見た。一瞬、黄金色の瞳が、ミーナの上で、優しく緩んだことを。


ミーナは、何度もぺこぺこ頭を下げて、慌てて廊下の向こうに走り去っていった。


私は、隣のアッシュを、横目で眺めた。


「アッシュ様。ミーナのこと、好きなんですか?」


彼が、ぴしっ、と固まった。


「――え」


「あ、図星ですか」


「な、なんで」


「私、観察眼があるほうなので」


アッシュが、観念したように、髪を掻きむしった。


「ああもう、リリアーナ嬢、容赦ないって言うのは、こういう意味かよ……」


(彼らも、幸せにしてあげたい)


その夜、私は寝室の窓から、夜空を眺めた。獣人国の冬の夜空は、人間の王都より、星が遥かに鮮明に見える。


(レオン様、セシリア)


(来週、お会いしましょう)


(あなた方が私から奪ったものを、私は利息つきで取り返します)


左の薬指で、銀の指輪が、夜空の星と同じ色に光っていた。



――指輪を渡した瞬間の、彼女の顔を、ガレオンは、何度も思い返していた。


驚いて、それから、泣きそうになって、それでも笑った顔。


三百年前、まだ若かった頃の自分に、この日を見せてやりたい、と思った。運命の相手など本当にいるのか、幾度も自問しながら、ただ剣を振るい続けていた、あの頃の自分に。


(お前は、間違っていなかった)


執務室で、アッシュがミーナへの想いを見抜かれてうろたえる姿を見ながら、ガレオンは、密かに笑いを堪えていた。


――自分も、あの若者と、大して変わらない。


長く生きた王が、たった一人の人間の少女に、いいように振り回されている。それを、誰よりも自分自身が、一番、楽しんでいた。


ヴァルデンツ王国から来る使者――レオンとセシリア。その名を聞いた瞬間の、抑えきれない怒り。あれを、彼女の前では隠し切れなかった自分を、ガレオンは、少しだけ、恥じた。


(だが、隠す必要も、ないのかもしれない)


彼女は、弱さを見せることを恐れていない。ならば、自分も、隠さなくていい。


長い時を生きて、誰にも見せなかった顔を、彼女には、全部、見せてもいい。


そう思えることが、ガレオンにとって、何よりも、新しい経験だった。

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