第2話:実在しない『温度』と『色』、そして便利な『時間』
賢者は言い放った。
「物理学者よ。お主が『パラメータに過ぎないから時間は実在しない』などとドヤ顔で言い放つのは——
『お主がギャルや哲学者と前提知識や暗黙知をまったく共有していない』という当たり前の事実を無視した、典型的な専門バカである証拠でしかないのだよ」
物理学者アルベルトの顔色が、一瞬で青ざめた。
「せ、専門バカ……!? 科学的客観性を追求している僕に対して、なんという暴論を!」
アルベルトがメガネの位置を直しながら抗議の声をあげる。しかし、賢者は全く意に介さず、コタツからミカンの皮をコタツの上に並べ始めた。
「フン。物理学者よ、ならばお主にひとつ問おう。——『温度』という物質やエネルギーは、この宇宙に存在するのか?」
「な……!? 何を言い出すかと思えば! 温度など基礎的な物理量だ! 熱運動の統計的平均であり——」
「質問に答えよ。お主の手で『温度』そのものを掴んで瓶に詰めることができるか?」
「っ……! そ、それはできるわけがない! 温度とは個々の原子や分子の運動エネルギーの平均値を示した指標(尺度)であって、温度という粒子や物質が独立して存在するわけではない!」
「ほう」
賢者はニヤリと口角を上げた。
「では、お主は街に出て『悲報! 温度なんてものはこの世に存在しませんでした!』と大騒ぎするのか?」
「するわけがないだろう! それは定義の使い分けの問題だ!」
「それだ!!」
賢者の扇子がパンッと音を立ててコタツの天板を叩いた。
「お主がいま『時間は存在しない』と騒いでいるのは、まさにそれと同じ愚行なのだ! 物理学のモデル内部で『時間』が独立した実体(物質)ではなく『状態変化を測るパラメータ』に過ぎないからといって、日常において『時間が存在しない』と叫ぶのは、『温度という物質がないから温度は存在しない』と叫ぶのと同じレベルの暴論なのだよ!」
「あ……」
アルベルトの動きが止まった。
◇
「……ちょ待って賢者。ウチにもわかるように説明して?」
ミーナが首をかしげる。
「ミーナよ、簡単なことだ。ミカンを冷やすと『冷たい』、温めると『温かい』な? だが、宇宙には『冷たさの粒子』も『温かさの粒子』もない。あるのは分子の動きだけだ。だが人間は、いちいち『分子が毎秒〇〇メートルで揺れている』と言うのが面倒だから、『30度』『100度』という便利な言葉を作ったのだ」
「あー! なるほど! 30度っていう『言葉』や『目盛り』が超便利だから使ってるだけってこと?」
「その通り! そしてお主らが大好きな『色』も同じだ。物理学的に存在するのは特定の『光の周波数(波長)』だけ。宇宙のどこを探しても『赤色』や『ピンク色』という物質は落ちておらん。脳が特定の波長を『赤』と認識しているだけだ」
「マジ!? じゃあウチのこのピンクのネイルも、物理的にはただの『波長』ってこと!?」
「そうだ。だが『ウチの爪、波長700ナノメートルで超カワイイ〜』とは言わんだろう?」
「言わない! キモすぎる(笑)」
「であろう? 『色』も『温度』も、人間が世界を理解し、生活を便利にするために作り出した『思考のフレームワーク(概念ツール)』なのだ。——そして『時間』も全く同じなのだよ」
賢者は壁掛け時計を指さした。
「宇宙にあるのは『状態の変化』だけだ。だが人間は、変化を整理し、待ち合わせをし、社会を営むために『時間』という共通のメモリ(カミツール)を導入した。……ミーナよ、時間とは実在する物質ではない。だが『超使えるカミツール』として間違いなく存在しておるのだ」
「……!! 納得!! 超スッキリしたんだけど!!」
ミーナがパンッと手を叩いた。
「要するに、アル君は『ツール』のことを『物質じゃないから存在しない!』ってイキってただけってことね! スマホのアプリに向かって『実体がないからアプリは存在しない』って言ってるようなもんじゃん!」
「ぐっ……! く、アプリの例えは的確すぎてぐうの音も出ない……!」
アルベルトは胸を押さえて崩れ落ちた。
◇
「ふ、フン……物理学者の『実体主義』の限界が露呈したな」
ここぞとばかりに哲学者のソクラがドヤ顔でストールを整える。
「やはり時間とは、我々人間の意識が構成する主観的な——」
「——哲学者のソクラよ。お主も同罪だぞ」
賢者の冷ややかな視線が突き刺さる。
「えっ? 私も?」
◇
(第3話につづく・・・)
次回投稿予定
2026年10月16日 17時00分
第3話 ギャルにタイパを詰められた専門バカ、寿司代を払う
お楽しみに!




