新年
このあたりの森の中で一番樹齢の高い、神聖さを纏った大木の下で片膝をつき、ただ静かに祈りを捧げていた。
今日は年に一度の”時詠の日”だからだ。
他の種族と比べて長寿であるエルフの一族は、
翻せば時間感覚に疎かった。いろいろと雑なのだ。
約束の時間であれば割ときっちりしているものの、
それ以外では大ざっぱであり、その最たるものの一つが誕生日という概念だ。放っておけば自分が何歳かなど忘れてしまったりする。
そこである時定められたのが”時詠の日”というわけである。
なんのことはなく、この日が新しい年の始まりであり、皆一斉に年をとる、を通り越して自分達の種族も含め世界全体が新たに生まれ変わるという認識である。
簡単に言えば数え年ですんでしまうのだが、エルフの一族はことのほかこの日を大事にしていた。
普段掟の内でではあるが、意外と奔放に暮らす一族も各里の中心樹の下に集まりただ祈る。
エルフ種族にとって神聖な世界樹を中心にした樹都と各地の聖木を中心にした樹里。
彼らは一族が皆兄弟であり、家族であるという考え方をしているので家名を持たない。
代わりに自分らの住む地の中心樹を名の内に取り込むのだ。
これを樹名と呼ばれている。
基本的に生まれた地でずっと過ごすが故になんとか成り立っているのだが、それでも問題がないわけではない。
戒律を破り、ダークエルフとなった者は樹名を剥奪され、名乗ることは許されない。
どの地の樹名であっても分け隔てなく接する彼ら一族であるが、
樹名を持たない者に対しては逆にひどく厳しい。
相手にしないだけなら、まだ優しい方で、弓を向けられる。
そんなわけだから、各里の中心樹に祈らせてもらうことも出来ず、
リリアムは仕方なく野木に祈りを捧げていた。
知る由もないが、ダークエルフの少なからぬ数が同じようにしていた。
欲に負けて身を堕とした者もいたが、やむを得ず剣を取った者もいた。厳しい戒律により村を追い出され、エルフへと憎しみを募らせた者も絶望に潰れそうになるものもいた。
だが、不思議と自然への敬意を失う者は少なく、誰もが祈りを捧げるのだ。
この日ばかりは少しだけ郷愁に囚われる。
かつての穏やかな日々を思い出しては苦いものが胸の内に生まれる。
後悔をしていないか、と言われればしている。
それでも・・・。
唱える言葉もない、静かな祈りを終え、リリアムは目を開く。
その瞳には再び紫耀の光が強く灯り、再び歩みを進めたリリアムは振り返ることはなかった。
ただ野の巨木だけがその背と地面の濡れた跡を見守っていた。




