6『すべてを忘れてしまえ』
「ルルナをゼロから兵士に育て、正式に団員として迎えたいと思っている」
薄々気付いていたことであり、そして俺がいちばん聞きたくないことだった。
ショックを受けて黙り込む俺をよそに、副団長は続けた。
「あの子を連れてくるよう命じたのは政府だ。彼女の魔力の強さを見込んだのだろう。俺はまだルルナの力を目の当たりにはしていないが……いい兵士になるかもしれない」
「は……? あいつは魔力の制御が全くできないんですよ。確かに魔力自体は強いかもしれねえが、それを扱う技術のレベルが低すぎる」
奴隷市場で襲い掛かられたときのことを思い出す。
ルルナの動きはガキとは思えないくらいの激しさだった。
しかしあれは戦いに使えるもんじゃない。
力任せで、粗すぎる。
「……ロッキーが言うならそうなのかもしれない。しかし、それを訓練で使えるものにしていくのが我々の役割だと思っている」
副団長は窓際の小さな椅子に腰掛けた。
外からの夜の灯りが、彼の白い肌を柔らかく照らす。
「ロッキー、お前だって入団したての頃は魔技がほとんど自己流で、時間をかけて矯正していっただろう」
「それは……副団長が俺につきっきりで教えてくれたから。あの頃はダロックも団員が少なかったですから」
昔の話をされると、少しだけ胸が軽くなる。
あの頃の訓練の思い出は、心地よい記憶として今でも身体が覚えていた。
「それに……ルルナはまだガキだ。それに女だ。兵士として育てるにはリスクが大きすぎますよ」
「ルルナだっていずれは大人になる……。それに女の団員だっていないわけじゃないだろう。お前の班のナイリスだって女だが、今では立派なお前の右腕じゃないか」
「ナイリスはまあ……研究者志望だし……」
正論で返され、言葉がごにょごにょと濁る。
「ッというかそもそも! こんな重大なことを何で俺なんかが任されてるんですか! こんなことは上層部でやってくれりゃいいものを……」
誤魔化すように大声で言うと、副団長は表情をピクリと硬くし、ゆっくりと立ち上がった。
座っていた椅子を持ってこちらに歩み寄ってくる。
「そうだな。ロッキーにとっての本題に入ろう」
俺にとっての本題?
意味を受け取りかねている部下をよそに、副団長は俺の膝の前に椅子を置き、向き合うように座った。
こんなに近くで見る真正面からの副団長は久しぶりで、すぐに目を逸らしてしまった。
出会った当初と比べれば、少し皺が増えただろうか。
「ロッキー、俺はダロック内に孤児院を作ろうと思っている」
一瞬、時が止まった。
「こ、孤児院?」
予想だにしなかった表明に困惑する。
「そうだ。城周辺だけでも、かつてのお前のような孤児がまだ多くいる。彼らを集めて孤児院で教育し、いずれは兵士として戦えるようにする計画だ」
俺はしばらく副団長の顔を見つめてから、フッと鼻を鳴らした。
「副団長、ダロックは政府直轄の軍事組織ですよ? 慈善活動なんてガラじゃ……」
「そして、その孤児院での指導者にお前を任命する」
透き通るような瞳だった。
俺を一人前にすると力強く言い放った、あの日の副団長と同じ目。
「ルルナは孤児院計画の被験者だ。ロッキー、まずはお前を、ルルナの指導者、そして教育者に任ずる」
何も言葉を発せない俺に構わず、副団長はスラスラと言い切った。
「俺は、ロッキーは第一線で戦う兵士ではなく、兵士を育てる立場が輝けると思っている」
「──いやいや、ちょっと待てよ……くださいよ。俺が指導者? そんな急な……地球への出撃は? 俺の班のみんなは?」
「お前は指導者になるのが夢だと言っていただろう。これは出世だ」
いや……答えになってねえよ。
それに、俺が指導者になりたいって言ったのは単なる副団長への憧れであって……。
だめだ。困惑と怒りと、その他諸々の感情がぐちゃぐちゃに混ざり合って何も言葉が出てこない。
「ロッキー、目的を忘れるなといつも言っているだろう」
そんな俺を見透かしたのか、副団長は冷静に言った。
「お前の目的はなんだった」
副団長の低い声が厳しく響く。
無意識に背筋がピンと伸びた。
「……地球人を全滅させることです」
「そうだったな。この計画はその目的に繋がらないと思うか」
俺はうつむいた。
「……ロッキー」
しまった。
副団長は俺の肩に手を置き、俺の目を覗き込んできた。
だめだ。
目が離せない。
こんな風に見られると、俺は──。
「信じている。頼んだぞ」
──断ることなんてできない……。
⭐︎⭐︎⭐︎
防魔室は思ったよりも薄暗く、湿気のこもった気持ちの悪い部屋だった。
狭い部屋の中央で、少女が天井から伸びた鎖に四肢を拘束されている。
ルルナだ。
「くっそ……早く目覚めろよガキ」
俺は壁にもたれてこいつの目が覚めるのを待っていた。
記憶を消す魔技をかけるためだ。
──ルルナの過去の記憶を消してやってくれ。ただし、生きるために必要な記憶は消すな。
副団長の命令はこれだ。
確かに俺は忘却魔技が得意ではある。ただ、そんな細かい調整まではしたことがない。
しかし副団長が俺を信じてくれたのだと思うと、やって見せたいという気持ちはある。
「副団長……」
俺はつぶやき、その場に座り込んだ。
普段は新しく開発された魔技の実験などに使われている部屋なだけあり、外へ魔力が漏れ出さないようしっかりと密閉されている。
ガチャ……。
鎖が微かに揺れた。
そろそろルルナも目覚める頃だろう。
うなだれてすやすやと眠るルルナが嫌でも視界に入る。
腰まで伸びた真っ白な髪。不健康に白い肌。長いまつ毛。小さな鼻。新しいワンピースから伸びる細い腕。鎖に繋がれた手は、まさに幼い子どものそれだった。
奴隷市場にいたときよりも清潔な身なりになっている。
こう見ると普通の女の子だな……。
「7歳で奴隷か……」
哀れみを込めてつぶやいたその時だった。
ガチャッ……ガチャガチャガチャ!!
「うっ……あぁぁぁ!!!」
鎖が激しく波打つ音と少女の金切り声が室内に響いた。
目を覚ましたルルナが暴れ始めたのだ。
俺は咄嗟に立ち上がり、暴れ狂うルルナに近づいた。
「おはようさん。数日ぶりだなルルナ」
ルルナの顔をぐいと掴む。荒い息が手にかかった。
「お前にやられた傷もすっかり治ったぜえ」
「あぅ……はなせ!!」
幼い声で抵抗してくるルルナを嘲るように、俺は顔を近づけた。
「今日は手足が拘束されてるから攻撃できねえなあ」
ケラケラと笑い、顔を掴む手により力を入れたときだった。
──ゴンっ
前頭部に鈍い痛みが走り、その直後身体全体が痺れるような痛みに襲われた。
「おまっ……」
頭突きをされたのだと理解したときには、俺はもう倒れ込んでいた。
俺の手から逃れてなおも叫び暴れるルルナを見上げる。
「前言撤回だ……お前は普通の女の子なんかじゃねぇ……獣だよ……」
痺れと痛みが手足の先にまで到達すると共に、怒りが頭を突き抜けた。
ヨロヨロと立ち上がり、指先をルルナへまっすぐに向ける。
「おいこのガキ……許さねえぞ。見込みがあるだか何だか知らねえが……俺はお前をボコボコにしてやる。お前が自らダロックを去ると言うまでな……!」
指先からパチパチと火花が散った。
「ウノアース!!」
黒い光が波のように広がり、ルルナの叫び声が途切れた。
この黒い光線は、忘却魔技の特徴だった。
「すべてを忘れちまえ、クソガキ!!」
俺は最後の力でそう叫ぶと、またその場に倒れ込んだ。




