15『役目』
──ウラータ……
──オミタ……
火がパチパチと燃え上がる音。
何かが焦げるにおい。
雪を踏み締め、その火の元へ必死に足を運ぶ。
──ウラータ……
──オミタ……
複数人の重なる声。
早く行かないと。
雪が邪魔をしてうまく進めない。
もどかしい。
早く行かないといけないのに。
早く、早く、前へ……。
──ウラータ……
──オミタ……
──ロッキー……
──ロッキー……
「ッキー……ロッキー」
はっと目を開けると、白い顔が俺を覗き込んでいた。
「副団長……!」
「目が覚めてよかった。うなされていたぞ」
「俺……一体」
副団長の背景は黒い夜空。
俺は外で寝そべって一体何を──。
ハッとして首を横へひねった。
俺の目線と同じ高さに、深緑の服を着た無数の人間たちが折り重なるように倒れている。
そしてやけに静かだ。
そうだ、俺は任務中だった。
地球軍に撃たれて倒れて、そこで副団長の姿を見つけて──そのまま意識を失っていたのか。
「サムルはっ……いてっ!」
慌てて起き上がろうとしたが、副団長に頭を押さえつけられた。
ゴンと鈍い音が鳴る。
「ロッキー、今は安静にしていろ」
副団長の落ち着いた声にホッとして、俺はゆっくりと力を抜いていった。
それと同時に、目覚めたときから胸の辺りに違和感があることに気付いた。
見ると、副団長の指先が、俺の胸の中に……入っている?
「え!?」
「大きな声を出すな。俺の魔力を分け与えているだけだ」
副団長の魔力を俺に……? そんなことができるのか?
確かに、段々と身体中に魔力がみなぎってくるようだ。
俺の胸に穴を開けているのか。
しかし痛みが全くない。一体どういう技なんだ……。
「でもそんなことしたら副団長の魔力が」
「それほど多くの魔力ではない。ルミリュマへ帰るまで持ち堪えられる程度だ。帰ったら手当を受けろ」
「……はい」
しばらく、副団長は黙って遠くを見ていた。
色々と聞きたいことはあるが、今喋ったら怒られそうな気がして俺も黙っていた。
副団長の顔に小さな傷がいくつもできている。制服も肩の辺りが裂けている。
異様な静けさの中、ビルの間を抜ける生ぬるい風の音だけが耳の横を通り過ぎていった。
「ロッキー、俺からの魔力供給は完了だ。速やかに帰還するぞ」
副団長はそう言うと、俺の胸からスッと指を抜いた。
空けられた穴がゆっくりと閉じていく。
どういう仕組みなんだ……。
「副団長、ありがとうございます……俺、動けます」
意識もはっきりして、俺はその場に立ち上がることができた。
おそらく俺はほぼ死にかけていたんだろう。いや、一度死んだのかもしれない。
魔力をもらったとはいえ、身体がフラフラした。
改めて辺りを見渡した。
先ほどここで銃と盾を構えていた地球軍の兵士たちが、折り重なる布きれのように倒れていた。
見渡す限り一面に深緑の地球人がくたばっている。
この中で生きているのは俺たちと空を飛び回る黒い鳥だけのようだ。
おい……まさかこれ、副団長ひとりでやったんじゃ──。
「ロッキー」
副団長は呆然と立ち尽くす俺に向かって手を差し出してきた。
「星路を開いている場所まで飛んで行く。俺に掴まっていろ」
俺は黙って副団長の腕に両手を巻き付けた。
ゆっくりと身体が浮き上がっていく。
「副団長……詠唱なしで飛行魔技が使えるんですね」
「ああ。お前もいずれできるようになる」
そういえば副団長が本格的に魔技を使っているところは目の当たりにしたことがないかもしれない。
出会ってかなりの時間が経つのに、俺はこの人のことを何も知らないんだな。
こんな状況でふと寂しさを覚えたのは、一回死んで人格が変わったからなんだろう。
副団長と共に宙を浮くと、商店街の中の様子が見えてきた。
「おい……嘘だろ」
商店街には、数え切れないほどの地球人が山のように倒れていた。奥の方までびっしりと。
全身の毛が逆立った。
敵とはいえ、ゾッとする数だ。
何人だ?
目標だった1万5000人は到達しているんじゃないか?
「副団長……地球軍の兵士も商店街にいた民間人たちも、みんなあなたがやったんですか」
俺は副団長の顔を見上げた。
反応はない。
そのときだった。
「ルミリュマ人……許さない……!」
遠くからの男の声と共に、何かが俺の足をかすめた。
「銃弾だ!」
振り返ると、倒れている兵士の海の中でひとつだけフラフラと立ち上がる人影を見つけた。
そいつが銃をこちらに向けているのだ。
「あれは隊長か……!」
さっき、撃ち落とした俺に銃口を突きつけたアイツだ。
俺らの言語を操るアイツ。
生きていやがったのか。
「さっさと始末しねえと……! アンヴァ……」
「ロッキー! やめろ!」
副団長に腕をぐいと掴まれ、狙撃魔技を阻止された。
「副団長! 何でだよ! 撃たれますよ!」
「今のお前に狙撃魔技を使えるほどの魔力はない。死ぬぞ!」
確かにそうだが……。
それでももう一度指先を立てた瞬間、身体がぐんと突き上げられるように持ち上がった。
「おおおぉわっ!!」
先ほどとは比べものにならないほどのスピードで上昇していく。
地球軍の隊長から放たれる銃弾が、かすりもしない位置に撃たれ続ける。
俺は目を瞑り、副団長の腕に必死にしがみつくことしかできなかった。
こんな高速で飛行できるなんて一体何者だよ!
俺たちは商店街の屋根の上を信じられないほどの猛スピードで飛び進んだ。銃弾も飛んでこなくなった。
やがて減速しゆっくりと着地した。
そこは、ナイリスとレオを置いてきた商店街の屋根の上だった。
「はあ……はあ……死ぬかと思ったぜ」
「よく手を離さなかった」
副団長は一糸乱れぬ姿でしゃんと立っている。
一息つくと、ここに副団長がいることが不思議に思えてきた。
「あの……副団長。なぜ地球に」
恐る恐る聞くと、副団長は目を伏せ、少し間をおいてから言った。
「妙だと思ったんだ」
「妙?」
「衛生兵を呼んだだろう。今回のロッキー班の任務で、衛生兵を必要とするほどの負傷者が出るとは到底予測していなかった。だから不審に思って様子を見にきた」
は?
胸の奥に仕舞っていた小さな棘がひとりでに飛び出してきた。
「予測していなかった? 何を言ってるんですか? 今回の任務、誰がどう見たって無謀だっただろ。たった4人、しかもそのうち2人は新兵の班で、1万5000人の討伐数だぜ? ナイリスなんて任務前は不安でおかしくなってたくらいだ」
そんな任務を俺たちに与えたのは副団長、お前だろうが。
最後まで言うことは控えたが、あまりにも呑気な言い草に心底腹が立っていた。
しかし副団長の表情はどこか苦しげに見えた。
「……何ですか」
「今回のオオサカ侵攻の任務は……本来は5班で挑むよう伝達していた」
え? 5班?
俺たちの班の単独任務じゃなかったのか?
「でもオスパーさんははっきりとロッキー班だけでって言ってましたけど」
苛立ちを隠せぬ声で強く言うと、副団長はふうとため息をついた。
「ああ……そのようだな」
「まさか……」
副団長が頷く。
「おそらくオスパーが、何らかの理由でこの作戦を独断で変更したのだろう」
頭が真っ白になりそうだった。
おい待てよ、あのおっさん何勝手なことを──。
猛烈な怒りの矛先が副団長からオスパーさんへ変わろうとしたとき、心の奥底を痛めていたことをはっと思い出した。
「ナイリスとレオは」
「ナイリスは衛生兵の判断でルミリュマへ帰った。ダロックで手当を受けているはずだ。レオも俺の判断で帰らせた」
「そうですか」
ひとまず二人が無事であることに安堵しつつ、本当に聞かなければならないことに関して、重い口を開いた。
「……では、サムルは」
副団長の表情を見て、俺は悟ってしまった。
「まさか」
「……遺体は取り戻した」
音が消えた。
何も聞こえない。
いや、聞こえすぎていた。
自分の呼吸も。
心臓の音も。
耳鳴りも。
サムルが死んだ。
俺の、部下が。俺の指揮した任務で──。
足の力が抜け、その場にへたり込みそうになった。
しかしその腕を副団長が掴んで引き上げた。
「ここは危険だ。お前は今すぐ帰れ」
副団長はそう言うと、何もない宙に向かって手をかざした。
その周囲の空間がぐんと歪んで、俺がすっぽり入るほどの真っ黒なトンネルが出現する。「星路」だ。
「ロッキー」
立ち上がれない。
足に力が入らない。
いや、力が入らないんじゃなくて、力を入れるというその気力も意志もない。
「ロッキー。お前はダロックに戻ったら雪葬の準備をしろ。俺はもう少し見回ってから帰る」
副団長の言葉は耳に入ってくるのに、頭で理解することができなかった。
「せっ……そう……?」
「そうだ。落ち着き次第サムルの葬式を執り行う」
葬式……。
「葬式なんて……嫌だ」
「何だと?」
「葬式なんか……葬式なんかしたくねえ! 俺は! 俺は! サムルを取り戻す! 俺が!」
「ロッキーお前、何を言っている」
「俺はサムルに何もしてやれてねえ! 兄貴みてえな顔してたくせに……何も!」
「ロッキー」
「俺が見つけてくる! まだあの中にいるはずだ! 俺がサムルを──」
「いい加減にしろ!」
身体が屋根に強く叩きつけれた。
遅れて頬が熱くなる。
殴られた。
副団長に。
「お前はまだロッキー班の班長だ! 最後まで威厳を持て! 毅然として部下を葬ってやれ!」
「でも……俺は……」
感情が追いついてくる前に、俺は副団長に抱え上げられ、そのまま星路へ放り込まれた。
「それがロッキーの役目だ」
閉じゆく星路の向こうから届く副団長の声が、わずかに震えていた。




