終章 その14 『野山の花々 vs 雪華草 4 自分の、動かし方。』
リューリ達とのトーナメント一回戦は第八エンドを迎えていた。
得点は五ー二。
WildFlowersの不利な状況。
最終エンドで三点を追う展開は絶望的。
野山乃花は、キャスケットを目元までさげ、むふ〜っと眼鏡を曇らせる。
チーム内にも微妙な空気が漂う。
「ほら、ほら、よく言うでしょ?野球は九回の裏、スリーアウトからって!」
一里 静が懸命にチームを励まそうとする。
「いや、それ試合終わってるから」
苦笑しながら叡山 菫先輩のツッコミ。
「あ、でもでも。静ちゃんの言う事にも一理あるかもよ!?ホラ、お肉は賞味期限が切れてから美味いってボク聞いた事あるよ!」
「そうそう!関西の信号機だと黄色はイケイケ、赤で勝負って言うみたいだしね?」
そして浅間 風露のよく分からないフォローに一里 静が追随し、なはは…と溜め息ともとれる気の抜けた笑いで締めくくる。
「で、ハナちゃん?実際に策は?それともコンシード案件かしら?」
菫先輩が不敵に笑いながら私に問いかける。
私がどう答えるか…否、答えざるを得ないか知っているのだ。
皆の視線が私に集中する。
「もちろん、ありますよ」
間髪入れず、事も無げに答えて見せる。
ここは一瞬でも躊躇ったらダメだ。
そして、照明を反射させてここで眼鏡をキラリと光らせるのがポイント。
「むしろ三点差は想定内です。皆、よくこの点差で抑えてくれました。雪華草も、まさか三点差をひっくり返せるとは思っていないでしょう。そこが狙い目です。疲れてると思いますが、もう一頑張りです」
すうっと息を吸い込むと、嗅ぎ慣れた氷の香りが私の肺を満たしてくれる。
この香りが心地よく感じている間は、大丈夫だ。
「WildFlowersの底力見せてやりましょう。反撃、行きますよ?」
皆の顔を見回す。
「一人は皆の為に」
私が愛用の黄緑色のカーリングブラシを氷上に差し出す。
「皆は私の為に?」
叡山 菫先輩が自分の白いカーリングブラシを重ねる。
「お前のモノは俺のモノ?」
一里 静がさらに緑色のカーリングブラシを重ねる。
「お前の罪も俺のモノ?」
浅間 風露が最後に淡い紫色のカーリングブラシを重ねた。
「お前の過去も、そして未来も俺のモノ?」
私が何となく続ける。
「ナニ、コレは?」
耐えきれず菫先輩が吹き出し、皆が笑う。
OK。
調子が戻った。
一通り笑ってから全員で雪華草を見据える。
リューリのヤツは私の顔を一瞥すると、スイッと視線を外し反対側のハウスに滑って行ってしまった。
策?
ある訳ない。
リーダーが「勝つ」と言って「負ける」事はある。
だが、リーダーが「負ける」と言ってしまったら確実にそのチームは「負ける」。
トップに立つ者は例え自分が信じていない勝利でも、チームメイトには信じさせなければならない。
こういう時は無闇矢鱈と考えてもダメ。
手順を踏むのだ。
冷静に、なれ。
私は、意識してふうっと息を吐き出す。
人間というのは苦しくなると、息を吸いたがるものだ。
まずは、吐き出す。
そうすれば自然と息を吸い込める。
そして肺の中だけではなく、指先の毛細血管、脳内の隅々にまで氷の冷たい空気を浸透させる。
大丈夫。
冷静に、なれた。
冷静の、次。
客観的に、なれ。
私は幽体離脱するかのように、自分の斜め後ろから、自分を、自分達の置かれている状況を眺めてみる。
もっと後ろ。
いっそ、コーチ席まで。
後ろ、だ。
私は意識をコーチ席まで引き、広角に自分達をぼんやりと眺める。
リューリが唯一失敗した事は、最終エンドで私達に後攻を回してしまった事だ。
カーリングの試合は、一般的に最終エンドの一つ前のエンドが一番面白いと言われる。
最終エンドは序盤の展開と同じように、決められた道をなぞる事も多い。
大半は一つ前のエンドで勝敗は決しているのだ。
だから、チームの特徴がよく表れる最終エンドの一つ前のエンドというのは、ギラギラしていて面白い。
その一つ前のエンド、リューリ達は点数を取る事に拘った。
やはり戦術面では、稚拙。
私なら、最終エンドの後攻は渡さない。
最終エンドの後攻。
うん、悪くない状況だ。
大丈夫。
客観的に、なれた。
客観的の、次。
策を、講じろ。
私は目を閉じ、今まで無数に見たカーリングの試合を頭の中で検索する。
最終エンドで三点差をひっくり返した試合。
そして逆転した試合。
…。
……。
………。
…ある。
針の穴を通すような可能性だが。
やってのけたチームが、いた。
その映像を、石の配置を、私ははっきりと思い出す。
大丈夫。
策を、講じた。
策の、次。
私は、心臓で熱した血潮を私の身体の隅々まで流し込み、私に、私自身に唯一絶対の命令を発する。
それは、例え細胞一つと言えど逆らう事は許されない。
策の、次。
動け。
動け、私!!




