第22話 残り二人
「市場視察は、明後日の午前中に決まった」
執務室で、アッシュが地図を広げた。ヴァルガルディア中央市場。獣人国最大の商業区画。
「表向きは、リリアーナ嬢の『新婚の妃、初の市中視察』。獣人国民には、事前に触れを出す。人が集まれば集まるほど、諜報員も動きやすくなる」
「囮としては、上出来ね」
「ただし、条件がある」
ガレオン様が、地図の上に、指を突き立てた。
「私が、常にお前の半径三メートル以内にいる。白虎部隊は、市場の屋根と路地に、五十名配置する。逃げ場は、作らせない」
「わかりました」
「リリアーナ嬢」
アッシュが、私を見た。
「厨房の一人目は、口を割った。だが、残り二人が誰なのかは、まだわからない。潜伏先も不明だ。市場に紛れているとしたら、行商人か、見物客か――もしかしたら、警備側にすら」
「警備側?」
「ザイデルンは、金で人を動かす国だ。獣人国の下級役人を買収している可能性は、捨てきれない」
背筋が、冷たくなった。
「つまり、誰も、完全には信用できない」
「そういうことだ」
ガレオン様の喉から、低い唸りが漏れた。
「私の妃を狙う者が、我が国の中に紛れているというだけで、腸が煮えくり返る」
「ガレオン様。怒りは、当日まで取っておいてください。今は、頭を使うときです」
「……わかっている」
深く息を吸って、地図を見つめた。
(相手の狙いは、私。だったら、私が一番「無防備に見える瞬間」を作れば、そこに来る)
「アッシュ様。視察の途中、一度だけ、私が護衛から離れる時間を作りたいの」
「な――」
ガレオン様が、口を開きかけた。
「もちろん、本当に離れるわけじゃありません。離れたように、見せかけるだけです」
指で、市場の地図の一角を示した。
「ここ、市場の奥の花屋。獣人国の伝統で、新妻が最初に花を買う店、と聞きました。私が、そこに一人で入る素振りを見せる。護衛は、少し距離を取って、店の外で待つふりをする」
「餌にする気か」
「ええ」
「私は、店の裏に潜んでいる。花屋の主人は、アッシュ様の部下に扮装させて」
アッシュが、にやりと笑った。
「面白い。花屋の裏に、俺の部下を五人。屋根の上に、狙撃できる弓兵を配置する」
「リリアーナ」
ガレオン様が、私の肩を掴んだ。
「本当に、危険はないんだな」
「あなたが、すぐ近くにいる限り」
彼の手を、そっと握った。
「私は、もう、独りで戦うとは言いません。約束、覚えてますよね」
しばらく、彼は私を見つめていた。それから、諦めたように、息を吐いた。
「――わかった。だが、少しでも様子がおかしければ、私は計画を無視して飛び込む」
「はい、それでいいです」
窓の外、獣人国の空に、薄い雲が流れていた。二日後の市場視察が、決着の場になる。




