第24話 最後の刺客
市場での捕縛から、三日が経った。
アッシュの諜報部が、王城の全使用人の身元を、洗い直していた。厨房、洗濯場、庭師、馬丁――一人ひとりの経歴、出身地、家族構成。
「見つけた」
四日目の夜、アッシュが、執務室に飛び込んできた。息を切らしている。
「誰?」
「厩舎番の、コンラート。三年前に、獣人国に流れてきた元傭兵だ。身元保証人は、確かに獣人国民だが――保証人自身が、五年前にザイデルンへ渡航した記録がある」
「厩舎番……」
つまり、コンラートは、市場で捕らえた三人の実行犯とは、別枠。表には出ず、内部の情報を横流ししていた協力者ということだ。
頭の中で、王城の見取り図を、たどった。
厩舎は、王城の裏手。婚礼の日、外部の馬車や荷物が、最も出入りする場所。市場視察の日程も、厩舎を通して、当日の護衛配置が漏れていた可能性がある。
「今、どこに?」
「厩舎にいる。普段通り、仕事をしている」
「泳がせているの?」
「いや」
アッシュの黄金色の瞳が、鋭くなった。
「動きがおかしい。今夜、厩舎の裏で、誰かと接触する予定があるようだ。部下が、それらしい伝言を拾った」
「今夜……」
ガレオン様が、立ち上がった。
「捕らえに行く」
「待ってください、ガレオン様」
私は、彼の腕を止めた。
「今、捕らえても、コンラートが単独犯だったら、それで終わりです。でも、もし『接触する誰か』がいるなら――その人物こそ、指示役の本体かもしれない」
「泳がせろ、と?」
「今夜だけ。接触の瞬間を、押さえたいんです」
ガレオン様は、しばらく無言だった。それから、低く、頷いた。
「――わかった。だが、私も行く」
「私も」
「リリアーナ」
「私を狙っている相手です。私が、この目で、決着を見届けます」
――夜半。
王城裏手の厩舎。私たちは、干し草の陰に身を潜めていた。アッシュの部下が、音を立てず、周囲を固めている。
月明かりの下、厩舎番のコンラートが、裏口に立っていた。落ち着かない様子で、何度も、周囲を見回している。
やがて、黒いローブを纏った人影が、壁の陰から現れた。
「遅い」
コンラートの声が、緊張していた。
「静かに。……計画は、失敗した。実行犯二人は、捕縛された」
ローブの人物の声は、低く、抑揚がなかった。
「じゃあ、俺たちは――」
「お前は、最後の役目を果たせ。婚礼の宴で使った、あの厨房の裏口の鍵。まだ、持っているな?」
「あ、ああ」
「今夜、王妃の私室に、これを届けろ」
小さな瓶が、コンラートの手に渡された。中の液体が、月光に、鈍く光る。
「即効性の毒だ。飲ませずとも、肌に触れるだけでいい。花瓶の水に、一滴垂らせ」
私の呼吸が、止まりかけた。
(花瓶の水……ヴェルナが贈ってくれた、花たちの――)
ガレオン様の腕に、力がこもるのが、わかった。
「今だ」
低い声。
飛び出したのは、私が合図するより早かった。
「動くな!」
アッシュと白虎部隊が、四方から現れた。コンラートが、瓶を取り落として、逃げようとした。けれど、獣人の脚力には、勝てない。
「ッ――!」
ローブの人物が、瞬時に、後ろへ跳んだ。夜陰に紛れて、厩舎の壁の暗がりへ、駆け出す。あと数歩で、囲みの外だった。
(逃がさない)
私の手のひらから、淡い水色の光が、地面を這うように伸びた。届くか、届かないか。ぎりぎりの距離。相手の足元の熱を、瞬間的に奪う。
「な――」
足が、あと一歩というところで、その場に凍りついたように、動かなくなった。
「終わりよ」
ゆっくりと、歩み寄った。
ガレオン様が、ローブのフードを、乱暴に剥ぎ取った。
――そこにいたのは、見覚えのある顔だった。
「あなたは……」
婚礼の宴で、東方連邦国の使者に付き添っていた、通訳の女性。物腰の柔らかい、目立たない存在。だからこそ、誰も、疑わなかった。
「本国から派遣された、正規の外交官じゃない、わね」
「……ザイデルンの、外部協力者よ」
観念したように、女は、低く笑った。
「東方連邦国の通訳団に、潜り込ませてもらった。まさか、こんなに早く、見つかるとは思わなかったけど」
「なぜ、ここまでして」
「ザイデルンにとって、あなたは、脅威そのものよ。ヴァルデンツ王国を経済で従属させ、三百年の呪いを解き、東方とスピナを味方につけた。放置すれば、この大陸の力の均衡が、根本から変わる」
「だから、殺す?」
「殺すか、生け捕るか。本国の判断は、その時々で変わる。今回は――殺す判断だった」
ガレオン様の喉から、地を這うような唸りが、響いた。
「貴様――」
「ガレオン様」
私は、彼の腕に、そっと手を置いた。
「殺さないで。この人にも、生きて答えてもらうことがあります」
女を見据えた。
「ザイデルンへ、伝言をお願いします。――これで、あなた方の暗殺計画は、三度失敗した。次があるなら、遠慮なく相手をするけれど、私は、これ以上、無駄な血を流したくない。ザイデルン国王ヴァレリウス陛下に、直接、お伝えしたいことがあります」
「……何を」
「東方連邦国とスピナだけでなく、ザイデルンとも、手を取り合う道を、探りませんか。――これ以上の対立は、両国にとって、何の得にもならないはずです」
女は、しばらく、私を見つめた。
「本気で、言っているの?」
「ええ。私は、復讐したい相手には、容赦しません。でも、まだ手を組める相手を、わざわざ敵に回す趣味は、ないんです」
コンラートと、通訳の女は、アッシュの部下に連行されていった。
ガレオン様が、私の肩を抱いた。
「リリアーナ。お前は、本当に、私の予想を、いつも超えてくる」
「褒めてます?」
「褒めている」
彼の唇が、私の額に落ちた。
「これで、暗殺者の脅威は、終わりだな」
「はい」
夜空を見上げた。月が、静かに、王城を照らしていた。
(エマ)
(また、ひとつ、乗り越えたわ)




