【Night 64】畦道
「……それで、僕らと合流して、君たちとも合流して、今に至るってわけ」
ヨウタが締めくくった。しかし、ナギとテリカの2人からはまだ質問が続く。あのビルで別れて以来のヨウタ達に関しての情報は何も知らなかった。
「アイツは? あの……秘書みたいなおっさんはどうしたんだよ?」
「……細川さんか。……」
「……どうしたんだよ?」
黙り込むヨウタにナギが訊く。テリカも心配そうに顔を覗かせる。一方でトウマやマリは不安そうにヨウタの反応を待ち、武者野は苦々しい顔をしている。
「……まだ助けられてない」
「ということは、……」
テリカが言おうとしたが、武者野がそれを制した。
「まあ、影に取り込まれた人も助けられることが判明したんだ。時間がかかってもいいから、これから助けていこう」
「あっ……」
すると、ナギが口を開いた。一斉に視線が集中した。そして当の本人は、テリカの方を向いて、言った。声がやや震えていた。
「なぁ……オレたち、ヤバいくらいバカじゃね?」
「えっ……どうしたんですかぁ?」
「お前気づいてねーの? ヒカリが……」
それだけで十分だった。テリカの顔から、さっと血の気が引いた。
「あっ……」
本来であれば、ナギ、テリカの後ろにヒカリがついてきているはずたった。しかし、その姿はどこにもない。2人はクラヤミがヒカリを呼び止めたことを知らないまま歩き出していたので、ずっとついてきていると考えていたのだ。
「……えっ……ヒカリがいたの?」
「ああ……でもいなくなってんだよ……どっかではぐれちまったのか?」
急速に冷静さを失っていくナギ。テリカもどうすればいいのか分からないといった表情をしている。
すると。
「……い外とすぐ、会えるかもよ」
ヨウタの隣で、声がした。
「えっ?」
次いで、ナギの口から拍子抜けたような声が出た。
「……トウマ」
「だって、ヨウタ兄言ってたじゃん! 『これだけ連続して人に会うのはおかしい』って!」
「そうだよ! 知ってる人に会えるっていうきせきが続いてるから、多分次も会えるよ!」
弟と妹の声が、静かな夜の空間に響く。鐘の音が頭の中で残響しているような感覚に陥った。
このことは、武者野に出会う前、他の者の捜索を開始した時に言ったことだった。理解してもらうまでにかなり時間を要したから、記憶に新しく感じる。
「……確かにそうだけど……確証はないんだ。それに、ちょっとでも間違えれば、自分達まで離散してしまう。せっかく出会えたのに」
「いや……」
すると、また誰かが口を開いた。今度は武者野だった。
「その『豪運』だけれども……本当に『運』なのかな」
「……え?」
「いや、これも確証はない。でも、今の状況は、運にしてはあまりにもできすぎている。これは……『意図されたもの』ということはあり得ないか?」
意図されたもの。
しかしヨウタは首を振った。そして問いかけた。実際には問ではないのかもしれないが。
「……そうだとすれば、誰がやっているというんですか」
「考えられるのは、あの影達の中の誰か」
「……そうなりますよね。でも、そうなら、あの……あの影の中に、この状況が起こって得する個体がいるということになりますよ。得する影がいるんですか?」
矢継ぎ早にヨウタに詰められ、武者野はお手上げと言わんばかりに両手を挙げた。
「……それはわからないさ。まだ仮説に過ぎないからね」
それで、ヨウタも詰問をやめた。足を一歩後ろに下げた。
しかし、完全に心当たりが無いわけではなかった。
〈クラヤミ〉。
あのテリカが持っていたスマホには、「太陽を沈めたままにしておく」力があると書かれていた。それくらいの力を持っていれば、こういう『場所移動』の操作も可能なのではないか。いやしかし、それについてはスマホにも書かれていなかった。
……いや、書かれていないことを「できない」とするのは早計なのだろうか? とすると、まだ〈クラヤミ〉には、あそこに書かれていなかった、「可能なこと」がまだまだある……?
考えがまとまらなかった。どんどん拡大して、収拾がつかなくなりつつあった。
とりあえず、ヨウタは頭を振った。考えをリセットしたつもりだった。
「ま、まぁ、でも、やらないよりかは……ましなんじゃ、ないですかねぇ?」
テリカがその場を取り繕うように言った。確かに、全員が手を繋ぎながらやるなどすれば離散は起きないから、何もデメリットはない。
「だな! やるぞ!」
それにナギも協調した。反対する者はいなかった。
「ヨウタ、お前手ェ冷たいな」
「……どうでもいいでしょ」
「ほら、テリカさんも」
「えっ、わっ、私は……」
「おいテリカ……分かりやすいな」
「……」
そんなこんなで全員が手をつなぎ、準備が完了した。左から、武者野、テリカ、ナギ、ヨウタ、トウマ、マリだ。そしてやはりテリカは顔を赤らめたままだった。海を後ろにして立っていたので、海がまた新しい場所に入れ替わっているはずだった。海の方角から誰かこちらを見ているのなら別だが。
「……じゃ、いくぞ!」
合図をしようと声を上げたのはナギだ。女子高生にしてはやや低い声が、闇夜の道路の向こう側に飛んでいき、こだました。
「せーの!」
一斉に振り向いた。そばに傍観者がいたのなら、彼からはきっとかなり滑稽に見えただろう。
だが6人にとっては、特にナギにとっては、滑稽どころではなかった。
大海原が広がっていた場所は、街灯一つない田園風景に置き換わっていた。乾いた田んぼに雑草が生え、霜が降りていた。
そして、見た。
影が、いた。
田んぼ。畑。影。
ヨウタが左隣のナギが消えていることに気がついたのは、彼女が彼とテリカの手を振りほどき、信じられないスピードで影に向かって加速した後だった。
「ナギさん!」
そのまた左隣のテリカはずっと前から気がついていたらしい。だが、咄嗟に呼び止めたその声が、彼女を止めることはなかった。それが分かると、テリカも走り出した。次いで武者野だ。あとの兄妹たちは、それをじっと見ていた。視線から外れないように。
(間違いねぇ……あれは……エンリ……)
叫びたい気分だったが、何も言わずに追っていた。夜の闇より一層濃い闇の姿が、ナギから逃げようと、畦道の上で足を動かしている。しかしさほど速くない。
だが、右手に倉庫か何からしい、大きめの建造物が見えたときは、まずい、と感じた。あの裏に隠れられると、ナギの視線が影から離れることになるから、場所が変わって逃げられてしまうかもしれない。
影も同じ事を考えていたようで、畦道を直角に曲がって、建造物の方向へと舵を切った。
その瞬間、ナギの目が光った。
畦道の右、田んぼの中へと足を踏み込む。霜をたくわえた草が潰れ、ナギの靴の裏に付着した。構わず彼女は、一直線に影へと向かっていった。
影がスピードを上げる。振り払おうとする。しかし無駄だった。ナギは野球部のヘッドスライディングのごとく影に飛びついた。
手と身体が触れあうその時、ナギの意識は急速に遠のいていった。




