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1-10 生き別れたおじさんがこんなところにいた! おじさん会いたかったよ!

 夜明け前、畑に囲まれたティグリスという村に着いた。灌漑用水が縦横に張り巡らされている。蒸発を避けるため用水路の過半は木の蓋を被せてある。

 村の中心に向かって歩いていると太陽が遠く東の山陰から上ってきた。

 シフは立ち止まる。

 「……綺麗だな」

 変化していく夜空の視界いっぱいのグラデーションだ。

 スィラージは眩しくて目を細める。



 一行は宿に入ってすぐに寝る。宿の主人へ多めに払い、配慮するよう頼んでおいた。



 昼過ぎになって起きだしたシフが外に出て散歩すると、民家の軒先にルシールがしゃがみ込んで灰色の猫と戯れていた。こうして見ると普通の娘である。

 ルシールが猫を抱き上げて覗き込む。

 「……お前は良いねえ、悩みが無さそうで」

 猫はじっと細い瞳をして、何かを品定めするように彼女を見詰め返す。

 シフは遠慮なく歩み寄る。

 「そういうお前も悩みが無さそうに見えるぜ?」

 ルシールは振り向かない。

 「……ひどいなあ、悩みくらいあるよ」どこかに消えてしまいそうに優しい横顔をしている。

 「例えば?」

 「……そうね、旅の仲間がバカすぎるとか、旅の仲間がゲスすぎるとか、旅の仲間がヘンタイすぎるとか」

 何故かスィラージが現れた「呼んだかい?」どこにでもゴキブリのように現れる。無駄に爽やかな笑顔だ。

 「モテる男はつらいな」

 「呼んでないわよ、このハゲ! バカ! スィラージ!」猫が身を捩る。

 「ぐはあっ! なかなかの攻撃力!」

 「うふ。ま、かよわい乙女にはいろいろあんのよ」

 シフは楽しそうに言う「なるほどー。かよわい乙女にはいろいろあるのか」

 スィラージも追従「そ、そうか、かよわい乙女にはいろいろあるのか」

 「うるさい黙れ」ルシールは恥ずかしそう。

 シフが横から猫を撫でる。撫で方が違うのか猫が気持ち良さそうに鳴いた。

 「……ところで今夜のアニメを説明してもいいかな」おずおずとスィラージが切り出した。

 「ふっ、忘れるわけがないだろう。今日は『三休さん』の再放送の日だったよな」

 「ああ、忘れてなかったようだな。名作だから何度でも見る必要がある」

 「さすが! さすがアレクサンドリアの誇るアニメエリートだぜ! その推薦に間違い無し!」

 ルシールは苦笑い「了解。見せてもらいましょうか、あなたの一押しアニメの実力とやらを」

 「き、君、そのセリフは!」スィラージが色めき立つ。

 「? ところで明日はまた早めに村を出るんでしょ?」ルシールがシフに問う。

 「そうだな、もう少しレグスから離れた方が良いだろうな」

 「了解」

 スィラージが口を挟む「じゃあ、王都に行ってみようぜ。往復して丁度10日くらいだろう? 他にも移動手段が見つかるかもしれんし」

 「なるほど。いや、移動だけで往復10日はちょっと厳しいだろ。考えてはみるけどよ」

 「そうか、まあ、君が隊長なんだから従うよ」



 昼下がり、一行は小さな市場に向かった。携帯食などの日用品、薪、魔法使い用のハーブ類を補充する。それからはお決まりの酒場だ。改めて見るとそれなりに人が多い。豊かな耕作地があるからだろう。

 それから酒場。石造りの普通の民家の庭に、天幕を張ってテーブルを置いて店にしている。風通しも良くて気持ちの良い店だ。店内には爺が一人、暇そうに本を読んでいたのがこちらを見る。

 「こんな昼間から酒とは、どうしようもない連中だの」

 シフは気にしない「旅の途中の一休みなんだよ。だからビール飲ませておくれ」

 「どこの国から来たんだ?」

 「内緒なんだがアスマラだ」紅海沿岸の小都市である。カダ王国からは山脈の向こうにある。街道を行けば7日ほどの距離。無論嘘だ。

 スィラージも言う「砂鮫のおかげで船が出ないからな。ブラブラするしかないんだよ」

 「それじゃあ仕方ねえなあ、飲ませてやるよ。お前さん、よく見たらなかなかイイ男じゃないか」

 スィラージが眉をひそめる「爺ちゃんに言われても嬉しくないよ」

 「あんた、福川正春に似てるって言われるじゃろう」

 「? 別に似てるとは思わんけど」

 「いやあ、似てるぞ? まず鼻の穴が二つある。耳が二つに目も二つ。極め付きにはケツも二つに割れておる! 超そっくりじゃ!」

 「ぬおおおおおおおおおお! このクソ爺!」

 酒場の爺は顔をしわくちゃにする「うっひゃっひゃっひゃっひゃ、イイ男は弄りたくなってしまうんじゃよ、許しておくれ。少しサービスしてやるからよ」

 「この爺ちゃん、あんたの何か?」ルシールは呆れ顔でシフに訊く。

 「知らん」

 「幼い頃に生き別れたおじさんとかじゃないの」

 「関係あるわけないだろ。しかしふふっ、新しい切り口だ。良いセンスだぞ」

 スィラージがすぐに合わせる「久しぶりだな、憶えているか? わしはお前のおじさんじゃよ」

 「おじさん? やっぱりおじさん! 会いたかったよ! もう痔は治ったの?」

 「あっはっはっはっは、黙れ小僧!」

 「ぷ」ルシールが口を押さえた。

 ガボルアはマイペース「爺さん、早くビールくれ。喉が渇いて死んでしまう」

 「ちょいと待っとれ、慌てる阿呆は貰いが少ないぞ」本を置いて屋内に入っていく。本は『ガリア戦記(※1)』だった。



 今日も酒盛りである。ツマミはサラミと唐揚げ。ごっくんプリーズ。

 シフは尋ねる「爺さん、この辺の観光名所と言ったら何かあるのかい?」

 爺が簡単な料理をしながら応じる「観光名所? そんなものはない。筋トレマニアの村とかあるけど別に面白くもなんともないしな」

 「ほう、それはなんだか面白そうだな」

 ルシールが呟く「うん、あたしはどうでもいい」

 シフは重ねて聞く「じゃあ爺さん、こんな状況でも北岸にわたる手はないのかな?」

 「個人で船を雇う手もあるが結構高いぞ」

 「俺もそれは考えたけど、やっぱり高いのか」

 「2、3日掛かるからのう。ま、それも砂鮫が出る今は無理な話じゃ。命が幾つあっても足りんわい。腹が減った砂鮫は平船に乗り込んでくることもあるからの」

 「やっぱ無理かあ」シフは溜め息をついて「爺さん、この辺の特産物って何があるんだい」

 「それならあんたらがもう飲んどる、エール・ティグリス・トラピスト(※2)なんだがよ。他には……南の森を越えて山を少し登ったところの村にあるキノコ料理とか?」

 「キノコか。そこんとこもっと詳しく」シフはキノコ好き。

 「帰りに市場を覗いてみたら良いじゃろ。その村からキノコを売りに来てると思うが」

 「なるほどー」シフは酒をあおる。

 「ゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッぷはーー。なるほどこれがあのカダのトラピストだったか」ガボルアの旨そうな飲みっぷり。

 ルシールも改めて吟味する「風味が強いというか、フルーティーで甘みがあるね」

 「じゃろう?」爺が嬉しそう。

 スィラージはぐびり「……やっぱうまい」

 シフは問う「レグスのビールはまた違うんだよな?」

 「基本は変わらんが、少し違うんじゃよ。何かが何となく」

 「なんだそりゃ」

 「細かいところまでわかるわけないじゃろ、わしが作っとるわけじゃないんだからよ」

 スィラージが頷く「それもそうだな」

 「美味けりゃいいんじゃよ、美味けりゃ」爺が笑う。



 スィラージが話を振る「そういやあれ。『女王様のハンバーグ』ってこの村にあるんだろ?」ぐびり。

 酒場の爺が驚く「お前さんたち、あの店に行きたいのか?」

 シフも聞く「そうだった、知っているなら教えてくれないか」

 「そりゃ、知りたいなら教えてやるが、まあ、いいか」少し飲んで「あとで感想教えてくれよ」

 シフたちは店の場所を教えてもらった。看板には『女王定食』と出ているらしい。

 爺が言った「ちょっと前にできた店なんだがよ、色々と怪しげな噂が絶えない店なんじゃよ」

 「なるほど」シフは危険を感じたが面白そうなので黙っておく。

 「本当にあったんだな、女王様のハンバーグ」スィラージが感心する。

 「そうだ、俺は真実しか言わない」ホントは俺も信じてなかったんだけど。冗談みたいな名前だからな。

 「疑ってごめん」ルシールも詫びる。

 「ま、良いってことよ」シフの伊達メガネがキラリと光った。



 唐突にスィラージが切り出す。「おいルシール、俺たちの中で誰が好きなんだ? そろそろ白状した方が良いんじゃないのか?」もう酔っている。

 シフが即座にルシールの口真似を始める「別に誰も好きじゃないんだけどぉ」そして全く似ていない。

 ルシールは嫌そうな顔。

 スィラージは続ける「ああん? 強がってんじゃないよ、さあ言え、俺が好きだと言っちまえ」何故か自信たっぷり。

 シフは口真似を続ける「く、悔しい! でも感じちゃう。ド畜生!」

 「何がだよ」

 「安心していいよ。あんただけは無いから」ルシールが断言する。

 「ぎゃふん!」

 「あっはっはっはっはっは」シフはいきなり大笑い。

 「つまり俺か」珍しくガボルアが乗ってきた。

 「それも違うかな」ルシールはもぐもぐ。

 「ごおおおおおおおお!」いきなりスィラージが奇声をあげる。

 「すぐに奇声を上げる、弱い男」シフは平静に告げる。

 「ぷっ」スィラージが吹き出した。

 


 シフ起立「宴もたけなわ、それでは突然ですがここでクイズです」

 即座に返すルシール「とりあえず、超絶くだらない確率80%以上」ぐびり。

 「ほう、君もわかってきたようだな」スィラージも旨そうにビールを飲む。

 ガボルアも呑みながらウンウンと頷く。

 シフは少し悲しそうな顔をして「……あの、皆さん、ちょっと聞いてもらっても良いですか?」

 ルシールが偉そうに応じる「仕方ないわね、じゃあ聞いてあげるからさっさと言いなさいよ」

 「あっはっはっはっは」スィラージが突然笑いだす。

 シフは気を取り直してエールを一口、それからオホン「これはギリシャの田舎であった実話を元にした、そう、性格診断クイズです。3人の少年が繰り広げる友情と裏切りの物語」

 「だいたい、いつも少年が出てくるよな」

 「まあ最後まで聞け。彼らが葡萄畑の間を歩いていると、一冊の本が落ちているのを見つけた」

 「エロ本の確率99%」

 「……むう」シフは先を読まれて苦しい。がんばれシフ! お前はやればできる男だろ!

 「うふ。あたしがその内容を予想するに、誰が最初に読むのかとか、ヒロインの本性はどうなのかとか、そんなところでしょ」

 シフは愕然、後ずさりしようとするのをぐっと堪えて「すみません、鍛えなおしてきます」椅子にぺたんと着席。んごっごっごっごっごっごっごっぷはーー「くっそおおおおおおおおおおおおおおお!」

 「あっはっはっはっは」ルシールも笑う。

 この時シフは思った。性格診断クイズも1年くらいやってきたが、さすがにそろそろ新しい切り口のネタを考えよう、と。商隊キャラバンの隊長たる者、メンバー間のコミュニケーションを円滑にし、士気を高める努力を怠ってはならないのである。すぐに思い付くのは……ふむ、血液型占い、好きなアニメのヒロイン古今東西、あやとり、野球拳、腕相撲、お互いのファッション採点、持ち回り1分間スピーチ、パチンコ情報交換、ナイスな夜のお店情報交換ってところか。悩むぜ。次のミーティング(飲み会)までに考えよう。しかし持ち回り1分間スピーチってのは良いな。テーマは自己紹介とか、好きな呪文や食べ物とか、スィラージのここがダメだから直した方が良いところとか、ASDアレクサンドリア47の一推しメンバーについてとか。なかなか面白そう、良いかもしれない。最後にメンバー間で投票して順位つけて賞品と罰ゲームだな。罰ゲームは……罰金は嫌だから、脱ぐとか、恥ずかしい話を披露するとか。

 「……なんか考え込んでいると思ったらニヤニヤしだしたんだけど」ルシールがもぐもぐぐびり。

 「くだらないことを考えている確率99%」スィラージももぐもぐぐびり。

 「おーい爺さん、ビールのおかわり頼む」ガボルアが注文する。




 【※1 ガリア戦記】ガイウス・ユリウス・カエサル著。紀元前1世紀、ローマの英雄カエサルがガリア(アルプス、フランス、ドイツの一部)地方を制覇した記録。口述筆記で記された、元老院への逐次報告書を基にする。その劇的要素、簡素で洗練された文体が絶賛されベストセラーになる。2000年後でも版を重ねるほどの傑作であり、物書きにとって栄光の頂点。反抗ガリアの若き総大将ウェルキンゲトリクスとの決戦の章は激熱。原本は失われ最古の断片でも3,4世紀のもの。まとまった量の写本は10世紀前後のものから存在する。各地で翻訳と改訂改竄を繰り返した結果、現代では十数種類が存在する。

 【※2 エール】20度ほどで上面発酵させたビールの一群。発酵温度で飲むのが最適だが冷やしても美味。カダエール・ティグリス・トラピストとはカダ王国西部で作られているエールの一種。黒っぽい、酒精高め、フルーティー、甘みあり。ティグリス産はレグスのものより少し濃い。

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