第28話 三百年の対価
治療は、王城の最も奥にある、儀式の間で行われた。
グリゼルダ団長と、治癒師団の精鋭が、周囲を固めていた。ガレオン様は、寝台に横たわり、私は、その傍らに立った。
「リリアーナ様。魔力経路の根に触れる施術は、前例がありません。慎重に」
「はい」
彼の手を取った。冷たかった。三百年生きた王の手が、こんなにも、冷たいことに、初めて気づいた。
「ガレオン様」
「何だ」
「怖いですか」
「――お前がいれば、怖くない」
その言葉に、少しだけ、涙腺が緩んだ。それを、袖で拭って、意識を、彼の魔力経路へと、集中させた。
意識を、彼の内側へ、ゆっくりと辿らせていく。銀狼族特有の、深く、強い魔力の流れ。その根の部分に、確かに、罅があった。呪いの残滓が、そこに、まだ、こびりついている。
(リクトリア山脈のときと、同じ)
(でも、今度は逆。彼の魔力を、私が、治す番)
損傷の構造を、丁寧に、読み解いていく。焦れば、亀裂は広がる。ゆっくりと、彼の魔力の流れそのものを乱さないよう、慎重に、汚染だけを、剥がしていく。
「うぐ……」
ガレオン様が、低く、うめいた。
「痛みますか」
「大丈夫だ。続けろ」
彼の手が、私の手を、強く握り返した。痛みに耐えながらも、その目は、まっすぐに、私を見ていた。
(信じてくれている)
(なら、応えなきゃ)
集中を、深めた。汚染の、最後の一片。そこに触れた瞬間、亀裂が、ぐらりと、動いた。
「――ッ!」
治すはずの傷が、逆に、広がろうとしていた。呪いの残滓が、抵抗している。このままでは、届かない。
(足りない)
自分の魔力だけでは、届かない。奪う力を使ったときと同じ、あの感覚――自分の内側から、何かを、削り出す必要がある。
(迷うな)
魔力の底、いつもは触れない場所まで、手を伸ばした。指先が、震える。視界の端が、白く、霞んだ。
「リリアーナ、無理をするな!」
「大丈夫、です」
歯を、食いしばった。削り出した分を、亀裂に、注ぎ込む。
汚染の最後の一片が、ゆっくりと、剥がれ落ちた。魔力の流れが、本来の道筋を、取り戻していく。
そして――亀裂が、静かに、塞がった。
「――終わりました」
長い、長い、沈黙のあと、私は、そう告げた。
ガレオン様が、ゆっくりと、身体を起こした。深く、息を吸う。その顔に、色が、戻っていた。
「……治った、のか」
グリゼルダ団長が、彼の魔力を、丁寧に確認した。
「はい。魔力経路、完全に修復されております。……見事です、リリアーナ様」
安堵で、その場に、崩れ落ちそうになった。ガレオン様が、すぐに、私を支えた。
「リリアーナ」
「はい」
「もう二度と、私に、隠し事はするな」
「それは、こちらの台詞です」
睨みつけた。目には、涙が、また滲んでいた。
「あなたが、隠したせいで、私、どれだけ怖い思いをしたか」
「すまなかった」
素直に、頭を下げた。三百年生きた王が、私に対して、深く。
「もう二度と、お前に黙って、危険を背負わない。誓う」
「本当ですね?」
「本当だ」
彼は、私を、そっと抱き寄せた。
「リリアーナ。お前は、私の呪いを、二度、解いてくれた。土地の呪いと――私自身の、身勝手な呪いを」
「ガレオン様……」
「これからは、共に背負う。それが、運命のつがい、ということなんだな」
「はい」
窓の外、獣人国の空に、久しぶりの、澄んだ青が、広がっていた。二人で乗り越えた危機の先に、ようやく、本当の意味での、穏やかな日々が、始まろうとしていた。




