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火刑される寸前で前世を思い出しました 北の銀狼王様に「運命のつがい」と見初められて溺愛されています  作者: 鷹居鈴野


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第13話 決別

扉が閉まった瞬間。


私は、ガレオン様の肩に、頭を寄せた。


「ガレオン様。私、冷たい娘ですね」


「お前は、正しい娘だ」


彼は、私の頭を、優しく撫でた。


「親が親として失格なら、子も子をやめていい。それが、獣人族の鉄則だ」


「……はい」


「でも、お前は、まだ十七歳の娘だ。今夜は、私の腕の中で、泣いていい」


私は、頷いた。そして、彼の胸に、顔を埋めた。


リリアーナとしての、最後の、悲しみの涙が、銀狼王の漆黒の上着に、染み込んでいった。


(エマ。私は、ちゃんと、自分の足で、立ったわ)


(でも、まだ、終わってない。次は、義母エルザの番)


――


翌朝、義母のエルザ・フォン・アッシュフォードが、ヴァルデンツ王国の警察に引き渡された。


朝の謁見の間で、ドラゴ宰相が報告した。


「ザイデルン諜報員ノーラ・セルデンとの内通の罪で、即時取り調べに移行。ご希望でしたら、リリアーナ様の証言の機会を、ヴァルデンツ王国側が用意するそうです」


「証言、ですか」


「ええ。義母エルザの取り調べに、実の姪ノーラとの十年来のやり取りの証拠が出てきました。それを補強する証言として、リリアーナ様の所感を求めたいと」


私は、ガレオン様を見上げた。


「ガレオン様。行かせてください」


「ヴァルデンツ王国に、戻るのか?」


「いえ、義母の取り調べは、獣人国との国境近くの中立都市カーレンで行われます。日帰りで戻れます」


「行く必要があるのか?」


「あります。私の中の、最後のリリアーナとして、あの女に、決別を告げたいのです」


ガレオン様は、しばらく沈黙したあと、頷いた。


「いいだろう。ただし、私も同行する」


三日後、中立都市カーレンの地下にある「中立法廷」に、私はガレオン様、アッシュ、護衛の獣人騎士たちと共に降りた。


地下牢の扉が開かれる。中央の鉄格子の向こうに、義母エルザが座っていた。


――別人のようだった。


豪奢な金髪は、ぼさぼさに乱れていた。化粧の落ちた肌は、シミと皺が目立った。私の前に立っていたときの、あの傲慢な笑みは、もう、どこにもなかった。


「リ、リリアーナ……」


エルザは、私を見て、震え上がった。


「ええ、お久しぶりですね、義母様」


できるだけ穏やかに、けれど鋭く応じた。


「ノーラとの十年来のやり取りの証拠、警察から見せていただきました。あなたが、彼女のザイデルン諜報任務を、ずっと支援していたこと。私を陥れる計画も、最初から知っていたこと。全部、認めますね?」


エルザは、しばらく口をぱくぱくさせた。そして、観念したように、ぽろぽろと涙を流し始めた。


「だ、だって、ノーラは、私の姪なの……」


「私を、陥れた理由は?」


「あ、あなたが邪魔だったから……。あなたの治癒魔法のせいで、私の地位が脅かされて……」


「私の治癒魔法のおかげで、アッシュフォード領は、ずっと領民の信頼を集めていました。それを、あなた方は、潰した」


「ご、ごめんなさい、リリアーナ! 許して――私だって、被害者なのよ。ノーラに、利用されただけで――」


謝罪の言葉の裏で、もう、自分を被害者の位置に置き直そうとしている。反省ではなく、保身。最後まで、それだけだった。


「許しません」


即答した。


「あなたの罪は、私を陥れたことだけではない。エマを焼いたこと。父様を騙したこと。アッシュフォード領の領民を、疫病で死なせたこと。全部、あなたの罪です」


「リリアーナ……、お母さまと呼んでくれた、あの頃のように――」


「あなたを、お母様と呼んだことは、一度もありません」


淡々と告げた。


「私の本当の母は、もう亡くなりました。それ以来、私には『母』と呼べる人はいなかった。いえ、ひとりだけ、いました。エマだけが、私を娘のように愛してくれた」


「エマ……?」


「あなたが、火刑にした、私の侍女です」


エルザの肩が、ぴくり、と跳ねた。


「あ、あれは、ノーラが――」


「あなたも、共犯です」


立ち上がった。


「警察殿。証言、終わりました。義母エルザは、十年来の諜報幇助、私の侍女エマ・ホールベリーの不法処刑への共犯、私の不法断罪への共謀――以上の罪により、最低でも終身刑が妥当でしょう」


ヴァルデンツ王国の警察官が、深く頭を下げた。


エルザが、鉄格子に縋り付いた。


「リリアーナ、待って! 私を、私を、助けて!」


「私が助けるべきは、もう、あなたではありません。私が助けるべきは、アッシュフォード領で病に苦しんでいた領民たちです」


背を向けた。


「リリアーナ――!」


地下牢の扉が、ゆっくりと閉まった。エルザの絶叫が、鉄の扉の向こうで、徐々に遠ざかっていく。


私は、振り返らなかった。指を折って、数える。父、義母。片付いた。残るは、あの日、笑っていた群衆。


(あと、ひとり分の怒りが、まだ、私の中にある)


――地下から地上に出ると、ガレオン様が、何も言わずに私を抱きしめた。


「リリアーナ。お疲れ様」


「ガレオン様……」


「もうひとり、と言ったな。地下牢で、義母に向けて。あれは、誰だ?」


「……あの、エマを焼いた、群衆」


声が、震えた。


「私を断罪した連中も、義母も処分した。でも、あの日、エマが火刑にされるのを見て、笑っていた群衆。あの人たちは、私には、どうしようもない」


深く息を吐いた。


「彼らを罰する手段は、ない。だから、その怒りは、私の中に、ずっと残るんです」


ガレオン様は、しばらく無言で私を見つめた。そして、優しく、私の額に唇を落とした。


「お前は、本当に、優しいな」


「えっ?」


「群衆を一人ずつ罰せないことに、苦しんでいる。私だったら、王都ごと焼き払って終わりだ」


「ガレオン様!」


「冗談だ。……いや、半分本気だが」


低く笑った。


「リリアーナ。彼ら一人一人を罰することはできない。だが、別の形で、お前のエマへの想いに応える方法がある。アッシュ、今朝の文書を持ってこい」


アッシュが、軍服の懐から、一枚の古びた巻物を取り出した。


「これは、獣人国の北部、リクトリア山脈にある『呪われた地』に関する、三百年前の文書だ。三百年前の魔王戦争で、最も激しい戦いがあった地。当時の魔王が、最後の魔力で大地そのものを呪い、何百年もの間、植物すら生えない、不毛の地となった」


『治癒の聖女、清浄なる魔力を以て、汚染を解き放ちしとき、呪われし大地は、再び生命を抱かん』


「この預言が、三百年前から伝わっている。お前が獣人国に来てから、私はずっと考えていた。お前の治癒魔法なら、あの大地を、浄化できるのではないか、と」


治癒魔法は、傷ついたものを、命の側に戻す力。土地の汚染も、結局は大きな組織の損傷だ。私一人の魔力では、おそらく足りない。でも、獣人国の治癒師団全員と協力すれば――やれるかもしれない。


「ガレオン様。やってみたいです」


顔を上げた。


「呪われた地の浄化。エマへの、私の答えとして」


「群衆を一人ずつ罰することはできない。けれど、私は、人を救うことなら、できる。エマが、生前、私に望んだのは、それだったから」


リリアーナの記憶の中で、エマの優しい声が、蘇った。


『お嬢様。あなたは、優しい子に育つのよ』


「エマの仇を、別の形で討ちます。それは、エマが愛した『優しさ』を、この世界に、もっと増やすこと」


彼は、しばらく、黙って私を見ていた。それから、静かに、息を吐いた。


「お前という女は、本当に――いいだろう、リリアーナ。リクトリア山脈への遠征隊を編成する。一週間後に出発だ」


「はい!」


(エマ。私は、優しい子に、なれるかしら)


王城に戻る馬車の中で、ガレオン様の手を握りながら、私は外の景色を眺めた。獣人国の北の方角に、リクトリア山脈の白く険しい稜線が、見えていた。そこに眠る、三百年の呪い。それを、解きに行く。

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