第16話 三百年の呪いの正体
朝。リクトリア山脈の核心部。
私たちが立っているのは、巨大なクレーターのような窪地の縁だった。三百年前、魔王戦争の最終戦が、ここで行われた。そして、敗北した魔王が、最後の魔力で、この大地を呪った。
窪地の底まで、深さ五百メートル。直径は、二キロ。
そこに広がっているのは――黒い、不毛の大地。雪が、積もらない。植物が、生えない。動物の気配も、ない。ただ、黒い土と、所々に転がる、三百年前の白い骨だけが、その地を埋めていた。
「これが、呪われた地だ」
ガレオン様が、低く言った。
「三百年、変わらず。獣人国の歴代の王たちが、何度も浄化を試みた。だが、誰も成功しなかった」
窪地の底を見つめた。肌が、粟立った。ここに立っているだけで、指先が、氷水に浸けたように、冷たくなっていく。
汚染の規模は、直径二キロ、深さ五百メートル。膨大だ。表面的な汚れではなく、土地そのものの「魔力構造」が、根本から壊されている。単純な治癒魔法では、足りない。土地の魔力構造を、ゼロから書き直すくらいの覚悟が、いる。
「グリゼルダ団長。私、降りて、土地を直接観察したいのですが、安全ですか?」
「呪いそのものは、現在は不活性です。お降りになっても、命に関わる危険はないでしょう。ですが――呪いの残滓は、術者の魔力を吸い取る性質があります。長時間の滞在は、危険です」
「わかりました。短時間で済ませます」
ロープを使って、窪地の底まで降りた。ガレオン様も、すぐ後ろに続いた。底に立つと、足元から、ぞわりと、悪寒が走った。
(これは……土地の魔力が、ほとんど腐っている。古いものが、内側から自分を食い荒らしている、そんな感じ)
(直すには、古い汚染を一掃して、新しい魔力を流し込むしかない)
地面に膝をついて、両手を黒い土に置いた。
意識を、土地の中に、ゆっくり染み込ませていく。そして、見えた。
土地の魔力構造は、三百年前の魔王の最後の呪文によって、いまも暴走し続けている。自然治癒できない理由は、呪文が今も内側で「自分自身を再生し続けている」から。
これを止めるには、呪文の根源的な「核」を見つけて、停止させる必要がある。
深さ五百メートルの底。そこに、呪文の核がある。
「ガレオン様。呪文の核を、見つけました。ここの土地の魔力を、三百年間、暴走させ続けている、根源的な術式です。それを停止させれば、土地は自然に、本来の魔力構造を取り戻すはず」
「核は、どこにある?」
「窪地の中心、地下五百メートル」
表情が、固くなった。
「五百メートル。掘削するか?」
「いいえ。掘削は、呪文を刺激するから危険。私の魔力を、針のように細く絞って、地下まで届かせます。私が呪文の核に到達したら、術式を停止させる」
「お前の魔力で、足りるのか」
「足りません。だから」
彼の手を取った。
「ガレオン様、あなたの魔力を、貸してください」
「私の?」
「銀狼族の長命と豊富な魔力。運命のつがい同士なら、魔力を交換できるって、本で読みました」
口の端が、ゆっくり上がった。
「その通りだ。貸す、と言うより、お前と私の魔力は、本来、ひとつだ。運命のつがいは、魂が繋がっている。お前が望めば、私の魔力は、すべてお前のものだ」
私の前に膝をついた。獣人国の王が、雪の上で。
「私の魔力を、すべて、捧げる」
両手が、私の両手に重なった。
肩の紋様が、燃えるように、熱くなった。淡い銀色だった光が、雪の上でも見て取れるほど、強く、輝き始める。
(これが……三段目)
心の奥で、確かに、わかった。触れ合うだけだった一段目とも、部分的に分け合ってきた二段目とも、まるで違う。魂そのものを、重ね合う感覚。生涯に、ただ一度しか、許されないという、あの絆。紋様は、もう、二度と、元の淡い光には戻らないだろう。




