第15話 三百年、待てない
夜。雪山の中腹にある小さな避難小屋で、私たちは野営した。獣人騎士団が、外で見張りに立っていた。アッシュも、近くの岩場で、私たちのことを警戒してくれている。
小屋の中には、私とガレオン様、二人きりだった。暖炉の火が、ぱちぱちと音を立てていた。
「リリアーナ」
隣に座った。獣体から人型に戻った姿で、漆黒の軍服に、黒い髪が、暖炉の光で揺れていた。
「明日、リクトリア山脈の核心部に到着する」
「はい」
「呪われた地は、想像以上に荒れている。お前の浄化が成功するか、私にも、わからない」
「不安、ですか?」
「お前の身体に、負担がかかるのが、嫌だ」
指が、私の頬に触れた。
「お前を、雪山まで連れてきた。これは、私の選択だ。何かあったら、私が、許せない」
「ガレオン様」
彼の手を取った。
「私も、私の選択で、ここに来ました。それに――あなたが隣にいるなら、私は、どんな試練も、超えられます」
しばらく無言で私を見つめた。そして――ゆっくりと、私を抱き寄せた。
「明日、あなたの魔力を、借りることになるかもしれません」
「ああ」
「それは、今までの、二段目の分かち合いでは、足りないかもしれない」
腕に、微かに、力がこもるのがわかった。
「――三段目に、届くかもしれない、ということか」
「はい。紋様が、二度と元に戻らなくなる、生涯に一度しか、できないという、あの」
「怖いか」
「怖くは、ありません。あなたと、なら」
彼は、しばらく、黙っていた。それから、静かに、答えた。
「私も、同じだ」
「リリアーナ。明日が終わったら――結婚しよう」
「えっ」
「呪われた地の浄化が成功しても、しなくても、明日が終わったら、すぐに、王城で婚礼の準備に入る。もう、待てない」
唇が、私の額に、優しく落ちた。
「私のすべてを、お前に捧げる」
「ガレオン様……」
言葉に詰まった。胸が、いっぱいで、何も、言えなかった。ただ、胸に、顔を埋めた。大きな手が、私の背中を、優しく撫でた。
その夜、私たちは、暖炉の前で、ずっと抱き合っていた。何も、言葉を交わさなかった。けれど、それで、十分だった。
(エマ)
(私、結婚します)
(あなたに、見せたかった)
聖夜の雪は、もう、降っていない。けれど、リクトリア山脈の夜空には、無数の星が、私たちを優しく照らしていた。




