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【Night 63】合流




靴が地面を打つ音が、闇夜に響いている。響きが空気を伝って、耳にはっきりと届いている。

「……誰にも、会えないですねぇ……」

先導するナギの後方で、彼女の背中を追いながら、テリカは口を開いた。言葉の濁りは、もうかなり薄くなっている。少しずつ、あのなじみのあるテリカを取り戻しつつあった。

「まだ歩き始めたばっかだろ。そんな簡単には会えねーって」

「そうですかぁ……」

上辺ではそう言ったテリカ、そしてナギだったが、心の内では互いにこの状況を不可解に感じていた。今2人は、本来であれば船が行き交い活気づいていたであろう港を通り過ぎていた。2人の歩く道路は大きく、見通しも良い。人間か影がいてもおかしくないはずだった。単にここが見通しがよく見つかりやすい場所だからだろうか? それで残りの人間達はみんな山や地方部へ逃げて、影もそれを追ったとか?

そう考えて納得せざるを得なかった。

「しゃーねー、またガチャるか……」

ナギが首の後ろに手を回して、はあ、とため息をついた所だった。

「……?」

ナギの耳を、何かが刺激した。

「どうかしましたぁ?」

「……いや、何か……聞こえねえか?」

「……え?」

もう一度耳を澄ませてみる。静寂が空間を支配する。しかし2人にとっては、静寂ではなかった。

「……やっぱ何か聞こえるって!」

「……そう言われると、確かに何か聞こえる、ような……」

「だろ!?」

すると。

「……い……」

「!!」

微かに、静寂を切り始めるものがあった。聞き間違いではなかったと、これで確信できた。2人はその音のする方を向いた。

2人の人陰があった。絶え間なく道路の至る箇所を照らしている無数の街灯によって、それは影ではないということが判断できた。そして片方の人物は、あの特徴的な、目まで下ろされた髪。もう、完全に。

「ヨウタ!!」

「ヨウタさん!!」

こちらに駆けてくる少年に、2人の少女は歓喜の声を上げた。彼が2人の立つ場所に辿り着いた時、2人はバシバシと背中を叩きまくった。

「お前無事だったのかよ!!」

「……いや、無事じゃないよ。一度は〈ゲッタ〉にやられて、取り込まれた。でも、気づいたら……ヒカリが目の前にいた。ヒカリが助けてくれたんだ」

「えっ……ヨウタさんも、そうだったんですかぁ?」

「……『そうだった』って……もしかして2人も……」

「そうなんです。私たちもなんですよぉ。気がついたら、ヒカリちゃんが、そばにいました」

自らを指さして証言するテリカに食い入るようにして話を聞いたヨウタが口を開く。驚愕の色が声に含まれている。

「……信じられないよ。あの子が……あの、年端もいかない女の子が、僕らを救ったなんて」

「ああ……ところでヨウタ、この2人は?」

ナギが、ヨウタのそばにいる男の子と女の子の方を向いて言った。2人とも、ヒカリよりかは背は高かったが、まだまだ幼いように見えた。

「……ああ。僕の弟と妹だよ。ほら、あいさつして」

ひらめきトウマです!」

「マリです」

そうして2人は頭を下げた。幼くとも、ヒカリに負けず劣らずしっかりしている。

「しかし……大丈夫だったかい?」

唐突に現れた第三者の声に、ナギとテリカはばっと振り返ったが、その一瞬のうちに感じた緊張はまた収まった。

あの甘いマスクの議員───武者野だった。

「武者野さん!!!!」

すぐにテリカが反応した。それから一拍置いて武者野が近寄り、3人の輪に加わった。一少女のテリカと成人男性の武者野ではかなりの身長差があったが、武者野はわざわざ顔をのぞき込んで言った。

「まさか君たちまでそんなことになっていたとは……何もできずに申し訳ない」

「いえいえっ……! そんなっ……」

ナギがやれやれといった感じで笑っているのがヨウタには見えていた。そしてテリカの方を向いて言った。ナギも気づいてヨウタに目を向けた。

「……武者野さんは、どうやら影の手からは逃れられたらしい」


◆◆◆◆◆


武者野に瓜二つ(ただしシルエットだけ)な影は、ヒカリの父親の影───おそらくこの混乱の首謀者───が口を閉ざしてからすぐであった。瓜二つではあったが姿は一回り大きく、ある意味ブラックホールのように見えた。全てを飲み込む、ブラックホール。

武者野は歯ぎしりをした。もう自分の周りに味方は誰もいない。ならば逃げるべきか? いいや。周りは無数の影に囲まれている。逃げられない。

まだ自分の影以外はすり抜けることができるということを知らなかった武者野は、頭の中で打開策を練っては捨て、練っては捨てを繰り返していた。しかしもう時間の問題であった。武者野が再び注意を影に向けたときには、影は既に、彼にその黒い手を伸ばした。咄嗟に目を閉じた。

……しかし、いくら経っても、彼が知覚できる変化は何も起こらなかった。やや混乱気味に目を開けると、先程まであれほど奮い立って腕を伸ばしていた影が、その腕をもとの位置に戻していた。そして、自分ではないどこかを見ていた。多分。判別が難しかったが、その顔の向いている方向を必死に追った。

『……クラヤミ?』

首謀者が呟いた。先程までの口調と比べると、ずいぶん動揺しているようだった。

『……取り逃がした? 何故なぜ、……出て来た? 彼女が?』

何やらよく分からないことを口走っていて武者野には何のことやらさっぱり分からなかったが、とにかく、自分から注意が逸れているようだ。

もはや自らに問いかける時間も惜しかった。武者野は浅く呼吸をした後、くるりと背中を向けて、地面を強く蹴った。そのまま一気に加速した。つまり、走った。無数の影が立ちはだかっていたが、力で押しのけてしまうほかない。腕に力を込めた。

だが彼は拍子抜けすることになった。彼をを囲っていた影にぶつかると思うと、何の衝撃も感じることなくすり抜けた。それで一瞬だけ速度が緩んだが、すぐに武者野自身が先程までもっていたビルの背後を目指して駆けた。影が追ってきているのかどうかは分からない。

やがてビルの陰まで辿り着き、座り込んだ。そしてビルの陰から顔を出した。確か……これで。

予想通りだった。無数の影がいた郊外の街の風景の代わりに、一本の道路を挟んで森が広がっていた。道路には控えめにバス停らしき形状の看板が立っている。目を離した地点が入れ替わる。これは覚えていた。それは武者野が帰れなくなった原因でもあったので。

安堵感が物凄い。しかし罪悪感も物凄い。とりあえず立ち上がり、歩いてみることにした。

まだ残っている仲間を見つけるために。

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