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1-11 俺はシフウェヌニクス・フィルサークレア。ファンタスティック・ビーストと呼ばれる男だ!

挿絵(By みてみん)

 シフウェヌニクス・フィルサークレア(通称シフ)はシチリア島シラクサの生まれである。



 シラクサと言えば帝都ローマほどではないにしろ、アレクサンドリアに匹敵する大都市だ。イタリア半島とアフリカをつなぐ重要な港湾都市であり、後背に穀倉地帯を抱えた農業都市でもある。

 彼は交易港に近い市街地の交易商人の三男として生まれた。それなりに大きな商家だったろう。家には母親、祖父母の他にも数人の奴隷と家僕がいた。近所には同年代の子供も多く、父親があまり帰ってこないことを除けば恵まれた環境だった。

 しかし8歳の時、母が病に倒れた。胃腸に悪い腫瘍ができたらしいというのが医者の見立てだ。自覚症状があったはずだが、我慢しすぎて手遅れになった。それでも高位の回復魔法なら治せるものであり、それを使える魔法使いが街にいた。強欲で陰険で金持ちしか相手にしない、と評判の男で一応聞いてみると帝国金貨200枚。どうしようもなかった。

 2ヶ月ほどして母は死んだ。身体は弱かったかも知れないが気の強い女性だった。その語録は今も胸に刻み込まれている。

 「理由無く人を嫌うもんじゃない」

 「まったく、うるさいったらありゃしない」

 「ぐれーとだね」

 「駄目なものは駄目、駄目だから駄目」

 「男は優しくなくちゃいけないよ」

 「あんたが1番お父さんに似ているよ」

 彼が気の強い女を好むのは多分母の影響だ。

 母を看取った父は、シフに他の息子たちと違う何かを見ていたらしい。転機だから海で育てたいと望み、シフは8歳にして父の地中海東部交易船に乗ることになった。最初の10日、船酔いに苦しんだことをおぼえている。

 たくさんの港を廻った。永遠の都ローマを始めアテネやアレクサンドリアなど東地中海の主たる港。

 変わったものをたくさん見た。ダマスカスブレード、牛さえ巻き上げる竜巻、カエサリオン(カエサルとクレオパトラの息子)の呪われた剣、双頭の蛇、クラーケン。

 苦しいこともたくさんあった。嵐や渇水は当然として、海賊や砂鮫の襲撃、水夫の死や奴隷の裏切り。

 アニメや漫画に親しむようになったのもこの頃だ。長い船旅の暇潰しに丁度良かった。『スタジオぷじり』というアニメ製作ギルドの作品に最初のめり込み、それからアマチュアの異世界転移英雄譚に傾倒した。独特のふざけた口調はこれらの影響だ。

 シフはそうして船と旅と商いに慣れた。



 しかし数年後またも人生の荒波がシフを襲う。

 ローマで政変が起こり、皇帝近衛隊長が失脚、処刑されたのだ。その刑罰は最終的には記録抹殺刑(※1)にまで行きつき、余波は各地に及んだ。

 この頃、父親は近衛隊長にそれなりの上納金を納め、幾らかの利権を得ていたらしい。政変直後のアレクサンドリア滞在中、同業者から告発を受け、法廷に引き出され一方的な裁定に罪と罰を背負わされた。もう少しでローマ市民権を買えるところまで来ていたのが急転直下。

 父親は船と資産の過半を失い、シラクサの交易ギルドを除名され、家業は潰えた。残されたのはシラクサの家、小さな畑、それだけだ。15人ほどの部下とシラクサへ帰る船賃すら不足した。必死にツテを手繰り再起を図る父親が、アレクサンドリアの交易ギルド『ベルドゥラルタ商会』と契約したのはこの時である。シフは19歳だった。



 かつての商売仇でもベルドゥラルタ商会は良くしてくれた。

 商会は当座の資金を貸してくれ、交易商隊のメンバーとして仲間たちは職を得た。シラクサへの仕送りも再開した。その金で故郷の兄たちはシラクサ郊外へ移転して農業を始めた。元の家が高く売れたことも大きく、新しい家業は数年で軌道に乗せられたという。

 父子が参加した交易商隊は主に陸路を行くもので、アレクサンドリアを拠点としてメンフィス、アカバ、エルサレム、ルクソール、カイロ、アラビア半島の紅海沿岸、そしてカダ王国を廻った。意外にも父親はその若い頃にエジプト近隣を踏破した経験があり、これがとても役に立った。シフがピラミッドやミイラ男を初めて見たのはこの時期である。



 そうして3年が過ぎた頃、今度は父親が卒中に倒れた。数日で回復したが左足に麻痺が残り、交易商隊に出るのは引退となった。商会への借金返済は終えていたが、こちらの女と再婚して新しい生活を築いていた父親はアレクサンドリアに留まり、ギルドの小売店でアルバイトを始めた。

 シフは自分の人生を選択する自由を22歳になって得た。交易商人として海でも陸でも経験を積んだシフは、改めて自分の名をもってベルドゥラルタ商会と契約した。公平で活気に満ちたギルドは居心地が良く、景気も上々、期待に胸を膨らませたものである。

 昔からの父親の部下たちも多くが自分についてくると言ってくれた。実直な父親に似て、実直で信頼できる、ただし癖の強い男たちだ。

 「だが断る(笑)」

 しかしシフは一人で始めることを選んだ。

 「ディケンズに身代を引き継ぎ、俺は独立しようと思う」ディケンズとは部下の一人でまとめ役をしてくれた温厚実直な男である。

 「「どうして!」」皆が詰め寄る。

 「俺たちは、若みたいに面白い男の下で働くのが好きなんだよ」

 「そうだぞ、おやっさんが引退するなら、次の大将、キャプテンは若以外に考えられん」

 「キャプテン、か」シフは呟いた。

 「そうじゃぞキャプテン! あんたこそがキャプテンじゃ!」

 「やる気出していこうぜキャプテン!」

 「キャプテン!」

 「好きよキャプテン!」

 ぱん、ぱん、ぱん、ぱん、何故か手拍子が始まって皆が歌い始める「「好きよ♪ 好きよ♪ キャプテン♪(※2)」」

 シフも仕方なくぴょんぴょんと踊る「「好きよ♪ 好きよ♪ キャプテン♪」」

 「何をやらせるんよ、まったく」

 「「あっはっはっはっはっはっはっは」」

 「さては俺を褒め殺しにするつもりだな!」

 「よくわかったな」

 「若、何度でも言うけど皆あんたの下で働きたいと思ってるんだぜ」

 「率直に言うよ。皆が助けてくれることは全く疑ってないし、皆でやれば最初から上手くいくと思う。親父も旅には出れないが助けてくれるしな」

 「それならどうして」

 「それでも俺は、ひとりでやり直そうと思う…………もう少し遊ばせてくれ」

 「なんだそれは」

 「俺はもっと色々見て回りたいんだよ。色んなことをしたいんだよ」

 「おいおい、ちょっとそれは自分勝手じゃないか?」

 「全くその通りで弁解も無い」

 「いきなりそんなこと言うんじゃないよ」

 「お面白い話をたくさん仕入れてくるから勘弁してくれ」

 「困った若だぜ」

 「わかったよ若、その言葉、忘れんからな」

 散々説得されたがシフは最後まで折れなかった。

 父親は隅の椅子で黙って聞いていたが、最後には「ま、それもこいつの人生か」と諦めた。

 半分程の仲間はシラクサへ帰り、ディケンズ含む残りの仲間はベルドゥラルタ商会の職員に収まった。

 商会の職員となった彼らは今でも良くしてくれる。結果的にはベルドゥラルタ商会との関係を強化することになった。



 そうして再出発したシフの最初の仕事が、何故か厨二館漫画編集部への派遣であり、そこでスィラージと友人になったのは運命か、あるいはギルドオーナーの思惑か。それまでは顔を知っている程度の関係だったが頻繁に組むようになった。

 仕事は地中海東部からエジプト近辺の仕事が過半を占めた。薄利でも珍しい仕事を好んで請け負った。王墓盗掘品を扱うこともあったし、ゆるキャラ『ピラミ君』のぬいぐるみを着て広報活動にも勤しんだ。帝都ローマやパルティア王国などにも足を運んだ。

 そんなことばかりをやっていたら名が売れた。エキセントリックな言動だが抜群に有能で、何でもやるしどこでも行く男『ファンタスティックビースト』の異名を取った。

 これらの過半にスィラージは同行してくれ、やがてギルド職員を辞めてシフの組下に入ってきた。かなりの変人だが、どんな馬鹿をやっても受け止めてくれる最高の相棒だ。

 それからギルドに組織名を登録した。それが『フィルサークレア・キャラバン』1年前の話だ。

 人が足りなければギルドから昔の仲間を借りたり、他の組に応援で参加したりしていたが、近頃は欲が出てきた。中規模クラスの交易商隊を単独で運営できるくらいには人数が欲しい。

 既にそれぞれの人生を築いている昔の仲間は誘わない。どうせ誘うならもっと若い奴が良い。

 その意味ではルシールを誘ったのは本気である。専属の魔法使いがいてくれれば心強い。それに女がいると楽しいし、彼女の性格が仲間としてやっていけそうだと思ったからだ。



 出会いと別れは繰り返し、歳月は駆けるように過ぎていく。

 先年、ギルド職員に収まり雑用をしていた昔の仲間、白髭爺ちゃんが死んだ。生涯独身だった。給金は全て使い切り、身寄りも無く、何一つ財産を残さなかった。本人の望みで火葬され、遺灰は地中海に撒かれたから、本当に何も残っていないがシフは思う。

 「どんなものでもいつか壊れ失われる。爺の記憶もいつか0になる日が来る。だけど少なくとも俺が生きている間は絶対に忘れない」

 息子のように可愛がってくれた思い出がある。言葉にできないけど受け継いだものが確かにある。

 ふと気付いたら好奇心旺盛、行動力旺盛、常時おふざけ全開、そんな男になっていた。20代の若さで交易商隊キャラバンを運営・指揮できる男は滅多にいないが、それほどの才覚を誇ることなく頼るでもない。いつも新しい気持ちで日々を楽しもうとする男、それがシフだ。




 酒場を早目に切り上げて『女王定食』の看板が掛かる店へ向かう道すがら、シフが周囲を軽く警戒して言った「……俺たちと入れ違いに店に入った男3人。見たか」

 ガボルアが頷く「ああ、多分ローマ人、だな。それもイタリア系の」

 ローマ帝国とカダ王国は友好関係にあるから、ローマ人がこの国をうろついてもおかしくはない。

 「ただの旅行者には見えなかったな」歩き方と視線の配り方に隙が無かった。

 スィラージが少し心配そう「軍とか諜報とかそういう関係?」

 「かもしれないな」シフは頷く。帝国のアレクサンドリアに居を構えているのに帝国軍に畏怖を感じるのは、ローマ市民権を持たない故か「どちらにしろお近づきにはなりたくないな」

 「そうね」ルシールも同意した。

 そうこう話していると店に着いた。『女王定食』は小綺麗な看板で、店構えも至って瀟洒だ。観葉植物がお洒落だ。それだけに怪しい。看板の異様さが際立ち不穏な雰囲気を醸し出す。ハゲワシが屋根に停まってこちらを見ている。

 「ここか」シフは腕組みして見定める。

 「ここ、だな」スィラージが言った。

 「本当に行くの?」ルシールは少し怯えている。

 「さっさと決めろ、小腹がすいた」ガボルアは平常運転。よく飲み食いする男だ。

 突然スィラージが声を上げる「行くならば早くしろ、でなければ帰れ!」

 シフはびっくり。元ネタのアニメを思い出せないが苦笑して「わかったよ、行くか」覚悟を決めてガラガラガラ。引き戸を開けた。

 ハゲワシが「ゲエエ」と鳴いて飛び去った。




 【※1 記録抹殺刑】ラテン語ではダムナティオ・メモリアエ。名誉を重んじるローマ帝国においては最も重い刑罰。全ての記録から名前が消され、彫像があれば破壊される。処刑とセットになることが多い。

 【※2 好きよキャプテン】昭和歌唱。興味のある人は探してみてください。某少年漫画でも似た引用あり。

シフ「このハゲー! 違うだろ! 違うだろうーー!」

スィラージ「あっはっは」

シフ「だから感想書いてくれると嬉しいなオラ♪」

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