11『偵察兵』
「ふぅっ……あぁ〜あっ!」
無駄にでかい声を上げて、俺はベッドからすくっと立ち上がった。
久しぶりにこんなに深く眠った気がする。
「腹減ったあ」
身体を伸ばすと、あらゆるところからポキポキと音がした。体内の魔力が弾けている音か?
ルルナを一旦副団長に預けたのが今朝の明け方。
今晩、最後の出撃任務へ出向く。
俺にとっちゃ大きな大きな節目だ。
その前にたくさん眠り、たくさん食っとかねえと。
──カーン、カーン、カーン……。
ちょうど鐘が鳴った。
昼飯の時間だ。
香ばしい匂いに引き寄せられるように、俺は食堂へ滑り込んだ。
白い制服を着た団員たちがわらわらと食堂内を移動して、楽しそうに談笑している。
「久しぶりのちゃんとした飯だあ」
フラフラと列に並び、炊事係の補助団員たちから飯を受け取る。スープから立つ湯気が、すでに美味い。
俺と同い年かもう少し若い団員たちが賑やかに飯を食っているのを見て、ほっとしている自分がいた。
帰ってきたって感じだ。
ここ最近は、身分不相応なほどに副団長と時間を共にしていた。しかも新参のガキまで相手にして──非日常が続いていた。
でも本来の俺の居場所はここだった。
組織のことなんか何にも考えていなくて、ただ今日の飯が美味かったら、今日の任務が成功すれば、それでいいだけの連中。
安心するぜ。
「ほーんと、ロッキー班長様は規律に対する意識が甘いんだから」
背後から聞き慣れた声が飛んできた。
「ナイリス……」
手に飯を持ったナイリスが、ツンとした表情で立っていた。その後ろには、気まずそうな顔をしたレオとサムルもいる。
「あれから一度も、訓練にも食堂にも顔を出さないんだもん。全く何事かと思ったわよ」
飛行魔技の訓練場でのことが頭の中に蘇る。
そうか、あれ以来ナイリスたちと顔を合わせていなかった。
「お前たち……その、昨日は……」
言葉に詰まる俺を軽く睨むと、ナイリスは肩で俺の身体を小突いた。
「さっき、私たちのところにルヴィ副団長が来た」
氷を刺されたように、一瞬にして全身がスッと冷たくなった。
「副団長……?」
「ほら、席に座ってから話すわよ」
飯を落としそうになった俺を見兼ね、ナイリスは俺を席へ促した。
副団長の名前を不意に出されると、つい身構えてしまう。
俺は何も悪いことはしていない──はずだが。
俺たちの指定席に着くと、ナイリスが話し始めた。
「さっきね、私の部屋で、3人で話し合ってたの。ロッキーがここ最近突然様子がおかしくなったって」
「班長がこのまま辞めちゃうんじゃないかって、僕たち心配してたんですよ」
レオが続く。
涙目になり、すがるように俺のことを見つめていた。
確かに、俺は俺のことで精一杯で、全く班員たちのことを考えていなかった。訓練も出ていなかったし、ルルナを連れ帰ってきてからは、こいつらとゆっくり話す機会なんて一度もなかった。
「すまねえ……」
3人は顔を合わせる。
「でね、これからどうしようって言ってたら、副団長が来たの。それで──」
ナイリスの言葉が途切れる。
レオとサムルもうつむいてしまった。
「……聞いたんだな」
隠し事がバレたときのような、諦めと焦りが混在する複雑な感情に陥った。
── お前の班の者たちには、俺から直接きちんと話をしておく。
副団長の言葉を思い出す。
こんなに早くに伝えてくれていたとは、仕事が早い男だ。副団長だって寝てないだろうに……。
「妹……なんだね」
ん? 妹?
ナイリスの言葉に、心の声がぴたりと止まった。
「妹? 何がだ?」
俺以外の3人が顔を見合わせ、うんうんと頷き合った。
「ロッキー班長、隠さなくていいんですよ」
「そうですよ、もう僕たちルヴィ副団長から聞いたんですから」
「は? レオとサムルまで、何の話だ」
話が見えない俺に対し、3人は腹が立つほど落ち着いた様子で優しく微笑んでいる。
「だから──奴隷市場から見つけ出した女の子。ロッキーの生き別れの妹さんだったんでしょ」
はあ?
ナイリスの言っている意味が全く分からねえ。
副団長は一体何をこいつらに……。
「妹さんの名前、リーリーだっけ? ラーラノだっけ?」
「確かルルナです、ナイリスさん」
サムルがすかさず突っ込みを入れる。
ルルナの名前まで伝わっているのか……。
「その妹さんをダロックで育てるために、出撃兵を引退するんですよね」
「僕たちとしては悲しいですが……班長の大切なご家族を守るためですもんね」
妙な同情を感じる。
まさか……副団長の図らいか?
こいつらの態度を見るに、俺が出撃兵を引退してロッキー班が解体されることには納得しているようだ。
確かに、本当のこと──見ず知らずの奴隷の少女を連れて来て兵士に育てるということを伝えても、こいつらがすぐに受け入れるとは思えない。
とはいえ、ルルナが俺の妹だなんてストーリーはさすがにタチが悪すぎるだろ!
ここは早いところ誤解を解かねえと。
「いや、ルルナは俺の妹なんかじゃ──」
そのときだった。
「ロッキーくんたち、久しぶりだね」
振り向くと、穏やかに目を細めた男──偵察兵のオスパーさんが立っていた。
「オスパーさん!」
「やあ」
オスパーさんのにこやかな表情を見ると、こちらまで自然と笑みがこぼれる。
「オスパーさん! お久しぶりです!」
「お会いできて嬉しいです!」
ナイリスたちも嬉しそうにオスパーさんを囲む。
モヤモヤは残るが、ルルナのことは一旦置いておくか。
そう思えるくらい、このオスパーさんの存在は俺たちにとって大きいものだった。
「今晩の君たちの出撃任務、少し規模が大きいからね。僕が偵察してきたんだ」
オスパーさんは、戦地となる出撃場所や地球軍の偵察を行い、俺たち出撃兵に情報や作戦の提案を渡す役回りだ。
にこやかな表情と穏やかな見た目からは想像もつかないが、かつては副団長と肩を並べるほどの凄腕兵士だったらしい。
「私たちの任務のために! 嬉しいです!」
ナイリスが頬を赤らめている。
おそらくオスパーさんに惚れているナイリスは、久々に再会できたことが嬉しくてたまらないんだろう。頬を赤らめ、やたらと幸せそうに笑っていやがる。
「まあまあ、ご飯でも食べながら話そうか」
オスパーさんはナイリスの頭を撫で、俺たちを席に着かせた。
オスパーさんに会えたことは嬉しい。
ただ、少しだけ身体が強張ってしまった。
この人が偵察した場所での任務は、必ず仲間が死ぬ。
「今晩の任務は、地球のニッポンという国だ。その中にあるオオサカという大都市の真ん中を攻める」
オスパーさんは、真剣な表情で手書きの地図を指差した。
ニッポン……一度何かの任務で行ったことがあるな。
「この辺りは建物や地球人がかなり密集している。それから、民家はほとんど無い。不特定多数の地球人を一気に殺すのに好都合な場所なんだ」
オスパーさんの頬が緩み、笑みがこぼれている。
「しかも、今回の任務はロッキー班単独だ」
楽しさを抑えきれない口調で、彼は早口にそう言う。
ロッキー班単独……大都市……オスパーさんの嬉しそうな顔……。嫌な予感だ。
「……今回の任務の推定殺傷人数は?」
恐る恐る俺が聞くと、オスパーさんは大きく頷いた。
「鋭い質問だ。推定殺傷人数は──」
息を止める。
「15000人だ」
「いちまんごせんに……っ! はぁ!?」
オスパーさんの前だということも忘れて、俺は大声を張り上げた。
ただ、班員の誰も俺を制すことはしなかった。
ナイリスたちも目を丸くして、今にも卒倒しそうなほど動揺している。
「オスパーさん、さすがに一班がやれる人数じゃないです!」
「僕たちがこれまでで最多の殺傷数を果たした任務でさえ、5000人規模ですよ!」
「15000人なんて……到底無理だ」
いつもは前がかりな班員も、さすがに弱気になっている。
当然だ。
俺たちには兵士のランクごとに、一度の任務での目安の殺傷人数が決められている。
俺は民間人で1000人目安。過去最高記録で2600人だ。
もしそのときのコンディションで挑めたとしても、俺が5人以上必要な計算になる。
「確かに、僕も昨晩聞いたときは無謀だと思った。でも、今晩の任務はロッキーくんの集大成らしいじゃないか。いつもの任務と同じ規模では困るだろう?」
このにこやかな男が、とてつもない悪魔に見えた。
だいたいこの任務、副団長が調整したんだろ? 副団長がこんな馬鹿みたいな規模の任務を俺たちだけに任せるとは……狂っていやがる。一体どんな意図があるんだ。
それに、副団長が昨晩決めた任務だ。もう既に偵察が終わっている。
恐ろしいスピードで仕事をする連中だ。
「みんな、そんな悲観しないで。大丈夫大丈夫、死ぬときは痛みを感じる暇もないから」
オスパーさんの冗談……?に、ナイリスたちは顔面蒼白になった。
「お、おい間に受けんなよお前ら」
俺が必死でなだめるのをよそに、オスパーさんは相変わらずニコニコしている。
「それに、僕にもちゃんと作戦がある。聞いてくれ」
また真剣さを取り戻したオスパーさんの声を聞いてはっとした。
そうだ。オスパーさんは戦闘のプロだ。きっと秘策があるに違いない。
あまりにも無謀な任務に意気消沈していたが、オスパーさんの力強い言葉にもう一度前のめりになる。
しかし、次の言葉を聞いて俺の心はまたしおれてしまった。
「ロッキーくんの妹さんのためにも、生きて帰らないといけないからね」
もうルルナは「俺の妹」で確定らしい……。




