14『最後の任務』
猛スピードで飛んできたレオは、俺の前で荒々しく屋根に着地した。
「どうした!! 何かあったのか」
レオは青ざめた顔で俺を見つめた。
「ロッキー班長……」
「なんだ。言ってみろ」
「サムルが──地球軍に撃たれて死にました」
全身の魔力がサッと引いていった。
ナイリスの短い悲鳴。
近付くサイレンの音。
地球人たちの足音。
一瞬、全ての音が遮断された。
さっきまで酔いしれていた自分が恥ずかしくなった。
「──サムルはどこだ」
「地球軍にさらわれました……。商店街の向こうには既に敵軍が到着しています」
「……分かった。冷静な報告をありがとう。レオ、ナイリスは負傷している。ダロックに連絡を取って衛生兵を呼べ。そのあとは何もするな。ナイリスは回復に努めろ。地球人への攻撃はしなくていい。作戦は中止だ。帰還することだけ考えろ」
感情が出てしまう前に一気に言い切る。
俺はレオが飛んできた方向を見つめ、脚に力を込めた。
「班長は……」
「俺は──サムルを取り戻しに行く」
「待って! 危険よロッキー!」
「そうですよ! たったひとりで立ち向かうなんて!」
ナイリスとレオの悲痛な叫びが耳に入る。
俺は振り返るのを堪え、ぐっと目を閉じた。
「最後の最後で仲間を見殺しにできるかよ……!」
サムルが俺の班に入ったのはつい一年前のことだ。
兵士とは思えぬほど優しい目つきで、いつも俺を兄のように慕ってくれていた。
あのサムルが──死んだのかよ。
「班長! 俺も行きます!」
「絶対にダメだ!! お前はナイリスのそばにいてやってくれ」
「でもっ」
「これ以上仲間を殺したくねえんだよ!!!」
怒鳴りつけるように言ってしまった。
ナイリスとレオは絶望に満ちた表情でこちらを見ている。
「くそっ!! ユオスタス!!!!」
高速移動魔技を使い、俺は猛スピードで商店街の屋根の上を走り出した。
ナイリスとレオの声が遠ざかっていく。
びゅうびゅうと風を切る音が耳元について回る。
高速移動の衝撃に耐えきれず、俺が踏み蹴った屋根のパネルが次々と割れて落下していった。
あの二人の元へ戻る道を閉ざされるようだった。
「くそっ……サムル!」
それでも前に進み続けるしかねえ。
絶対に取り戻して見せる。
サムルが生きていても……死んでいても。
ふと振り返ると、割れた屋根の隙間から次々と銃の弾が打ち上げられるのが見えた。
地球人たちが俺を撃ち落とそうと躍起になっているのだろう。
「撃てるわけねえだろ! トロいんだよ!」
そのまま俺はひたすらに進み続け、ついに商店街の尻尾にたどり着いた。
「おわっ! まじか……」
屋根の端から大通りを見下ろした俺の目に入ったのは、おびただしい数の地球軍の兵士の隊列。そして数えきれないほどの戦車。
視界に入ったこの一帯が、敵でみっちりと埋め尽くされていた。
こんな大量の地球軍を見たのは初めてかもしれない。
地球軍の制服は、地球のどこで出くわしても深い緑色だ。
密集する兵士たちはまるで森のようだった。
「この中にサムルが……」
俺は並ぶ戦車ひとつひとつに目を凝らした。
どこだ? どこにサムルを捕えている?
屋根の上で一歩足を踏み出したときだった。
パァン!!!
「何だっ」
全身に響く銃声と共に、地球軍の兵士たちが一斉にこちらへ銃口を向けた。
くそっ、見つかっちまったか……。
「そこのルミリュマ人! 手を上げてその場にひざまずけ!」
地球軍の隊長らしき男がこちらに向かって叫ぶ。
ん? あいつらの言葉が理解できるぞ。
「俺らの言語を習得してやがんのか……」
不思議な感覚だった。地球人がルミリュマ星の言語を話している。しかも、ダロック周辺の都市エルスガルドの言葉だ。
たどたどしさはあるものの、かなり流暢に話している。
一体どこで誰に教わった?
「おい! 聞こえないか! 手を上げてひざまずけ!」
両手を上げるのは地球人特有の降参のポーズだ。
俺がそんな情けねえことするかよ。
「撃ちたいなら撃てばいい! 俺の狙撃とどちらが速いかは言うまでもねえ!」
俺は指先を立て、大声を張り上げる地球軍の隊長に狙いを定めた。
「おい! 動くなルミリュマ人!」
「地球軍の隊長さんよ、俺はルミリュマ人って呼ばれるのが嫌いなんだ。俺にも名前ってのがあんだよ」
いつでも狙撃できるよう指先に魔力を集め、集中する。
地球軍の隊長が片手を上げ、何か叫んだ。
すると銃を構えていた兵士が一斉に大きな盾を取り出した。
「なるほどな……」
俺の様子を見て、攻撃から防御態勢に転じたってわけだ。
よく見ると、前方の兵士たちは盾で身を守っているが、後方にいる兵士たちは先ほどと同様銃を構えている。
俺から身を守りつつ、後方からは攻撃を仕掛けてくるつもりだ。
地球軍が持っている銃は、弾倉の大きさから察するに連射式の銃だろう。
中身はおそらく、あの魔力を中和する弾だ。
まさかサムルはあの銃で──。
「くそっ……」
今すぐ狙撃魔技を放ったって構わねえ。ただ、すぐ近くにサムルがいるかもしれないって考えると──むやみには撃てねえ。
奴らもそのことを分かっているんだろう。レオは死んだと断言していたが、人質として生かされている可能性も十分にある。
「どこだ……サムル……」
商店街の中にいる民間の地球人の声が聞こえてくる。
作戦通りにいっていれば、今頃レオとサムルが商店街内の地球人たちを攻撃し始めている頃だった。
1万5000人の討伐──そんな目的を捨てた今、俺の目的はただひとつ。
サムルを連れて帰ることだ。
独特な街の匂いが生温い夜風に乗って漂ってくる。
風の吹く方向に目をやったとき、あるものを見つけた。
「あれは──」
地球軍の隊列の端で、不審な動きをする兵士がいる。
全員が俺を見上げて一点集中しているのにも関わらず、リヤカーのようなものを引いて隊列から外れようとしているのだ。
「──間違いねえ。サムルだ」
遠くてよく見えないが、あのリヤカーには布が被せられている。サムルの身体をあれに乗せて持ち帰るつもりなんだろう。
「させねえ!!! アンヴァス!!!」
俺の狙撃とほぼ同時に、地球軍隊長の合図で一斉に銃が撃ち放たれた。
ドォォォォン!!!!
ダダダダダダ……
ダダダダダダ……
「くそっ! あっぶねえ!」
俺の狙撃は隊長の周辺を直撃し、盾を構えていた兵士は弾け飛んだ。
さすが民間人とは違って、俺の狙撃を食らった兵士以外は逃亡することなく一切隊列を崩さない。
「サムル! サムル!」
リヤカーの元へ行くため、建物の壁を蹴り上げながら移動する。
しかし飛んでくる無数の銃弾を避けるのに精一杯で次の狙撃を放てない。既に銃弾は身体にいくつもかすめている。
雨のように隙間なく降り注ぐ銃弾に、目を開けることすらままならない。
おいこの量の銃弾は反則だろ……こんな連射されたら思うように動けねえよ。
「誰か……ナイリスがいてくれりゃあな……」
銃弾がかすった場所からじゅくじゅくと魔力が消えていく。
もしこのまま急所を撃ち抜かれたら?
この不安が想像ではなくなる未来がすぐそこまで迫っているようだった。
弾を避けることに必死な俺を嘲笑うように、リヤカーはどんどん遠ざかっていく。
このままじゃ追いつけねえ……!
「待てっ……!」
隣の建物へ移動しようと壁を蹴ったときだった。
「ああっ!」
兵士の放った銃弾が俺の胸を貫通した。
痛みはない。
ただ全ての力が空中に流れ出ていくような感覚──。
「アンヴァス……っ」
最後に一発だけでも──そう思って声を振り絞ったが、指先からは何も出なかった。
配管を掴んでいた手から力が抜けた。
身体が容赦なく地面に落ちていく。
──ああ、俺、死ぬのか。
敵に撃たれて死ぬのは兵士らしいか?
俺の功績は語り継がれるのか?
俺は──副団長に悲しんでもらえるか?
ドサッ。
「うっ」
背中を地面に叩きつけられた衝撃で、喉の奥から声が漏れる。
地球軍の兵士たちが俺に向かって銃を突きつけた。
脇から伸びるビル。その奥に広がる黒い空。散らばる白い星。
あの中にルミリュマ星があるってのか。
意識が遠のいていく中、他人事のようにぼんやりと夜空を眺めた。
「ルミリュマ人」
割って入ってきたのは、先ほどルミリュマの言葉を話していた地球軍の隊長だった。
死にかけの俺を見下ろし、彼は低い声で言った。
「お前の名前は何だ」
「……ロ……キー……だ」
全身を強く打ったせいか、奥に何か詰まっているように呼吸がうまくできない。
「ロッキーか。ロッキー、俺はお前を許さない」
隊長は俺の胸に銃口を押し当てた。
「先ほど商店街で民間人をむやみやたらと狙撃し殺したな。あの中に私の家族がいた」
家族……。
かぞくってなんだっけ……。
「俺は許さない。ルミリュマ人も、お前のことも、何もかも許さない。せめてお前は、ここで死ね」
隊長が引き金を引いた。
──死ぬ。
ぎゅっと目を瞑ったときだった。
ドォォォォォォォン!!!!!
一瞬にして隊長が吹き飛んでいった。周りにいた兵士も、突如視界から消えた。
遅れて礫や小石がパラパラと顔に降ってくる。
「何だ……?」
ドン!! ドォォォォォォォン!!!!!
さっきよりも大きい音。
振動が背中に伝わってくる。
首を傾けると、地球軍の兵士たちが折り重なるように地面に倒れ込んでいた。
間違いない。これは狙撃魔技だ。
「あれは……」
宙を高く高速で飛び回る影を見つけた。
ドォォォォン!!!
ドォォォォン!!!!!
爆音が連続で鳴り響く。
「ナイ……リスか……?」
いや、違う。
ナイリスじゃない。
じゃあ誰だ。
あんな速度で飛べる奴なんて──。
俺は目を凝らした。
黒い夜空を切り裂くように、ひとつの影がこちらへ迫ってくる。
見間違えるはずがない。
あの姿を、俺が見間違えるはずがない。
「……副団長……!」




