12『目的』
地球への道「星路」は、ダロックの敷地内にある小さな森の中にのみ開かれる。
団員は出撃任務のとき以外、森に近づくことすら固く禁じられている。
俺たちロッキー班は、その森──今夜の戦地への入口に向かっていた。
俺の隣を歩くナイリスも、少し離れて後ろを歩くレオとサムルも、どこか浮かない表情だ。
雪を踏み締めるザクッザクッという音だけが無秩序に響く。
「……おいお前ら、俺の最後の任務だぜ! もっと明るく元気に行こうぜ!」
どんよりとした空気に痺れを切らした俺は、振り返って班員を鼓舞する。
しかし誰も乗ってこなかった。
「ねえロッキー……やっぱり無謀だと思わない?」
ナイリスが口を開いた。
俺だけに聞こえる声の大きさだ。
「オスパーさんの作戦を聞いても、私には上手くいく想像ができない」
「……ああ」
俺を含め、ここにいる4人全員が同じ思いだろう。
一晩で15000人の地球人を殺す──それも、たった一班で。
無謀だと思わない方がおかしいくらいだ。
「私たちが入団してからの5年間、地球の出撃任務で命を落とすダロック兵は年々減っていってるけど──オスパーさんが事前に偵察した任務では、必ず生きて帰ってこない兵士が出てるよね」
ナイリスは視線を落としたまま静かに言った。
「……お前も気付いてたのか」
ナイリスがこくりと頷く。小さな雪の粉が乗ったまつ毛がはらりと揺れた。
やっぱりこいつは察しがいい。入団した当初から同期の中じゃ群を抜いて頭がよかったし、すぐに突っ走る俺と違っていつも周りを見て冷静に行動していた。
間違いなくナイリスは俺の唯一無二の右腕だった。今まで見てきたどの兵士よりも、こいつは優秀だって言える。
ただ──。
「私は今日、そのうちの一人になるかもしれない」
ただ、たまに出るこのネガティブ思考が玉にきずだ。
頭がいいぶん余計なことまで頭によぎるのだろう。
「あのなあナイリス……」
「いつものネガティブ思考だって言うの? この状況でどうポジティブになれって言うのよ!」
「お、おいでかい声出すなよ……レオとサムルに聞こえちゃまずい」
俺は歩みを進めながら、今にも泣きそうなナイリスに少しずつ近付いた。
入団当初と比べて、ずいぶん身長差ができたもんだ。
「ナイリス、オスパーさんが偵察に行く任務は、例外なく規模がでかい。だから、その度に殉職者が出てもおかしくはねえんだよ」
「そんなの分かってる。だけど、こんな大きい規模の任務に私たちだけで挑むなんて──弱気にもなるわよ……」
ナイリスの声が消え入るように小さくなっていった。
気持ちは痛いほど分かる。
俺だって班員のみんなを無事に帰らせられるか、内心不安ではある。
いつもはつらつとして、班長である俺にも平気で歯向かってくるこいつがここまで弱音を吐くのも仕方がない状況だ。
分かる。理解できる。
でも……。
「ナイリス」
次の言葉が見つからないまま、俺は名前を呼んだ。
ナイリスがゆっくりとこちらに顔を向ける。
視界の端で彼女の目に光るものを見つけて、俺は勢いに任せて口を開いた。
「目的を……見失うな」
口から出まかせで出たその言葉は、副団長からの受け売りだった。
「目的……?」
「俺の目的は地球人を全滅させることだ。ここで兵士やってんのも、班長としてお前らを引っ張ってきたのも、今回の任務に向かっているのも。全部その目的のためだ。……お前は? お前の目的は何だ」
ナイリスは少し考え込むような仕草をしたあと、まっすぐな瞳で俺を見た。
「私は……研究者になって寝たきりのお母さんを助けたい。地球人が持ち込んだ病気で、今も苦しんでいるから」
その口調からは強い意志を感じた。
彼女の母親の話は何度か聞いたことがあった。
この街──エルスガルド出身のナイリスとその家族は、12年前の地球人による侵攻の被害をまともに受けている。
「……そうか」
寄宿棟が立ち並ぶ道を抜け、一気に視界が開けた。
その先に、白く染まり切った森が見えてくる。
「今回のこの任務を成功させることが、お前のその目的に直結することは確かだろ」
「そうね……こんな大きい任務を成功させられたら、ロッキーはもちろん私だって評価はかなり高くなるはず。そうすれば、私の希望通り研究職に回してもらえる可能性も出てくる」
俺は大きく頷いた。
ナイリスの表情が少しずつ明るくなってきていることが嬉しかった。
副団長もこんな風に俺のことを見ていたのだろうか。
「俺は応援してる。お前は頭がいいし、魔技の使い方だって丁寧で繊細だし、研究職向きだよ」
ナイリスはふっと笑い、いたずらっぽく笑った。
「まさか脳筋のロッキーに言いくるめられる日がくるなんてね」
「おい!」
誰が脳筋だ!
腕を上げてそう言いかけたとき、辺りがすっと薄暗くなった。
「──森に着いたな」
森の入口には強力な結界が張られており、門衛がふたり立っている。
鍛えられた身体に、眉ひとつ動かさない冷徹な表情。
ここに立っている奴らとはダロックの食堂や訓練場で出会ったことがない。おそらくダロック団員ではなく政府に直接雇われている城兵だろう。
鉄壁の警備体制だ。
「並べ!」
遅れてたどり着いたレオとサムル含め、ロッキー班が横一列に並ぶ。
「ダロック出撃陣、ロッキー班班長のロッキー・タンだ。本日地球ニッポンオオサカへの任務でここへ参った。道を開けてくれ」
俺が言い終えると、門衛は表情を変えずに結界を解いた。
まるで人形のようだ。
薄暗い森に足を踏み入れると、さらにひんやりとした空気が身を包んだ。
天に向かってまっすぐに伸びる針葉樹が俺たちを見下ろして嘲笑っているように見える。
こういう森にこそ夜灯花を咲かせて、戦地に向かう兵士たちを鼓舞したいものだと前から思っている。
「ねえロッキー。ひとつだけ、前から気になってたことがある」
また俺にしか聞こえない声でナイリスが言った。
「何だよ」
「ロッキーは5年前、14歳のときに故郷の悪魔村からエルスガルドに出て来たのよね」
何だ? 俺の昔話なんかする状況か?
怪訝に思いながらも、俺は頷いた。
「それで、城下町で商売をしていたところをルヴィ副団長に拾われてダロックに入団した──そうよね?」
頷く。
「……そうよね」
「何が言いたい」
話を始めておいて煮え切らないナイリスの態度に、俺は内心イラついていた。
「……ロッキーが地球人を殺したいって思う理由が、分からないのよ」
俺は目を見開いた。
木々が風に吹かれ、共鳴するようにざわめく。
「どういうことだ」
「あなた、地球人がエルスガルドに侵攻してきたときはまだ悪魔村にいたでしょ」
ナイリスは俺と目を合わせず、息もつかずに話し続ける。
「そしてあなたがエルスガルドに来た5年前、地球軍は既に撤退して、攻撃も無くなってた」
「おい、だから……何が言いてえんだ」
レオとサムルに勘付かれないようにすることすら忘れ、俺は強い口調で言った。
ナイリスは、何か俺にとって不都合なことを言いそうな気がした。
「ロッキー、あなたは地球人の脅威を目の当たりにしてない。あなた自身も、あなたの家族も友人も、誰も地球人に殺されてない。なのにどうしてそんなに地球人を憎めるの?」
「おいナイリス……」
「あなたって誰よりも地球人を殺すことに強い目的意識を持ってるけど、それをして一体どうしたいの? その目的の先にある目的は一体何なの?」
足を止めた。
沸き起こった感情は、怒りではなかった。
「あいてっ」
後ろから歩いてきていたサムルが俺にぶつかって声を上げた。
「ロッキー班長?」
「星路はもう少し先ですが……」
レオとサムルの声すら耳には入らない。
風にざわめく森の木々のように、俺の気持ちは整理のつかないやるせなさに揺れていた。
「ロッキー……?」
「ナイリス、すまねえ」
謝罪が正しいのかは分からないが、俺にはそんなことしか言えなかった。
「お前は……そんなことを本人に聞くような奴じゃねえだろ」
俺が地球人からの直接の脅威を味わったことがないことも、それを味わった経験のある兵士に対し多少なりとも負い目を感じていることも、頭のいいナイリスなら分かっているはすだ。
そして、俺が地球人を憎むその最大の理由も、ナイリスなら薄々感じているはすだ。
それをわざわざ俺に聞くなんて、それは──。
「お前、この任務で死ぬつもりなんだろ」
ナイリスがはっと顔を上げた。
目が泳いでいるのが薄暗い中でもはっきりとわかる。
「お前がそんなデリカシーのない質問をしてくるなんぞ、『私はこれから死ぬから最後にモヤモヤしてたこと全部聞いてやれ』ってことだろ。そうとしか思えねえよ」
ことの顛末を知らないレオとサムルは、驚いた様子で俺たちを眺めていた。
「違う……私はただ……ロッキーとふたりで話せることなんて最近あまりないから。別に言いたくなかったら言わなくていいのよ」
俺は首を横に振った。
「違う。お前はそんな奴じゃねえ。俺のつまらないプライドを守るためなら、墓場まで口をつぐんでくれる奴だ」
「ロッキー」
「……副団長だよ」
言葉にした瞬間、全身が燃えたぎるように熱くなった。
拳にぎゅっと力を入れる。
「副団長が地球人に攻撃されたときの話をよく聞いた。それで……副団長を苦しめた地球人を憎むようになったんだよ」
しんと静まり返る。
全員が俯く俺を見つめているのが分かった。
……何か言えよ! 俺今すげえ恥ずかしいこと言ったんだから!
「……あははっ」
ナイリスが高い声で笑った。
続けてレオとサムルも笑い始める。
「あははははっ。ロッキーかーわいい! ほんとにルヴィ副団長のこと好きねえ」
「ロッキー班長、そこまで副団長のことを慕っているとは」
「素敵な師弟関係ですね」
女と少年ふたりの無邪気な笑い声が森に響き、木々の隙間から光が細く差し込んできた。
「くそっ……お前ら馬鹿にしやがって……」
俺はその場に崩れ落ちそうなほど恥ずかしかったが、それを振り払うように両手を大きく上げて歩き始めた。
「あーっ! 俺が恥を恐れず部下たちに本当のことを言ったんだ。その代わりお前らは任務に全力を注げ! 葬式みてえな顔すんじゃねえ!」
「レッカレ!」
笑い転げていた3人が、満面の笑みで声をそろえた。
木から落ちてきた雪の粉が木漏れ日で光り、キラキラと宙を舞う。
ああ、俺は今日限りでこいつらと一緒に戦うことができなくなるんだな。
ふと寂しさが込み上げてきた。
「ロッキー、ごめんなさい。私弱気になってあんなこと」
小走りで俺に追いついたナイリスが肩をすくめて言った。
「構わねえよ」
「それにしてもさすがロッキーね。5年来の戦友なだけあるわ。私のこと完璧に理解してる」
ナイリスはどこか嬉しそうだった。
「当たり前だろうが」
ナイリスはニコニコと希望いっぱいの表情で前を向いている。
入団当初、絶望的で怒りに満ちていたあの頃の彼女からは想像もつかない。
「ナイリス──お前、この任務が終わったらオスパーさんに想いを伝えろ」
すごい勢いで振り向くナイリス。
後ろからレオとサムルの吹き出す声。
みるみる赤くなっていく顔。
「はっ、はあ!?」
俺も思わず吹き出した。
そうか、恋する乙女ってこういうことなんだな。
「そんで契りを交わせ。俺、お前とオスパーさんはお似合いだと思うぜ。なあ?」
振り返ると、満面の笑みを浮かべたレオとサムルが大きく頷いていた。
「ちょ、ちょっと! 私がいつそんなこと──」
「見ていたら分かります、ナイリスさん!」
「顔真っ赤ですよ!」
「も、もうーっ!」
森に明るい笑い声が響き渡る。
俺の大切な仲間たち。
これが、俺たちが4人で笑った最後だった。




