お茶会
今リアナが着ているドレスはアデリーヌに借りたものである。
リアナはアデリーヌにどんな服を着て行くのかと聞かれて、自分が皇女のお茶会に参加できるような服など一枚も持っていないことに気づき青ざめた。
そんなリアナをアデリーヌは半ば予想していたようで、リアナのドレスを用意してくれていた。
染みひとつない真っ白なドレスにはふんだんにレースが使われていて見るからに高価そうであった。
丈は膝を隠す程度の長さで、年齢が上がるにつれ丈の長さも長くなっていくようである。
まるで人形に着せるかのようなかわいらしいドレスで、服に着せられているように感じリアナは恥ずかしかったが、本人が思うよりずっと似合っていた。
リアナのくりっとした瞳とちまっとした身長が小動物を思い起こさせ、清楚さを感じさせる白いドレスともマッチしていた。
アデリーヌはかわいいですわ、と叫んでグギュと抱きしめた。
かたやアドレーヌが着ているドレスは情熱的な赤で熟練の職人が携わったとわかる見事な刺繍が美しい。
アデリーヌはどうやら赤色が好きなようで、普段の服もわりと赤を好んで着ていることが多い。
彼女の完璧なカーブを描くプロポーションと合わさってとんでもなく色っぽい。
社交パーティなどではきっとすごくモテて、いろんな男性にアプローチされているんだろうな、とリアナは思ったが、アマデオのシスコンぶりを思い出して考えを改めた。
アデリーヌが知らないところで邪な心を持つ男がことごとく排除されている姿が目に浮かんだ。
お茶会へはアデリーヌとアマデオの家であるマクレーン家が所有する馬車で王宮に向かう。
見送りとして学校の門の前にはユイリーにアマデオ、オイゲン、そしてリトニアが来てくれた。
さんざん今日のお茶会については話し合ったが、やはり心配らしくアマデオの顔は陰っていた。
馬車に乗り込むとその乗り心地の良さに驚いた。
行商人であるオルドが所有するものとは比べるに値しない。
中の装飾は言わずもがな、座席は何かの皮が使われており、その下には綿でも詰められているのだろうか、リアナにはわからなかったが、ただそれがクッションの役割を果たしていてお尻に優しいことだけは明確だった。
これからの茶会のことを考えてガチガチに緊張しているリアナを解きほぐそうとアデリーヌが口を開いた。
「リアナったら、そんなに緊張しなくても皇女様は気さくでとても優しいお方よ」
「でもわたし、お茶会なんてもの自体初めてでハードルが高いのにその上、王妃様のことまで......」
リアナは不安を声に滲ませて呟く。
「大丈夫ですわ! わたくしがついています。リアナが困っていたら、わたくしがフォローしますわ。それに王妃様も表面上は優しい方ですから」
最後の言葉に多大な不安を感じたが、アデリーヌの存在は心強い。
巨大な白亜の建築物の前にはどっしりとした頑丈堅固な門が立ち塞がっていた。
見るからに屈強そうな男が姿勢正しく門前に立ち、怪しいものはいないか目を光らせている。
御者が馬を止める。ここからは歩きである。
さすがにいくら大貴族といえども、馬車で門をくぐることはまかり通らないらしい。
リアナとアデリーヌがゆっくりと馬車から降りると、待ち構えていたかのように一人の男が近寄ってきた。
アデリーヌは皇女からの招待状を見せ、そして口を開く。
「マクレーン家のアデリーヌですわ。そしてこちらが友人のリアナ。今日は皇女様のお茶会にお招きいただきましたの。もう、入ってよろしいかしら」
門番は招待状に書かれている宛名を確認すると、「どうぞお入り下さい」と頭を下げた。
アデリーヌはまっすぐ王宮の入り口に向けて足を進める。
リアナはその後ろをちょこちょこと着いて行った。
足を踏み入れると、塵一つ落ちていないぴかぴかに磨かれた床が目に入った。石作られている床には長い絨毯がひかれ、その上を人が歩くようになっている。
入り口には男女数人が控えており、どうやらお客を目的の場所まで案内するのが役目のようだった。
アデリーヌが招待状を見せると、一人の女が進み出て、「お部屋までご案内しますので着いてきて下さい」と言って先導する。
二人は女の後を着いていく。
しばらく歩きやがて一つの扉の前に案内された。
「皇女様、マクレーン家のアデリーヌ様並びにそのご友人であるリアナ様がいらっしゃいました」
「入りなさい」
ゆったりとした、それでいて命令し慣れている声が中から聞こえた。
促され中に入ると、眩い光を放つような見事な黄金色の髪を持った一人の少女が目に入った。
少女は椅子に腰かけ目線だけはこちらに向けていたが、その白い手は甘菓子に伸びていた。
もぐもぐと口を動かし、飲みこむとアデリーヌへと話しかけた。
「久しぶりね、アデリーヌ。会えてうれしいわ! あなたの後ろに隠れているお友達をわたくしに紹介してくださる?」
リアナは自分の胸はどきりと高鳴った。
「わたくしもですわ、エルザ様。こちらがわたくしの友達であるリアナですわ」
アデリーヌの声は心なしか自慢げに聞こえた。
「リアナです。本日はお招きいただきありがとうございます」
リアナの手は緊張で湿っていた。
「そんなに固くならなくてもいいわよ。気楽な茶会なんだから。さあ、座って。おいしい甘菓子もたっぷり用意したから」
明るい声でそう言って、アデリーヌとリアナは彼女に勧められた椅子に腰を下ろす。
目の前の大きなテーブルの上には大きな器の中に様々な種類の甘菓子が並んでいた。
アマデオの部屋でも多くの甘菓子が出てきて驚いたが、さすが皇女の茶会、それを軽く上回っている。
「それにしても......リアナはその年で錬金術科に受かるなんて頭いいのね」
じっとリアナの顔を見つめた後、感心した声で話す。
「そうですの! リアナはとっても優秀なんですよ! 私がまだ作れないアイテムだって作れますの。将来は宮廷錬金術師長にだってなれますわ」
リアナが言葉を発するより前にアデリーヌが怒号の勢いで喋りだす。
「あわわわわ、アデリーヌたら褒めすぎだよ」
リアナは慌ててアデリーヌの口を塞ごうとする。
「へえー、すごいのね。......でも、ちょっと安心したわ。アデリーヌから友達が出来たっていう手紙には、これでもかというほどリアナのことが書かれてたのに、その後届く手紙にはリアナのことが何ひとつ書かれてなくて何かあったのかなって心配だったの。でもずいぶんと仲良さそうで安心したわ」
身に覚えがあるリアナはギクリとした。
アデリーヌはエルザの心配に感激したようで、リアナと仲がいいアピールをしていた。
そしてエルザはアデリーヌやリアナに学校生活のことをあれこれ質問した。
リアナも最初は緊張していたが、エルザの気安い様子に体の強張りも解れていった。
「あーあ、わたくしも一緒に学校に通えたらいいのに」
「エルザ様も試験を受けてみたらいかかですか?」
エルザの残念そうな顔を見てリアナは思わず口に出した。
「くすくすくす。それは無理よリアナ。エルザ様はお勉強が大の苦手でいつも就けられた教師陣から逃げ回っておいででしたもの。わたくしもよくエルザ様を説得するように言われましたわ」
エルザは口を尖らした。
「だって退屈なんですもの。きっと教え方が悪いのよ! あんな小難しい話を聞いてるとすぐに眠くなるわ」
リアナにもその気持ちはわかった。リアナは前世の記憶があるおかげで計算は再び勉強する必要もない。
それは強力なアドバンテージだ。
そして、錬金術に関する知識だってゲームのようでおもしろい。
だからこそ勉強しても全く苦にならない。
だけどもし前世の記憶がなく、この世界を当たり前のごく普通のことだと認識していたのなら、これほど学ぶことを楽しいとは思わなかったかもしれない。
ノックの音が耳に届き自然と三人の目線が扉に向かう。
「あら、もしかしてお母様かしら? 時間が出来たら顔を出すと言っていたし」
エルザの言葉にリアナの体は一気に強張った。
入ってきたのは十五になる娘がいるとは思えない貴婦人だった。
顔には優しい笑みを浮かべており、本性を知らなくては危うく騙されそうである。
「お邪魔しますね、エルザ。しばらく会わない内にますます綺麗になったわね、アデリーヌ。それから、リアナだったかしら。あなたもよろしくね」
声は柔らかく、特にこちらに対して敵意は持っている様子には見受けられない。
それどころか、好意的であると言えよう。
しかし、ベアトリーゼが浮かべているその微笑みも薄っぺらく何か一枚の膜で覆わられているかのようにリアナは感じた。
「ベアトリーゼ様にそう言われるなんて光栄ですわ」
そう答えるアデリーヌには変わった様子は見受けられない。
リアナはただ「よろしくお願いします」とだけ口にした。
ベアトリーゼが自己紹介する間もなくリアナの名前を呼び話しかけたので、ぶっちゃけ彼女の言葉になんと答えていいのか分からなかったが、無視するわけにはいけないので出た言葉がそれである。
本音を言えばよろしくなどしたくはない。
ベアトリーゼがどんな思惑でこんな言葉を口にしたのかはわからないが、リアナの頭を痛めるだけである。
自然な動作で空いている椅子に腰かけると、口を開いた。
「エルザは久しぶりにアデリーヌに会えるのをそれはもう楽しみにしていたのよ。料理人に甘菓子の種類を出来るだけ多く用意しなさいなんて無茶な命令を出して」
「アデリーヌとお茶会をするのは久々なんですからいいんです!」
ベアトリーゼの言葉に反論するように声を上げる。
「あなた達は相変わらず仲がいいのね」
エルザは当然だと言うような顔で頷いた。
「リアナはその年で錬金術科に入学出来るなんてずいぶんと優秀なのですね? なにか秘訣でもあるのかしら」
ベアトリーゼは何気なさをよそって聞いてくるが、リアナは彼女の質問の裏にもっと深い意味が込められているのを感じた。
「一生懸命勉強しましたから。運もよかったんだと思います」
「そう。だとしても、優秀なことにかわりはないわ」
そう言ってほほ笑えみ、ベアトリーゼは言葉を続ける。
「アデリーヌは騎士科にアマデオがいるから素材採取の時にも護衛として頼めるわね。もう素材採取にはどこか行ったのかしら」
「はい、お兄様とそのご友人方が護衛を引き受けてくれましたので。」
「あなたにとっては初めての素材採取でしょう? どうだったかしら?」
ベアトリーゼが探りに来ているのはリアナにもわかった。
アデリーヌは口元に上品な笑みを浮かべて如才なく答えていく。
「ええ、お兄様たちは強いのでモンスターに遅れを取るなどということはなかったので、私たちは安心して素材採取に励むことが出来ましたの」
「あら、『たち』ということはもしかしてリアナも一緒だったのかしら?」
「ええ、加えてわたくしの友人がもう一人一緒でしたが」
ベアトリーゼの言葉には白々しさが感じられた。
きっとリアナやユイリーのことも調べているはずである。
「アレクシス皇子のことはご存じかしら? お命が助かって本当によかったわ。ウズグギルグモなんて生息地は遥か遠くなのに、カタシウム洞窟にて毒を受けたなんて。アデリーヌもリアナも採取でカタシウム洞窟に行くこともあるでしょう。採取の旅は何が起こるかわからないから、気をつけなくてわね」
「ええ、お気遣いありがとうございます。アレクシス様のことをお聞きした時は本当に驚きましたが、お命が助かって本当によかったです」
アデリーヌが答えた後にリアナも一言、お気遣いありがとうございます、と添える。
言葉通りに受け止めればリアナ達のことを心配しているように思える。
しかし、リアナには邪魔をすれば容赦しないという脅しに聞こえた。
アレクシスからベアトリーゼのことを聞いてなければ簡単に騙されたであろう。
彼女の人当たりは柔らかく内にドロドロとした激しい感情を抱いているようには見えなかった。
「お母様ったら、心配しなくてもアマデオを含めて彼の友人の剣の腕はぴか一なんだから、たとえウズグギルグモなんてモンスターでも瞬殺よ! だいたいアレクシスお兄様は運が悪すぎるのよ! 護衛だって油断のしすぎだわ! お兄様が無事だったからいいものの!」
そう言って憤慨した表情で捲し立てた。
その様子から聞いていた通り、エルザは何も知らないようで、アレクシスとの関係も悪くないことが窺えた。
彼女本人に含みはなくても母親であるベアトリーゼは違う。
エルザから欲しい情報を彼女は簡単に聞き出せるだろう。
だから、エルザに話す内容はベアトリーゼに知られても問題ないことだけにすべきであると思った。
「アデリーヌ、リアナ。もしあなた達がアレクシスが毒を受けた場所にいたら、錬金術で彼を助けることも出来たかしら?」
「ベアトリーゼ様、わたくしもリアナもまだ入学したばかりですわ。いくらなんでも無理ですわ」
さらっと尋ねる質問にアデリーヌは自然な声で述べた。
リアナはアデリーヌに感謝した。
もしリアナが答えていたら、微妙な声のトーンや表情で気づかれてたかもしれない。
その後は軽い話をしてベアトリーゼは用事があるからと席を立った。
こうして茶会は何ごともなく終えたが、ベアトリーゼが油断できない人物でこちらを探りに来ていることは確かだった。
ひとまず無事に済んだとリアナは胸を撫で下ろした。




