第14話 「昇格」 ——明日から、ここに来なさい
八日目の朝、晩蘅妃が言った。
「明日から、女官として来なさい」
私は頭を下げたまま、少し間を置いてから「はい」と答えた。
それだけだった。理由は言わなかった。説明もなかった。晩蘅妃はすぐに窓の外に目を戻した。私は盆を持って部屋を出た。
廊に出てから、少し立ち止まった。
女官。
下女ではなく、女官。階層の底ではなく、一段上。第五話で見上げた梯子の、一段上に上がる。それが今、決まった。
嬉しいかどうか、わからなかった。
* * *
午後、上役の女官のところへ行った。
晩蘅妃からの申し出だと伝えると、女官は少し驚いた顔をした。驚いた、というより——何かを測るような顔をした。私を見て、それから別の何かを考えているような顔。
「わかりました」と女官は言った。「明日から衣を替えます。仕事の内容も変わります」
手続きはそれだけだった。
後宮では、上からの言葉は下に伝わる。晩蘅妃が言えば、女官は従う。私の意思は、関係なかった。
関係ない、ということが——少し、怖かった。
* * *
夕方、暁燕に話した。
暁燕は少し黙った。それから言った。
「すごいじゃない」
声は明るかった。でも明るさの中に、何かがあった。私にはわかった。暁燕の声の、奥の方にある何かが。
「一緒に水を運べなくなりますね」と私は言った。
「そうだね」と暁燕は言った。「でも、いなくなるわけじゃないし」
いなくなるわけじゃない。
その言葉は本当だった。後宮の中にいることは変わらない。でも層が変わる。見える景色が変わる。毎朝水桶を持って同じ廊を歩くことは、なくなる。
「なんで選ばれたと思う」と暁燕が聞いた。
「わかりません」と私は答えた。
それは本当だった。茶と字で晩蘅妃が止まったことは、暁燕に話していなかった。話せなかった。言葉にすると、何かが変わる気がして。
「晩蘅妃さまって、長くここにいる方だよ」と暁燕は言った。「あの方が誰かを引き上げるのは、珍しいって聞いた」
珍しい。
「なぜ珍しいんですか」
「よくわからないけど」暁燕は少し考えた。「あの方は、あまり人に近づかない方みたいで。昔、何かあったとか、なかったとか」
昔、何かあったとか、なかったとか。
その言葉を、私は静かに聞いた。第一話で暁燕が西の棟について言ったのと、同じ言い方だった。あったとか、なかったとか。後宮では、そういう言い方しかできないことがある。
* * *
翌朝、衣が替わった。
下女の地味な衣から、女官の衣へ。色が変わった。動きが少し制限された。帯の結び方が違った。女官に教わりながら着替えて、鏡を見た。
鏡の中の自分が、少し違う人に見えた。
違う人——というより、誰かに近づいた人、という感覚だった。誰に近づいたのか、わからなかった。でもそう感じた。
鏡を伏せた。九話で鏡を伏せたときと、同じ感覚だった。見続けてはいけない気がする感覚。
* * *
晩蘅妃の宮へ行った。
女官として、初めて入った。
晩蘅妃は文机の前にいた。私が入ると、ゆっくりと顔を向けた。衣を見た。それから私の顔を見た。
何も言わなかった。
でも——目が、少し動いた。微かに。ほんの少し。痛みとも懐かしさとも違う、別の何かが、その目に一瞬だけあった。
私は頭を下げた。
「本日より、お世話になります」
晩蘅妃は頷いた。それだけだった。
仕事が始まった。
* * *
昼過ぎ、廊で徐総管とすれ違った。
徐総管が、私の衣を見た。止まった。私の顔を見た。
長く、見つめられた。
私は頭を下げた。徐総管は何も言わなかった。でも今日は、三歩でも二歩でも歩かなかった。すれ違う前から、すでに止まっていた。
通り過ぎてから、背中で感じた。
徐総管がまだ見ていることを。
振り返らなかった。
* * *
夜、茶器を手に取った。
今日から私は女官だ。階梯を、一段上がった。
上がった理由が、まだわからなかった。晩蘅妃が何を見て私を選んだのか。茶なのか、字なのか、それとも別の何かなのか。
わからなかった。でも——上がるほど、何かに近づいている気がした。
何に近づいているのか。
泠蘭、という名前が、また浮かんだ。
今日は、打ち消さなかった。
その名前と、私の昇格と、晩蘅妃の止まる目と——どこかで繋がっている。その繋がりの先に、私がここにいる理由があるかもしれない。
怖かった。
でも——知りたかった。




