5『真夜中のお呼ばれ』
結局、任務を終えたのは地球に太陽が昇り始めた頃だった。
あの後、1時間で終えるはずの任務に倍近くの時間をかけてしまったのだった。
不気味な銃の効果で魔力も魔技も思うように扱えなくなったせいだ。
ルミリュマ星へ戻った瞬間、どっと疲れが押し寄せた。
ナイリスたちに支えられながら、這うようにダロック本部へ戻り、俺は自室のベッドに倒れ込んだ。
「くっそ……あんなヌルい任務に手こずるとはな……」
窓の外はまだ夜だった。夜明けまではまだまだ時間があった。
「腹減った……」
任務が長引いたせいで飯の時間を逃してしまった。
「あー……陣営長に任務の報告もしねぇと……」
考えれば考えるほどに身体がベッドへ沈んでいく。
行き場を失った魔力が、体内を彷徨っているような感覚だった。
今にも意識を失いそうになっていたその時だった。
「ロッキー様」
若い女の声。扉の向こうからだった。
「……誰だよ、こんな真夜中に」
ヨロヨロと立ち上がり扉を開けると、ショートカットの女の子が立っていた。
「あれ、ナリノちゃんじゃん。どしたの」
「お夜食をお届けに参りました。ルヴィ副団長様からの差し入れでございます」
補助団員のナリノだった。
「え、副団長から? こんな夜更けに差し入れ?」
ナリノが差し出してきたのは、魔力回復に効果バツグンのピナティスープとパンだった。
香ばしい匂いが空きっ腹を刺激する。
「こちらを召し上がられましたら、速やかにルヴィ副団長様のお部屋へいらっしゃってくださいませ。お呼びでございます」
ナリノは丁寧な仕草で胸に手を当て、去って行った。
──あー……そういうことか。
俺は立ったままパンをかじり、ピナティスープを一気に飲み干した。
さすが魔力回復効果を謳うだけの植物だ。スープを身体に入れた瞬間、先ほどまでの強烈な眠気と脱力感が一気に回復した。
同時に、全身に魔力がみなぎっていくのを感じた。
「くそっ、休む気が失せちまった」
俺は部屋を飛び出して、副団長の部屋へ向かった。
⭐︎⭐︎⭐︎
副団長の部屋は、管理棟の最上階にある。俺たち兵士が寝泊まりする寄宿棟からは少し離れていた。
めったに呼ばれることなどない副団長の部屋。
ここ数日間で二度目の「お呼ばれ」に、嬉しさと誇らしさが──いや、腹立たしさのほうが勝っていた。
部屋の前に着くと、扉の真ん中から垂れている紐を軽く引っ張る。これで中の鈴が音を鳴らす仕組みだ。
「ロッキーか。入れ」
落ち着いた声が聞こえる。
俺が中に入ると、副団長は奥の机で書類に目を落としていた。
その冷静さが余計に俺の怒りを刺激する。
「副団長……こんな夜更けに呼び出して何のつもりっすか」
こちらに目を向けた副団長は、音もなく立ち上がり、俺の方へ歩み寄ってくる。
「ロッキー、制服は前をきちんと締めろ。身だしなみに気を抜くなといつも言っているだろう」
俺は返事をせずに制服を整えた。
いつもなら軽口を叩いて副団長を呆れさせるところだが、今日はそんな気になれない。
「お前に頼んでいたことだ──夜が明けるまでに済ませたい」
副団長はため息をつき、静かにそう言った。
「……ルルナのことですか」
数日前の副団長の言葉を思い出す。
── この子の記憶を消せ。すべてを忘れさせろ。
「そうだ。お前がかけた昏睡魔技の効力が解けてきた。防魔室に寝かせているが、もうじき目覚めるだろう」
副団長はソファを指差し腰掛けるよう促してきたが、俺は拒否した。
「……その記憶を消せって……それ、そんなに大事な任務なんすか」
胸の奥がグイグイと押されるような苦しさがふいにこみ上げ、声に出てしまう。
「俺がさっき行った任務だってやたらと規模が小さいヌルい内容でした。俺にその……見知らぬガキの記憶を消す任務をさせるために、俺の生存確率を上げるために……あんな簡単な任務をさせたんだろ」
副団長はいつもの如く冷たい無関心な目で俺を見つめ続ける。
「言っときますけどね、ルルナのこと隠したって、既に団員たちには噂が回ってますよ。俺の班員だって知ってたんだ。それに俺が関与してるってことも……」
得体の知れぬ腹立たしさが勝手に膨張する。
なぜこんなにムカつくのか分からない。
でも、目の前のこの男、男か女か分からないほど華奢で色白なこの男に感情をぶつけないと気が済まない。
「ロッキー、そうは言うがお前は今回の『ヌルい』任務で子供をひとり取り逃しているだろう」
心臓が跳ねた。
「え……? なぜそれを」
「先ほどナイリスが陣営長に報告をしている。既に俺にまで情報が伝わっている」
ナイリス……あのとき少女を見逃したことに気付いてやがったのか……。
恥ずかしさと後悔が次の言葉を見失わせた。
「──ただ、ロッキーの言う通りではある。ルルナの記憶を消すということを最重要視していたのは確かだ。そのためにお前たちロッキー班を小規模な任務に行かせたのも俺だ。認める」
黙ってしまった俺を慰めるように副団長は頷きながら言った。
……なんでだよ。
なんでそんなに、そのガキにこだわる。
俺はさっき拒否したソファに腰掛け、両手をぎゅっと結んで口を開いた。
「副団長、俺は納得がいかねえ」
微かに開いた窓から、ツンと甘い花の香りが細く漂ってきた。
「俺の任務を軽くしてでも、疲れて帰ってきた俺を酷使してでも、そのルルナをどうにかするってのが──そんなに大事なのか」
自分の中で渦巻くこの感情が何なのか少しずつ見えてきて、でも一言で表したくなくて……ぐちゃぐちゃとした気持ちが更に絡み合っていくのを感じて苦しかった。
「記憶を消すってのはきっと、奴隷時代の辛い思い出が邪魔になるからでしょう。それで、そのあとどうしたいんだよあのガキを。ナリノみたいに使用人──補助団員にするんですか」
期待を込めて副団長の顔を見上げた。
副団長は俺の目をじっと見つめ、小さく口を開いて話し始めた。
──それは、俺にとってどうしようもなく気に食わない話だった。




