第100話 32:22
2対2のチーム戦で、伊緒菜は津々実に山札をすべて引かせ、その中身を教わった。自分の手札と合わせれば、みぞれと慧の手札は丸分かりである。
しかし、この作戦にはいくつか欠点がある。手番が相手に移ってしまうことや、みぞれと慧の手札の合算しかわからないこと。
そして、もうひとつ。
伊緒菜は、その最後の欠点が、今回は大きく響いてしまったことに気づいていた。
その欠点とは、津々実が最初に出した十枚の手札が、みぞれ達にも見えてしまうことだ。
今回は手札運が非常によかったが、そのことが結果的に悪い方へ働いてしまっている。津々実の手札はJが二枚、Qが一枚、Kが二枚と非常に強い。だがそれが、みぞれ達にもバレてしまった。こうなると、さすがの二人も革命を狙ってくるのではないか。
実際、二人の手札には革命に必要なA、7、2、9が揃っている。どちらが何を持っているかわからないが、カード交換を繰り返せば出すことは可能だろう。
「慧ちゃん、これ……か、これ……はある?」
みぞれが何やら手を忙しなく動かした。どういう暗号かわからないが妙に長い。一枚を一手で伝える方法が思いつかず、数手かけて伝えることにしたのだろう。あるいは、ダミーの合図でも混ぜているのか。
「うん、両方ある。大きい方渡すね。私はこれ……があるといいんだけど」
「うん、あるよ」
カード交換はつつがなく行われた。そしてみぞれは、すぐに三枚出した。
「853」
「853は素数です」
伊緒菜は判定アプリを使わずに言った。この場にいる全員が、正しいことがわかっている。
初手革命はなかった。しかしまだ油断はできない。向こうにはKKJもあるから、慧のターンで親を取り、革命する作戦も考えられる。この二人なら、そのくらいの以心伝心はできるだろう。伊緒菜にはそう思えた。
仕方ないので、伊緒菜はアクロバティックな戦術を取ることにした。
「津々実。これちょうだい」
と手で示す。
「イエスマム!」
伊緒菜は津々実にJを渡し、2をもらった。これで仮に革命が起こっても、伊緒菜がA237などで対抗できる。
だがこれは次善の策。ベストなのは津々実が親を取ってしまうことだ。
「7T3」
伊緒菜が手札を出した。もちろん素数だ。手番が慧に回る。ここで慧が親を取るかどうかで、伊緒菜の取るべき作戦が変わる。
慧はみぞれと再び暗号を送り合うと、場に三枚出した。
「8101」
「素数ね」
慧は親を取らなかった。慧が親を取り、革命する線はなくなった。
「津々実、これをちょうだい」
伊緒菜もまた暗号を送る。津々実から4をもらい、伊緒菜はQを渡した。津々実の手札に、できるだけ奇数と絵札を増やすためだ。
「そしたら津々実、KKJを出しなさい」
「!?」
みぞれがこっちを見た。伊緒菜の、アクロバティックな戦術に気付いたのだ。
自分でも、無理があるかもしれない、と思っていた。しかし津々実とペアを組んだときから、やるかもしれないと覚悟していた戦術だ。
伊緒菜は、自分の出す手だけでなく、津々実の出す手も決めることにした。二人合わせた32枚を頭の中で並べ替え、最も適切な手順を探すことにしたのだ!
津々実は指示通りにカードを出した。KKJは三枚出し最大の素数。これに勝つには合成数出ししかないが、二人の手札の枚数ではどうやっても不可能だ。
みぞれは慧と手札を交換し、パスした。伊緒菜も手札を交換する。送る暗号はシンプルなものだ。
慧がその手を、じっと見ていた。
「どうやって、一つの手の形だけで13通り……ジョーカーも含めれば14通りの指示を出し分けているんですか?」
「さぁ、どうやってるのかしらね?」
伊緒菜はとぼけた。
難しい方法ではない。地域によっては伝統的に使われている方法だが、数学的ではないので慧には閃かなかったのだ。
親指を一本だけ立てたら1、親指と人差し指を立てたら2、以下同様に3、4、5を意味する。パーの状態から親指だけ折れば6、親指と人差し指を折れば7、以下同様に8、9、10を意味する。そして人差し指を一本だけ立てたらJ、人差し指と中指でQ、人差し指、中指、薬指でK。最後に、中指と薬指でジョーカー。
津々実はこのやり方を知らなかったが、何回か練習したらすぐできるようになった。
注意深く観察すれば、慧なら察しがつくだろう。仮にそうなっても構わないと伊緒菜は思っていた。そうなる頃には、もう試合は終盤だろうからだ。
慧も手札を交換し、パスした。三人がパスしたので、場が流れる。
「これで山札が復活するわね」
伊緒菜は流したカードをシャッフルして、山札とした。全部で12枚の山札だ。
「次からは、交換の代わりに山札を引いてもいいわ」
「というか、山札を引く代わりに交換してたのでは?」
「そういえばそうね」
本来はドローするのがQKのルールである。
「でもここは交換よ、津々実」
伊緒菜は津々実に3を渡し、4を受け取った。
「で、何を出しますか?」
「二枚出しならなんでもいいんだけれど……じゃあ89で」
津々実は指示通りカードを出した。当然素数だ。
みぞれはこちらの意図に気付いたのだろう。どうするべきか悩んでいる。
みぞれ達の手札ならQKを出せる。通常ならそれを出して親を狙っていきたい場面だ。だが伊緒菜たちには、QKを超える合成数を出す準備がある。みぞれ達が何を出そうとも、次の親も津々実が取れる。
みぞれは悩んだ末カードを交換すると、手札を出した。
「QKです」
「当然、素数ね」
伊緒菜もカードを交換してからパスした。
次の慧の手番は、今までと様子が異なった。慧が、この試合で初めてドローしたのだ。暗号を送った慧に対し、みぞれが
「ごめん、持ってない」
と答えたからだ。みぞれは山札を指さして、引くように伝えた。
ドローのあと、慧はパスをした。目当てのものは引けなかったらしい。ちなみにそのとき、みぞれにまた暗号を送った。引いたカードを伝えたようだ。
そして津々実のターンだ。今度も交換してから、伊緒菜が指示を出した。
「津々実、合成数出しよ。ジョーカーをKとして、KQ=2^5×4A」
「えーっと、待ってくださいね……はい! できた!」
津々実は辿々しくカードを並べた。出し方は合っている。無事、合成数出し成功だ。これで手札が減って考えやすくなった。
そしてみぞれも、山札からドローした。みぞれの指定したカードを慧が持っていなかったからだ。
伊緒菜は、みぞれ達が欲しがっているカードを推理した。いま二人の手札にないのは、8とTだ。それから、3や4は一枚ずつしかない。この辺りが欲しいのだろうか。だとすると、狙いはなんだろうか。まだわからないが、このことは頭に留めておこう。
このターンで、伊緒菜も初めてドローした。伊緒菜の手札がほとんど偶数だらけになり、渡せるものがないからだ。ここで絵札でも引ければより盤石になったが、引けたのは3だった。
これで、伊緒菜の手札はA23445666となった。そしてカウンティングが正しければ、津々実の手札は3778TTQQJJであり、みぞれ達は二人合わせてA2234567999JKジョーカーと、山札から引いた二枚だ。ちなみに山札の中身はA5788TTJKKで、このうち二枚をみぞれ達が引いている。
伊緒菜はどこに何があるのか、ほぼすべて把握していた。あとは手札を出し切るだけだ。
慧はまたドローし、パスした。津々実の出したKQを超えるにはKKを出すしかないが、みぞれにも慧にもそれは出せない。
場が流れ、伊緒菜はカードをシャッフルして山札の下に入れた。
次も津々実の親だ。あとは残りのカードで、親を取り続けることを考えればいい。津々実の残り手札は十枚。四枚出しで二回親を取り、最後に二枚出しで上がる。そのための手順は……。
「……あら?」
伊緒菜は嫌な予感がした。いまの津々実が四枚で出せる最大の素数は8QTJ。しかしみぞれ達のドローの結果によっては、これに返せる。
五枚出しで考えてもそうだ。津々実が持つ絵札はTTQQJJで、この中からどう五枚を取っても素数にはならない。だから8QJTJなどを出すしかないが、みぞれ達がTかKを引いていたら返されてしまい、こちらから打つ手がなくなる。
「津々実、ドローして」
「え、ドロー? 良いですけど」
絵札が引ければこちらの勝ちだ。引ける可能性は低くない。既に二回場が流れ、山札にはT二枚、J一枚、Q二枚、K三枚が眠っている。みぞれ達がどれかを引いていたとしても、まだチャンスはある。
津々実はカードを引くと、親指を一本立てた。「A」の意味だ。仕方がない。最善を尽くそう。
「津々実、Q7T3を出して」
「はい」
津々実は指示通りカードを出した。これで津々実の手札はA78TJJQ。次に8QTJか何かで親が取れれば勝てる。
みぞれはそんな伊緒菜を見て、
「慧ちゃん、これ、ちょうだい」
と暗号を送った。
その暗号に、伊緒菜は違和感を覚えた。
それは、ずいぶん短い暗号だった。二回ほど指を立てて、あっという間に意思疎通を行っていた。今まで送りあっていた、やたら長い暗号とはまるっきり違う。急に法則を変えたかのような……。
その瞬間、伊緒菜はすべてを察した。
みぞれ達の暗号は、長かったんじゃない。《《手札をすべて教え合っていたのだ》》。だから時間がかかっていた。
「……気付きましたか?」
伊緒菜の表情を見ていたみぞれが聞いた。
「あなた達が、ブラフを使えるほどになっていたとは思わなかったわ」
お互いに手札を把握しているなら、カード交換を交渉せずに山札を引ける。だがみぞれ達は敢えてそうせず、ブラフを送ったのだ。いきなり山札に手を出したら、伊緒菜に怪しまれてしまうから。
みぞれはにこにこと微笑んでいた。それは伊緒菜がするような、知略が成功したときの快感の笑いではなかった。人を喜ばせたときに出る優しい笑みだった。
そう、伊緒菜は喜んでいた。自分を倒せそうなほど、強い相手が生まれたことを。そしてこの喜びは、みぞれが意図してプレゼントしたものだともわかっていた。
この試合は、みぞれから伊緒菜への恩返しだったのだ。みぞれはこの一年で、色々なことを学び、成長しただろう。そのきっかけを与えたのは、QK部のポスターを作った伊緒菜だ。みぞれは、そのことを感謝していた。
「だけど、まだみぞれ達が勝ったとは限らないわ。ほら、みぞれの持ち時間がなくなるわよ」
「あ、そうでした。パスで」
みぞれ達は互いの手札を完全に把握している。それは裏を返せば、こちらの手札もほぼバレているということだ。
こんな作戦を、いつ立てたのか。おそらく初手だ。津々実が山札をすべて持っていき、伊緒菜がカードの位置を把握したのを見て、みぞれ達は咄嗟に互いのカードを教え合うことを決めた。そうすれば、伊緒菜たちのカードも把握できるから。
もし伊緒菜がみぞれの立場なら、同じ作戦を思いついただろう。だが、伊緒菜はみぞれ達を見くびっていた。この子らにそんな機転は働かないだろうと。
しかし違った。いつの間にか、みぞれ達は伊緒菜の予想よりも成長していた。
とはいえ、この勝負はまだ終わっていない。まだ伊緒菜に勝ちの目はある。
「一枚ドローしてパスするわ」
伊緒菜は8を引いた。もっとも、何を引こうが出しようがない。
続く慧もドローして、暗号を送る。たった三手。やはり短い。パスを宣言したため場が流れ、津々実の親となった。
「大一番ね」と伊緒菜は博徒のように言った。「ここで津々実が何を引くかで、勝敗が決まるわ」
「え、運ゲー!?」
博徒のよう、ではなく、本当に博打に出ていた。みぞれ達が何を引いたかわからない。わからない以上、いま出せる最大の素数を出すしかない。それで二人がパスすれば、伊緒菜たちの勝ちだ。
津々実はドローして、親指、人差し指、中指を上げた。3だ。いまの津々実の手札はA378TJJQ。作れる最大の素数は。
「津々実、8QTJを出して」
これを出すと、残るのはA37J。これはこの順で素数になる。つまり、ここで津々実が親を取れれば勝てる。
「はいっ、8121011!」
念の為判定するが、当然素数だ。
そしてみぞれに手番が回る。
みぞれは一枚交換すると、場に四枚のカードを出した。
「ジョーカーをQとして、QKJKです」
それは、みぞれの初めての勝利宣言だった。
特殊な形式とはいえ、伊緒菜と真っ向勝負して、初めて勝ったのだ。
「……パスするわ」
「私もパス」
「あたしも」
三人がパスし、みぞれの手番となった。みぞれはドローも交換もせず、手札をすべて出した。
「643」
「素数ね。おめでとう、あなた達の勝ちよ」
みぞれも伊緒菜も、互いに笑顔だった。




