第17話 魂の結合
ガレオン様の魔力が、私の中に、ゆっくりと流れ込んできた。それは、私が今まで知っていた、どの魔力とも違う。獣の本能のような、深く、静かで、力強い魔力。
(これが、銀狼王の魔力)
(私の魔力の十倍以上、ある。これなら、いける)
「では、始めます」
目を閉じた。
手のひらから、淡い水色の光が、針のように細く、地面に伸びた。光は、土を貫き、岩を貫き、地中深くへ、深くへ、染み込んでいく。
「リリアーナ……?」
声が、遠く感じた。
地下、数百メートル。残り三百。残り百。到達。
意識が、地下五百メートルの闇の中で、三百年前の呪文を、捉えた。それは、複雑な、暗黒の術式だった。古代魔王の、最後の絶望と憎悪が、絡まり合い、自己再生を繰り返す、巨大な魔法構造体。
(でも、辿れる)
呪文の中で、再帰的にループしている部分の、起点を見つける。あった。これが、すべての汚染を生み続けている、根っこ。
そこに、停止の意思を、流し込む。
魔力が、ガレオン様の魔力と共に、呪文の核に、ゆっくりと流れ込んだ。
そして――停止した。
呪文の核が、ぐらりと、消えていった。ガラガラと、何かが、崩れる音が、地中で響いた。
「うッ――!」
よろけた。すぐに、抱きとめられた。
「リリアーナ! 大丈夫か!」
「はい……、終わりました」
上を見上げた。
――変わっていた。
黒い土が、ゆっくりと、色を取り戻していた。茶色の、健康な土の色に。
そして、土の中から――ぽつり、ぽつりと、緑の若芽が、顔を出し始めた。
「すご……」
ガレオン様も、息を呑んだ。
「三百年、何ひとつ生えなかった土地に……」
クレーターの上から、グリゼルダ団長の歓声が降ってきた。
「リリアーナ様! 雪が、降り始めましたぞ!」
空を仰いだ。雲が割れ、白い雪が、ゆっくりと、降り始めていた。三百年ぶりの、リクトリア山脈の、雪。呪われた大地が、再び、自然のサイクルに、戻っていく。
「……エマ」
雪を、両手で受け止めた。
(エマ。あなたの「優しさ」が、三百年の呪いを、解いたのよ)
頬を、温かい涙が、伝った。その涙を、唇が、優しく、拭った。
「リリアーナ。お前は、本当に、奇跡だ」
「ガレオン様……」
「結婚しよう」
抱き寄せた。
「明日、王城に戻ったら、すぐに、婚礼の準備をする。私の隣で、ずっと、生きてくれ」
「はい。喜んで」
口づけが、降り始めた雪の中で、三百年の呪いの最後の名残を、温めて、消した。リクトリア山脈の白い空に、新しい契約は、刻まれた。
◆
――彼女を抱きしめながら、ガレオンは、自分の中で、何かが軋む音を聞いていた。
魔力を注ぎ込んだとき、呪いの残滓が、想定より深く、自分の魔力経路を伝って、逆流してきた。彼女に渡した分より、多くを、自分が引き受けた。
それは、計算のうちだった。むしろ、望んでいたことだ。
だが――軋みは、想像より、重かった。
三百年生きた身体の奥、魔力の根の部分に、小さな、けれど確かな、罅が入った感触があった。今はまだ、何も変わらない。走ることも、笑うことも、彼女を抱きしめることも、普段通りにできる。
(だが、いつか)
いつか、この罅は、広がる。それが、いつなのか、ガレオン自身にも、わからなかった。
(言うべきだ)
(いや――今、言えば、彼女は、この喜びの日を、丸ごと悔いに変えてしまう)
雪の中で笑う彼女を見ながら、ガレオンは、その言葉を、もう一度、飲み込んだ。
――いつか、必ず、話す。だが、今日だけは。
「結婚しよう」ともう一度呟いた声に、後悔の色は、欠片も滲ませなかった。それだけは、王として、そして、つがいとして、彼女に誓えることだった。




