【Night 69】2つの再会
───……ちゃん……
あ? 何だよ? 今オレすげー頭痛いんだけど……
───ナギちゃん……
だから何だよ……分かったよ起きるからさ……しつこいぞエンリ……
……エンリ?
ナギは遠心力で頭がもげるかと感じるくらいに素早く飛び起きた。身体がほぼ90度に折れ曲がった時、その頭に強い衝撃と痛みを感じて悶絶することになった。
「いっ! ちょっ、ナギさん!」
どうやら正面にいたテリカと思い切り頭をぶつけたようだった。テリカが目に涙を浮かべていた。
「すまん」
ナギはテリカにそれだけ言うと、慌ただしく周囲を見渡した。頭を押さえナギを見るテリカ、何ともいえない表情をしているヨウタ、その隣で心配そうに見つめてくるトウマとマリ。その背後には田んぼやら畑やらが広がっている。そして……。
「……ナギ」
長い黒髪を微風に揺らしてこちらを見つめるのは。
「……エンリ……」
ナギは自らの呼吸が荒くなっていくのが分かった。同時にさっき目に入ったテリカのように、涙が浮かぶ。ただ、彼女のように、そこで留まるということはなかった。
エンリの両肩にナギの手がのせられた。ナギの頭が、段々と下に傾いた。
「すまねえ……オレは……」
すると、ナギの右肩にも何かが触れる感触がした。顔を上げると、エンリが首を横に振っているのが見えた。
「もう大丈夫だって」
「……ありがとうな。オレのこと、あんなに嫌ってたのに……」
ナギは影に敗北した直後の、あの公園でのエンリの様子を思い浮かべていた。「やったことを思い出させる」と言っていた彼女は、ナギのことを嫌っていたと考えていた。
しかし。
「……?」
ナギの言葉は疑問に収束した。エンリが首をわずかにかしげているのが見えたからだ。エンリはピンときていない。
「え、だって……『あんたには人を守る力なんてないんだよ』とか言ってたじゃねえか」
「え……? 何それ知らない……」
「え?」
「え?」
ポカンとした顔のまま、2人は見つめ合った。ナギにはエンリが、エンリにはナギが瞬きを繰り返して口をわずかに開けているのが見えた。しばらくすると、それがあまりにも滑稽でおかしくなってきた。
「……ふふっ……」
先にエンリの口から笑いが漏れた。最初は肩を揺らしているだけだったが、すぐに、あはははは、と声を上げて笑い始めた。それを博物館に展示されている珍しい化石か何かを見るような表情をしていたナギも、くくっ、と口角を上げ、やがて大きな笑い声を発し始めた。2人の笑いが、田園にこだましている。それはまるで、この暗闇を切り裂くような。
「よかったですねぇ……」
テリカが言うと、2人はぴったり同じタイミングで彼女の方を向いた。2人の目にわずかに涙が浮かんでいるのは笑いすぎたからだろうか。
ナギがその自身の涙をぬぐい、返した。
「ああ、すまんすまん。お前らのこと忘れてたわ」
「ええ!? ひどいですよぉ!」
テリカが言うと、また笑いが夜空に響いた。今度は全員が声を上げていた。
人工的な光の少ない田園は、星がよく輝いて見える。しかも、今までにないくらい明るく。
やがてその笑いが薄まってきた頃、ナギが口を開いた。
「……じゃあ、ここらでエンリ、自己紹介頼むぞ」
「えっ!? 何も話すことないけど……」
「何でもいいから頼む!」
困ったな、と呟くエンリ。しかし数秒すると、ナギを含めた5人に改めて顔を向けた。
「……花村エンリです。ナギの親友やってます。読書が好きです。……よろしく」
スタンダードな内容だったが、それでも皆拍手した。皆引き際を知らなかったのか、いつまでも続いていた。それで誰かがまた笑った。
その時。
パチ、パチ、パチ、と、遠くの方で拍手が鳴り響くのが聞こえた。しかしその拍手は、先程の5人のそれと比べて、ずいぶんと乾いていた。
6人が一斉に音の鳴る方を向いた。そして目を見開いた。
黒い身体に浮かぶ白い目が、6人を見つめている。それはヨウタの影に違いなかった。さらに、その後ろにはもう1人白い目を持つ影がいる。あれは……多分、テリカの影だ。目を凝らすと、目を持たない影も、1、2…全部で3人。それぞれトウマとマリ、エンリの影だろうか?
『……素晴らしいね。よくぞここまでのことをしでかしたものだよ』
ナギはその言葉を聞き流しながら考えた。大丈夫、人数的にはこちらが有利だ。いやしかし、トウマとマリを戦力に入れないなら人数不利か。……いやいやそもそも影に有効打を与えられるのは対応する人間だけであるから人数はさほど関係ないのでは……。
『……だけど、だよ。復讐は、必ず「仕掛けた方」が勝つと相場が決まっている。おばあさんを殺されたウサギも、青柿を投げつけられた蟹も、みんな敵に勝利している。バッドエンドで終わる復讐なんてない』
そしてヨウタの影は両手を前に伸ばした。よく見ると、右腕の先、本来手があるべき場所に何もなかった。
『……ここで決着をつける』
すると、誰かがナギの横を通り過ぎて、前に出てくるのが分かった。
ヨウタだった。
「……そうか。でも分かるか?」
声が低い。元から低かったが、今はより低く聞こえる。まるで猛獣が唸るように。
「……僕はお前達に弟と妹を奪われた。取り返しはしたけど、それは到底許されることではない」
『それは───』
「言ったよね」
ナギ達の身体が跳ねた。こうもヨウタが大きな声で話すのを見るのは初めてだった。
「……復讐は必ず『仕掛けた方』が勝つ、って」
2人の影の目が歪んだ。後ろから見ているナギ達には分からなかったが、影から見たら、きっと彼はにやりと笑っていたのだろう。
『……そうだよ。だから勝のは僕たちだ』
「……いいや違うね。僕たちだよ」
瓜二つの2人がじりじりと距離を縮めている。あとちょっとで衝突する気がする。十数秒とか、そのくらいで。
「えっ……これ、やるんですかぁ?」
「私知らないよ……? どうすればいいのか……」
後ろの2人───テリカとエンリが不安げにナギに話しかけた。振り向くと、2人のさらに後ろに、トウマとマリがこれまた怯えた目で影達を見ていた。
ナギは少しおどけてみせた。
「ま、大丈夫だろ。何とかなるって、オレたちなら」
すると意外にも、テリカとエンリに自信が戻ってきたようだ。それが伝染するように、トウマとマリの顔にも安心が浸透していく。
「おお、何だよお前ら、ずいぶんとすんなり安心するんだな……」
「いや、でも、確かにそうですもん。今までもわりかし何とかなってきましたし」
テリカの返答に、ナギも目を細める。
「……だな!」
そしてナギが再びヨウタに目を移すと、2人はもう互いに向かって駆けだしていた。田んぼの畦道に砂埃が舞って、こちらまで流れてくる。
「トウマとマリはそこにいろ! オレ達がバラバラにならないように見といてくれ!」
「えっ…は、はい!」
視線が外れた際の場所移動を懸念して、2人に言った。少し戸惑いながらも承ったようだ。
「っし、行くぞ2人とも!」
少し予想外だったと言わんばかりに言葉を詰まらせたマリに対して、2人はやる気満々なようで、同時に叫んでいた。
「「おおーっ!」」
そして3人が、ヨウタに続いて砂埃を上げた。




