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7『飛べない理由』

 目が覚めたのは、ベッドの上だった。


 窓の外に積もった雪が光を反射し、顔がじりじりと熱い。

 もう昼か……。


「……いてぇ……」


 起き上がると、頭の奥がジーンと重く痛んだ。

 ベッドと小さな本棚でいっぱいいっぱいの、小さな部屋。俺の部屋ではなかった。


 長く息をつきながら立ち上がり、よろめきながら扉まで辿り着く。

 扉を開けると、見慣れた部屋が視界に広がった。副団長室だ。


「副団長の寝室だったのか……」


 副団長はいない。

 おそらく昨夜、防魔室で倒れていた俺に気付いて運んでくれたのだろう。


 少しずつ昨夜のことが鮮明に思い出される。


 強烈な頭突きに頭が揺れ、怒りに任せて放った魔技だ。

 正直、ちゃんとルルナの記憶を消せているのか自信はない。


 しかしあいつのことを思い出すといつでも腹を立てられる。鎖骨の奥がグルグルと疼き、体内の魔力が沸騰するような感覚になる。


「くっそ……あいつ絶対にぶっ潰してやる」


 忘却魔技をかけられた奴は、3日間は眠ったままのはずだ。その間にあいつをどう潰してやるか考えねぇと……。


──レッカレ!


 遠くから大勢の揃った掛け声が聞こえた。

 どうやら団員たちが訓練をしているようだ。


 もうそんな時間か……。


「……よし。行くか」


 俺は副団長室を飛び出した。

 石造りの廊下は冷え切っていて、吐く息が白い。


 管理棟を離れてしばらく歩くと、訓練棟に着いた。


 訓練棟の廊下の柱の陰から訓練場を覗く。

 中庭になっている広場には薄く雪が積もり、100人近い団員たちが整列していた。

 団員たちが踏み固めた場所だけ黒い石畳が見えている。


 いつもの俺の立ち位置はご丁寧に空けられていた。

 その隣のナイリスがキョロキョロと辺りを見渡しているのが見える。


「見つかったらめんどくせえな」


 俺は姿勢を低くし、回廊沿いに足早にその場を離れた。


 外に出てしばらく進み、高くそびえ立つ鐘塔の前にたどり着いた。


 この塔は時間や異常を知らせるための鐘塔であると同時に、「飛行魔技特別訓練塔」としての役割を持つ。


 塔周辺は広い訓練場になっている。

 飛行魔技の訓練をするときには、この塔から「飛ぶ」のだ。


「……よし」


 俺は塔内部のらせん階段を駆け上がり、最上階で外に出た。

 天井からぶら下がったでかい鐘につかまり、遠くに目をやる。


 強い風が髪を激しくなびかせ、肺に冷え切った空気が一気に入ってくる。景色は圧巻だった。

 城、そこから繋がる城下町、隣町の田舎風景、遠くの白い山まで全てが見渡せる。


「初めて登るぜ……」


 俺は、飛行魔技をはじめとする「飛ぶ」技が使えない。

 だからあえてこの場所は避けてきた。

 飛行魔技の特訓も、俺は自ら辞退した。


 でも──俺はこれから、ルルナの指導者になる。

 正直納得はいってないが、副団長の命令だ。それに、あの生意気なクソガキをぶっ潰さなければ俺の気が休まらない。


 ──どうせやるなら、俺はルルナに負けたくない。


 あの魔力の強さだ。もし、仮に、いや万が一、ヤツにセンスがあれば、飛行魔技だって習得するかもしれない。


「──負けてられるかよ」


 指導者として、教育者として、負けたくないっていうのは間違った考えなのかもしれないが……そんな筋や道理みたいなことは知らねえ。

 ただただ、飛行するルルナに見下ろされる未来が気に食わねえ。


 だからやるだけだ。


 俺は吹きつける風を全身に感じながら、目を閉じて息を深く吸った。今は基本に忠実になるべきときだ。


 胸に右手を当て、魔力を呼び起こす。鎖骨の奥が熱くなるのを感じたらそれでいい。


 飛行魔技の基盤は脚だ。

 胸の奥から引き出した魔力を、脚へ流し込む。


 脚が熱くなってくる。

 タイミングを見計らって、塔の壁を力強く蹴り、ここで詠唱する。


「レンダ……」


「ロッキー! 何してんの!」


 下の方から飛んできた大声に、驚いて詠唱を途切れさせてしまった。


 すでに身体は宙に浮いていた。


「やべ……」


 その直後、俺の身体は真っ逆さまに地面に落ちていった。


「うっ……うわぁぁぁぁぁぁ!!!」


 やべぇ!!!死んじまう!!!


「おい! 人が落ちてくるぞ!!」

「誰か助けろ!」


 複数人の叫び声がこだまする。


 みるみる近付いてくる地面に向かって、俺は咄嗟に指先を向けた。


 ──くそっ!


「アンヴァス!!」


 地面に向かって狙撃魔技を放った直後、訓練場に激しい音が響き渡った。

 それと同時に、俺の身体が天のほうへ跳ね上がる。

 技の反動で束の間の浮遊時間を得たのだ。


 ドサッ!!


 雪混じりの地面に身体が叩きつけられ、白い粉が舞い上がった。

 魔技の威力で空いた穴にすっぽりとはまってしまった。


「……いてぇ……死ぬかと思った……」


 咄嗟の判断で技を放っていなければ、今頃俺は粉々になっていた。


「ちょっとロッキー!! 一体何をしてるの!」


 ナイリスが駆け寄ってきて、俺を穴から引っ張り上げる。


「ロッキー班長っ! どうしてこんな危ないことを……」

「命知らずですよ!」


「レオにサムル……」


 どうやら俺の班のみんなが集結しているらしい。

 見渡すと、他の団員たちもわらわらと訓練場へ集まってきていた。


「全体訓練に来ないから心配してたのよ。陣営長もカンカンだったわよ」


「明日の夜までに出撃のある班は、これから飛行魔技訓練なんです」

「それで来てみたら……」


 他の団員たちも何事かと俺らの方を見ている。

 くそ、見せ物じゃねぇんだよ。


「飛行魔技の特訓だよ……見りゃ分かるだろうが」


 何とか穴から抜け出した俺は、服に付いた雪と砂を叩き払いながら言った。


「ロッキー……」


 ナイリスがこちらを見つめてくる。

 その目は、何というか、哀れな冤罪囚人を見るような目だった。


「おいナイリス……お前俺を見くびってやがるのか」


「見くびってなんかないわよ! ただ……」


 ナイリスはレオとサムルと目を合わせ、俯いた。


 くっそ……何だこいつら。

 同期と部下にそんな風に哀れまれる筋合いはねえ。


「お前が急に呼ぶから気が散ったんだろ! 見てろ! 次は飛んでやる!」


 俺はそう言い捨てると、また塔に向かって走り出した。


「ロッキー! やめて! 次こそ危ないわ!」

「班長! 無茶はやめてください!」

「戻ってきてください!」


 奴らの引き止める声が追ってきたが、お前らと違って俺は足が速い。


 塔の中に入り、らせん階段を駆け上る。身体中が熱い。さっき地面に叩きつけられた痛みすら消えていた。


 再度最上階へたどり着くと、俺はおもむろに塔の縁に立ち、大きく両手を広げた。


「ロッキーっ! ねえいい加減にして!」


 下からの声にも反応しない。


 飛べる。

 今なら何だってできる。


 ルルナも。

 副団長も。

 誰だって。


「やってやるよ……」


 魔力を脚にこめる。

 さっきは集中力が足りなかったのだ。


「レンダス!!!」


 塔の壁を強く蹴り、俺は宙へ飛び込んだ。


 雑音がスッと消えた。


 わずかな浮遊感。

 確かに自分の魔力で飛んでいる感覚。


「飛べた……!」


 次の瞬間、鉛でも吊るされたかのように、俺の身体は猛スピードで地に落ちていった。


「うわぁぁぁぁっ」


「ロッキー!!」


 ナイリスの声も耳に入ってくるようになった。


「アンヴァ……ス!!」


 なんとか地面に向かって狙撃魔技を放ち、先ほどと同じように俺は地面に叩きつけられた。


「いっ………つ………」


 さっきより狙撃魔技が弱かったのだろう。比べ物にならないくらい身体の痛みが激しい。


「くっそ……くそ!!」


 起き上がることもできず、転がり回って痛みを逃すことしかできない俺を、ナイリスたちは冷ややかな目で見下ろしていた。


「二回も同じことをされちゃ心配も半減よ、ロッキー」


「でも……見ただろ。一瞬浮いたんだぜ」


「気のせいよ」


 ナイリスは低く言った。俺の闘争心がまた燃え上がる。


「見てろ、次は必ず……」

「ロッキー!!」


 立ち上がろうとする俺の肩を、ナイリスは強く押した。


「なんだよ!」

「もうやめて! ロッキー、あなたは飛べないの! 悪魔族だから、飛べないの!!!」


 胸の奥を撃ち抜かれたような衝撃が全身を走った。


 ナイリスはなぜか涙目で俺を見つめ、薄い唇をプルプルと震わしている。


 レオもサムルも、苦い薬草でも噛んだかのような顔をして、俺を見つめていた。


 他の班の団員たちも遠巻きにこちらの様子を伺っている。


 静まり返った訓練場の中で、俺だけがひどく浮いていた。


「……そうだな」


 俺はかすれる声でそれだけ言い、よろめきながら訓練場を後にした。


 誰も追ってこなかった。


 背中に突き刺さる無数の視線だけが、やけに痛かった。


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