13『あの銃』
ゴロゴロゴロッ!
「っ……てぇ……」
星路から放り出された俺は、激しく転がって壁にぶち当たった。ザラザラとした床の感覚が頬に伝わってくる。
「あんたの着地は最後まで下手だったわね」
嫌味を吐くナイリスをよそに、俺は膝についた砂を払いつつ立ち上がった。
ここはビルの屋上のようだ。
煌びやかな街並み。威勢のいい声。どこからともなく流れてくる音楽。独特な匂い。
かなり大きめの都市のようだ。夜だというのにこの賑やかさ。
ここがオオサカという街か。
「すごい地球人の量……」
川に架かる橋の上には、蠢く大量の虫のように地球人たちが群がっていた。
今からこの大群を一掃するのかと思うと興奮してくるぜ。
「──よし。お前ら、オスパーさんの作戦は覚えているな。絶対に今回の任務を成功させる。いいな!」
「レッカレ!」
地球へ来る前とは打って変わった威勢の良い返答。この様子じゃ最高のパフォーマンスを見せてくれるだろう。
「ロッキー班長! 僕たちに任せてください!」
「必ず成功させます!」
レオとサムルはニッカリと笑い、遠くへ飛び立って行った。
「ロッキー、今までありがとね。──これからもよろしく」
ナイリスは俺の背中をバシッと叩き、橋の方へ飛んで行った。
今回の任務。
ここにいる地球人15000人を殺す──。
確かに無謀ではあるが、ここまで地球人が密集していれば特別困難ではないように思えた。
今までの任務でここまで密集した地球人を見たのは初めてかもしれない。
俺の最後の任務だ。
絶対に成功させたい。
身体の奥からむず痒いほどの高揚感が湧き上がる。今すぐ攻撃したい。このアホ面の地球人どもを──。
ドォォン!!!!
「よし! さすがナイリスだ」
ナイリスの役目は逃げ道の封鎖。
この川にかかる橋周辺にいる地球人が逃げられないよう、近くにある大通りとそこに繋がる道すべてを攻撃して塞ぐ。
ドォォン!!!!!
今、2箇所目を封鎖した。合図がきたら俺の番だ。
見下ろすと、地球人たちの動きが明らかに変わった。
音と光に驚き、ナイリスが攻撃した場所の逆方向へ人波が流れ始めている。
地球人たちの悲鳴が耳に届く。
安心しろ。お前たちにはもう何もできることはねえ。
遠くからサイレンが鳴り響く。
地球軍が来るのも時間の問題だ。
ドォォン!!!!
3回目の攻撃音。ナイリスは移動速度が速い分、攻撃と攻撃の間にも無駄がない。
俺もうかうかしてられねえ。
ナイリスがいるであろう場所を目で追い、合図を待った。
「ぜってえ……やってやる」
建物と建物の間から、空に向かってまばゆい光が伸びた。
合図だ。
「──よっしゃあっ!」
俺は屋上のフェンスを飛び越え、建物の壁を蹴って宙に飛び出した。
俺は飛べねえ。
でも、跳べる!!!
「アンヴァス!!!!」
喉の奥が熱くうなるほどの声を発する。腕がちぎれて飛んでっちまうほど腕を伸ばす。針のように尖らせた指先から出した光線は、美しいほどまっすぐに走ってゆく。
ドォォォォン!!!
攻撃は橋に命中し、川の水しぶきが宙にいる俺の元まで飛んできた。
耳をつんざくような悲鳴。
崩れゆく橋を中心に、大量の地球人がばらけ散って逃げてゆく。
「くーっ! 今の魔技は格別だったぜ!」
バシャーン!
川の中に落ちた俺は、両手を上げて天を仰いだ。
今の一撃で討伐した地球人たちが川を流れていく。
弱い者はこうなる。弱い者が強い者に無謀な戦いを挑むからこうなるんだよ。
「ロッキー! 酔いしれてる場合じゃない! 行くよ!」
空からナイリスが叫んできた。
まったく、少しくらい余韻に浸らせろよ。
今ので何人討伐した? 100人はやったか? ナイリスの封鎖でもう少しいってるはずだ。
「おいナイリス! こりゃ15000人は夢じゃねえぞ」
俺は自在に飛ぶナイリスの腕をつかみ、便乗して飛ばせてもらうことにした。
「びしょびしょじゃない! 気持ち悪い」
逃げ惑う地球人を見下ろしながら、橋の近くにある商店街に入る。ご丁寧に屋根がついていて、あまり高いところから攻撃できない場所だ。しかもこの商店街はかなり遠くまで続いている。
「くっそ、やりにくい場所だな……道も狭いぜ」
「でもこれがオスパーさんの作戦よ。きっと上手くいくわ」
そうだ。
今回の任務は、オスパーさんの作戦を忠実に遂行しなければならない。
初めて降り立つ地でここまでスムーズに攻撃ができているのも、すべて偵察兵のオスパーさんのおかげだ。
──アーケード商店街に地下シェルターへの入り口が数箇所ある。
昼の食堂でオスパーさんはそう言った。
──橋を潰せば、地球人はみんな地下シェルターへ向かっていくはずだ。そこで全員を一気に仕留めるんだ。
地球人とは小賢しいもので、俺たちの攻撃を避けるために地下に籠り場なんかを作ってるらしい。
「まあそんなところに入られる前に全員殺してやるけどな……」
オスパーさんの言う通り、地球人たちは商店街の中を同じ方向へ向かって必死に走っていく。
地下シェルターへの入り口を目指しているのだろう。
まだ攻撃はしない。
地下シェルターの入り口の前で、地球人がもっと団子になって密集するはずだ。そこを狙う。
地球人の何人かは俺たちを見上げて指差し、哀れな表情で何かを叫んでいる。
「おいナイリス、なんて言ってんだあいつらは」
「あのねえロッキー、そろそろ翻訳魔技くらい使えるようになりなさいよ」
腕に掴まってくる俺が鬱陶しいのだろう、ナイリスはイラついた様子で俺を見下ろした。
それにしても、この距離を一切ぶれずに飛び続けられるとはまったく大した女だ。
「俺ぁ地球人なんかの言語は理解したくねえんだ。早く教えろよ!」
「全くもう……」
ナイリスは軽く目を閉じた。
地球の言語にも種類があるらしいが、こいつはほぼ全ての言語を魔技で翻訳できる。
「銃……『銃を持っている人はいないか』──『あいつらを撃て』──って言ってるわ」
それを聞いて俺はふんと鼻を鳴らした。
「けっ、まーた銃だ。地球人ってのは銃に頼りっきりの──」
言いかけて、ハッとする。
少女に銃口を向けられたあのときの記憶が、突然鮮明に思い出された。
銃?
「どうしたのロッキー?」
「ナイリス……その銃ってのは、普通の銃のことか?」
「え? 民間人の地球人が持ってる銃なんて大体同じでしょ」
ナイリスが眉をひそめる。
「そうじゃなくて……ほら、地球人が何か他に言ってたりしねえか」
「銃を持ってこいって言ってるけど──あ、ちょっと聞き取りづらくて省いた部分のこと? 中和銃……『中和銃を持って来い』って言ってる」
俺は目を見開いた。
前回の任務を思い出す。
あの小さな民家で、少女が震えながら撃ってきたあの銃──あれは確かに魔力を「消す」効果のある銃だった。
この地球人が言う「中和銃」があの銃のことを差すのであれば、俺があのとき魔力を「中和された」感覚とぴったり合致する。
であるとしたら──。
「ナイリス!! 一旦この商店街を出るぞ!」
俺はナイリスの腕をぐいっと引き、無理やり経路を変えた。
「はあ!? ちょっとロッキー! 作戦を勝手に変更するのは規律違反よ!」
ナイリスの慌てる声にも応じず、ひたすらにこの商店街の出口を目指す。
「くそっ、出口まで長えな……どっか出られるとこは……」
見渡すと、すぐ先にアーケードの切れ目を見つけた。
「ナイリス! あそこだ! 一旦屋根の上へ逃げるぞ」
ナイリスに言い放ったその瞬間だった。
「──きゃあっ!」
ナイリスが悲鳴を上げ、身体を丸める。
「ナイリス!」
下が騒がしい。見下ろして気付いた。
地球人のひとりがこちらに向かって「あの銃」を向けていたのだ。形も大きさも、あの少女のものと全く同じだ。
くそっ! 遅かったか!
銃の威力でナイリスの魔力が弱まっていく。
俺たちはゆっくりと地面に近づいていた。
「ナイリス! 大丈夫か!」
「なにあの銃……痛くないのに力が入らないの……」
ナイリスは左肩を押さえている。
致命傷ではないとはいえ、この様子じゃ再び飛行することは難しいだろう。
地球人はまた俺たちに向かって銃を放とうとしている。
だめだ、このままじゃやられる!
「ナイリス! 俺に捕まれ!」
俺は地球人で埋め尽くされた下方に向かって指先をピンと立てた。
「アンヴァス!!」
地面に放った技の衝撃で、俺とナイリスの身体が突き上げられる。
銃を持っていた奴を含め、その場にいた地球人は弾け飛んでいった。
大勢の叫び声がこだまする。
地球人たちが狂ったように走り出す。
どうせ奴らは殺される運命だったんだ、ここで殺したっていいだろ!
「ロッキー……!」
「俺に任せろ!」
狙撃魔技の衝撃で宙に浮ける時間はそう長くない。
じきにまた落ちていく。
そのとき、また別の地球人が銃を向けてきた。
「くそっ! アンヴァス!」
俺の狙撃と同時にこちらに放たれた弾が俺の耳をかすめる。
かすめたあたりからじわじわと魔力が消えていく感覚。あのときと同じだ。
「あーっ! 全くなんなんだよあの武器!」
頂点まで浮いたのち、また身体が落ちていく。また狙撃魔技を放つ。身体が浮く。地球人が死ぬ。地球人が逃げ惑う。また落ちる。狙撃魔技を放つ。浮く。死ぬ。逃げる──。
弾を避けつつそれを繰り返し、なんとかアーケードの切れ目から商店街を抜け出した。
「はぁ……はぁ……あんな連続で魔技使ったの久しぶりだぜ……」
商店街の屋根の上にナイリスを寝かせ、俺もその横で一息ついた。
未だ屋根の下からは地球人たちの足音と混乱の叫び声が鳴り響いている。
「あの銃」を持っている地球人は他にも何人かは居るだろう。あのまま、屋根という制限のある商店街を飛行し続けるのは危険だ。
ドォォン……
ドォォン……
向こうのほうで激しい音が響いた。
「レオとサムルが商店街の出口側を封鎖してる。作戦はうまくいっているようだが……」
「ねえロッキー……あの銃は一体なんなの? 肩が痺れて……思うように魔力を引き出せない」
「仕組みは俺にも分からねえが、恐らく魔力を無効化する銃だ。俺も前回の村の任務で、幼いガキに撃たれた」
俺の言葉に小さな悲鳴を上げたナイリスは、身体を起こそうとして左肩を押さえた。
「痛っ……」
「お、おいナイリス無理すんな。今は安静に」
「安静にしてられないわよ! あなたそんな重要なこと、どうして黙ってたの! 地球人、しかも民間人が新しい武器を使っているのよ! そんなのすぐにダロックに報告して対策を練らないといけないことよ」
ナイリスが怒るのも無理はなかった。
うつむく。
「すまねえ……その……頭からすっかり抜けてたんだ」
ルルナのことで頭がいっぱいだった俺は、あの任務でのことなんて完全に忘れてしまっていた。
確かにナイリスの言う通りだ……。
制服の内側に入れて持ち帰っていた銃の感触が、折り曲げた膝に微かに伝わる。
さすがにここで取り出すことはできなかった。
「……言い訳はあとでたっぷり聞かせてもらう。今はこの状況をどう打破するかよ。班長のあなたが決めて」
怒りを抑え、震える声。
俺は頷き、勢いよく立ち上がった。
「そうだな……銃を持っていた地球人を見る限り、そこまで慣れた様子ではなかった。ナイリスと俺を撃ってもかすった程度だ。動いている物体を正確に撃ち抜く技術は、民間人にはねえんだろう」
耳を澄ます。
遠くで鳴るサイレンが少しずつ近付いてきている。
「ただ──戦闘に慣れた兵士があの銃を扱うんじゃあ話が変わってくる」
「地球軍……そろそろ来るんじゃないかしら……」
頷く。
時間の問題だ。
「いいか、ナイリスは回復するまでここにいろ。衛生兵を呼んでおく。回復したら、地下シェルターの入り口まで、できるだけ動き回りながら飛んでこい。絶対に撃たれるな」
「レッカレ! ロッキーは早く行って、レオとサムルにも伝えて」
「分かった。じゃあ俺は先に行ってくる」
そう言って屋根の上を走り出そうとしたそのときだった。
「班長──ッ!!!」
レオが猛スピードで飛んで来るのが見えた。
目を見開き、何かに強烈に怯えているような表情──全身にヒヤリとした嫌な感覚が駆け巡った。




