第50話
「かつては神に仕えていたが、神の消失と共に魔に身を落とした魔神獣フェンリルじゃ」
魔神獣フェンリル
それはかつて神々がこの地に君臨した神話の時代。ルニエルでさえまだ生まれていなかった遥か昔。神の御使いとしてその名は知られていた。そして、神々の消失と共にフェンリルもまたその姿を隠した。その後幾万年の時を経て、先代勇者の時代に出現した。
しかし、その姿は伝承のような強く美しい、白銀の鬣を持ち、聖属性の魔力と風の魔力を纏う。幾千里を駆け、癒しを齎したものではなかった。
むしろその真逆。闇の魔力で訪れた土地を悉く、穢し、死をもたらす。その姿から魔に身を落とした元神獣。総じて魔神獣と呼ばれた。それが魔神獣フェンリルだ。
「ッ⁉あ、あのフェンリルの封印が解かれようとしているのですかッ?バカなッ‼後数百年は維持できるはずと………ッ。失礼しました。取り乱してしまいました」
「あぁ、一刻も早く先代の残した情報を見つけねば……このままでは世界にあの厄災が再び解き放たれてしまう。妾の記憶じゃと聖女と勇者はイェルセシスにとって聖人イェルに次ぐ象徴的な存在。もしあるとすればここだと推察したのじゃが……その反応からしてあるようじゃな」
世界を滅ぼしかねない厄災の復活の兆しに戦慄するアルゴ。
勇者は魔王の出現と共にこの世界に現れる。この世界の長い歴史の中で勇者と魔王の戦いは熾烈を極めている。その中でも数百年前に現れた先代勇者は魔神獣フェンリルを封印することに成功した。しかし、その強大な力故に悪に利用されることを恐れ、誰にも封印した場所を告げることはなかった。したがって、年月を重ねるごとに人々の記憶からフェンリルという厄災は消え去った。ただ一人、それをリアルタイムで見ていたこのエルフ以外は………
要するに魔神獣フェンリルの名を聞いてこれだけの反応を返してくるこの男はそれだけフェンリルについて知っているということになる。アルゴの反応にルニエルは満足げにほほ笑む。
「いいでしょう。私から上に掛け合ってみます。数日から数週間かかりますが、勇者様の記録が保管された書庫への入出の許可を得られるでしょう。」
(((よっしッ!)))
―第一の関門クリアだ―
「上からの許可が下りるまでの数日間ですが、よろしければこちらで宿のご用意をさせていただきますが………」
「そうですね。もう日も暮れ始めており、宿を探す時間もなかったのでとても助かります」
そうして、初コンタクトとしては上々の結果となり、聖教国イェルセシスでの一日が終わりを迎えたのだった。
・・・・・・・・・・・・
「さて、そろそろ俺も始めますか」
そう呟くとレオンは魔纏・燐を発動させる。
「時間は……まずは十分だ。十分経ったら教えてくれ。いいね?ローズマリン」
「うん、わかった」
「その間の護衛は任せとけ、父ちゃんッ!」
「あぁ、期待してるぞ」
(まぁ、これだけ高度があれば大抵の生物は生きていられないが……)
現在三人がいるのは地上から遥か上空。雲が遥か下に見え、上を剥けば昼にもかかわらず星空が見える。それは本来人間であれば到達出来ない領域に三人はいた。
「じゃあ、行ってくる」
そう言うとレオンは上半身が魔力の粒子化し、結界の術式内部へと侵入し始めたのだった
「十分……ですか。結界の解析の為とは言え、お父様も無茶しますね」
「?」
ローズマリンの一言にエルトロンは首をかしげる。その様子にローズマリンは深くため息を付き、自身の額を抑える
「お父様は平然とやっていますが、本来お父様が使っているこの燐という技は魔力の扱いに長けたエルフや魔族ですら不可能な行為。そもそも魔力の可視化自体最高難易度のはずなのに、肉体を魔力に変換するだなんて……お父様以外では不可能です」
「よくわかんね~な。つまりどういうことなんだ?」
更に首を傾げる
「私……実はお父様の燐について少し研究させてもらったことがあるんです。その時に分かったのですが………」
つまり、ローズマリンが言いたいことはこうだった
人間の総魔力量の平均が凡そ二十~三十とした時、エルフはその十倍。ドワーフは二倍から三倍程度。個体差はあれど人間はまず魔力の量では他の種族には勝てない。そして、間違いなく今この世界で最も魔力の多い者は誰だと聞かれればレオン以外はいないだろう。
そして、問題の魔力の可視化と肉体の魔力化について。
魔力の可視化には二つの要素が必要になる。
一つ目は魔力の総量。最低でもエルフの上位クラスの魔力量が必要となる。そして、二つ目は魔力密度だ。これは魔力の操作技術にも繋がることだが、一定以上の魔力をある一点に放出し、留めておくことで空中の魔力密度が増し、飽和状態と化す。そうすることで魔力に色が付き視認することが可能となる。
本来人間であれば一つ目の時点で詰んでいる。しかし、エルフや魔族の上位クラスであればその両方をクリアし、理論上魔力の可視化は可能となる。だが、実際は魔力の可視化にはそれだけで大量の魔力を消費し、且つ精密な魔力操作を必要としているため精神がゴリゴリ削られる。要するに継続的な可視化は不可能なのだ。エルフの女王。ルニエルでさえ十分が限界。可視化に必要だった魔力を百と仮定し、操作技術も踏まえてその難易度をSとする。
では次に、肉体の魔力化についてだ。先の理論を踏まえて、肉体の機能を純粋な魔力のみで再構築すると、小指の第一関節だけでも可視化の十倍の魔力と精密性要求される。この時点ですでにレオンを除く全肉体をもつ生命が不可能となる。全身を含めるとさらにその百倍。難易度はSが何個付けばいいのか不明。まさしく神業と呼ぶにふさわしい。
そして、今レオンが行っている魔力化した肉体の粒子化。一歩間違えれば再構築が出来ずそのまま死に至る可能性が極めて高い自殺行為。更にそれを十分間も結界の術式に深く忍び込み、解析をするという超高難易度を並列に処理しながら
「…………」
そこまで聞いたエルトロンは父の偉大さを再確認し、その見えない大きな背中をまっすぐ見つめるのだった




