ホーリーポーションとリアナ
リアナの言葉にアレクシス殿下の側で意識のない殿下の汗を拭っていた男がすごい形相で詰め寄る。そしてリアナの知らない他の二人の男達も駆け寄ってきた。
「それは本当か? 殿下を救う方法があると? どうなんだ? 早く言わないか!」
怒鳴るように問いかけた男は熊のような大きな体で目は研ぎ澄まされたナイフのように鋭い眼光を放っていた。
目元から顎にかけて走る一筋の大きな傷跡が余計に彼の顔に凄味を与えている。
そんな強面の男にまるで囚人を詰問するかのごとく詰め寄られたリアナは大きくビクリと肩を強張らせた。
リアナが見かけどおりの精神年齢ならきっと泣き出していただろう。
「アーベル殿、殿下のお命がかかっているのでお気持ちはわかるが、只でさえ恐ろしい顔をしているのに、そのような口調でレディに詰め寄るのは感心しない。リアナ嬢が怯えているではないか!」
そう言ってアマデオがアーベルの態度を窘めた。
そしてリアナの強張っている肩を優しくぽんぽんと撫でた。
「すまない。気が焦り過ぎていたようだ。だが、殿下のお命に関わることだ。助ける方法があるなら、どうか教えて欲しい」
アーベルは幼い外見のリアナに自分が取った態度について恥じているようで決まり悪そうな顔をして謝った後で真摯な様子で頭を下げ頼んだ。
洞窟にいる全員の目がリアナに集まった。皆がリアナが口を開くのを待っていた。
リアナはゴクリと唾を飲み込み、緊張した面持ちで自分の考えを述べる。
「ウズグギルグモの毒にはホーリーポーションが効くのですよね?」
「ああ、だが誰も持っていないと――もしや持っているのか?」
アーベルは希望を宿した目でリアナを見る。
「いいえ、ですが幸いなことにホーリーポーションを作れる素材はすべて揃っています」
「いくら、材料が揃っていようとも肝心の作れる者がいないのでは--」
そう言ってアーベルは失望した顔で首を振った。
はっとした顔でユイリーとアデリーヌはリアナを見た。
「います! わたしが作れます!」
リアナは力強い声で言った。
「君が作れると? だが、ホーリーポーションを作るには光属性と水属性、二つの属性を持っていなければいけない。まさか、君はその両方を持っていると?」
「はい、持っています」
アーベルだけでなく彼の側に立っていた二人の男達にも衝撃が走る。
オイゲンがピューイとその場にそぐわない口笛をたてた。
アマデオは少し目を眇めただけで、リトニアは通常どおりの無表情であった。
アデリーヌはなぜか誇らしそうに胸を張り、ユイリーは心配そうにリアナを見ていた。
「リアナ嬢、君が光属性と水属性を持っている事は私も知っている。しかし、ホーリーポーションは難易度が高い。おまけに、Cンク以上のホーリーポーションでないと、ウズグギルグモの毒は解毒出来ないだろう。まだ錬金術科に入学して一月足らずの君にそれが作れるのかい?」
アマデオの言葉に周囲が息を呑む。
彼の言葉は的を射ていた。
アマデオは厳しい言葉をリアナに浴びせたが目には心配の色を宿していた。
「確かに、わたしにはウズグギルグモの解毒を可能にするだけの品質のホーリーポポーションを作る事が出来ません--」
リアナの言葉に落胆の溜息がそこらかしこで漏れた。
リアナは気にすることなく言葉を続ける。
「だけど、Dランクのホーリーポーションなら作れます。体中の毒を解毒することは出来なくても、いくらかは解毒出来るはずです。殿下が死に至るまでの時間を少しは延ばせるはずです」
一同はリアナの言葉を真剣な表情で聞き入っている。
「そして、このカタシウム洞窟からバルキノの森までは近い。バルキノの森でホーリーポーションに必要な素材を全て手に入れる事が出来ます。ホーリーポーションを作り続ければ少しは作る事の出来る品質も上がると思います。作ったホーリーポーションを殿下に飲ませ続ければ、王都に薬を取りに行った者が戻って来るまでの時間を稼げるかもしれない。だから、皆さんにはバルキノの森で素材を取ってきて欲しいのです」
そう言ってリアナは周りを見回した。
「すごいな、嬢ちゃん!」と言ってオイゲンはリアナの頭を首が取れそうなほど強い力でガシガシと撫でた。
「ディータ、ハイン! おまえ達は直ちにバルキノの森で素材を探しに行け!」
アーベルは二人に向けて鋭い声で叫んだ後、リアナに跪いた。
「リアナ嬢、貴殿に全てを頼り負担をかけることになるが、殿下の為にお力を振るって欲しい」
先ほどの態度が一変して丁寧な言葉使いで接せられてリアナの内心はたじたじであったが、全力を尽くします、と答えた。
アデリーヌは流石リアナだわ、と言ってリアナをギュッと抱きしめた。
抜群のプロポーションを誇るアデリーヌの柔らかい膨らみがリアナの頬を圧迫する。
息が苦しくなったところで、ユイリーがアデリーヌにリアナが苦しそうだよ、と告げるとやっと酸素を大きく吸えるようになった。
ユイリーは優しくリアナを見つめて、
「僕とアデリーヌさん、オイゲンさん、ディータさん、ハインさんの五人が素材の採取に行くことに決まったんだ。リアナが失敗しても大丈夫なように僕たちも出来るだけ多くの素材を採るように頑張るから、難しい調合だと思うけどリアナも頑張って!」
と、言った。
すぐ戻って来ますわ、とアデリーヌはリアナをもう一度抱きしめながら言い、バルキノの森へと向かった。
その時になぜかオイゲンがニヤニヤとリアナを見ていたのが不思議であった。
洞窟に残ったのは厳つい顔のアーベルとアデリーヌ溺愛のアマデオ、無口が板についているリトニアであった。
なぜよりによってこのメンバーなのだとリアナは内心で頭を抱えた。
アーベルはまあいいだろう。彼はアレクシス殿下のことを一番心配していたし、たぶん相当に親しい間柄だということがわかるから、彼の身を心配して残っていても不思議ではない。むしろ、側に付いているべきであろう。
しかし、アマデオがなぜ残ったのかが、リアナには大いに謎を抱かせた。
アマデオは態度からわかる限りかなりのシスコンである。いや、シスコンという言葉さえ彼には生ぬるい。
だからこそ、アデリーヌがバルキノの森に採取に行くなら彼もひっついていくと思ったのである。
オイゲンの他にディータとハインという男がついているので心配はないと思うが、それでも万が一のことを考えてアマデオならアデリーヌ側を離れないはずなのだが--不思議である。
アレクシス殿下がもしもの為にと所持していた結界を張るアイテムを使っているので、虫一匹たりとも半径五メートル以内には入れないらしい。
さすが王族。すばらしいアイテムを持っている。
だから、リアナ達がいる場所は安全である。にも関わらずアマデオがここにいるのはおかしい、リアナはそう思っていたがまさか本人に効くわけにもいかない。
そして、リトニアは相変わらずの無言である。
空気が重かった。
だれも口を開かず、リアナの行動を注視していた。
リアナは収納袋から錬金術に使う道具と大きな一枚の白い布を取り出し、その上に今日採取したホーリーポーションを作るのに必要な素材を並べる。
魔石にブブナ草、そしてライカの実、これに光属性と水属性の魔力を込めればホーリーポーションのできあがりだ。
まず、ビーカーに入れた魔石に光属性の魔力と水属性の魔力を同時に注ぐ。
ここで注意しなければならないのは同じ量だけ注がないといけないことだ。
体の中にある魔力を慎重にひねり出していく。
ビーカーから光が溢れ、魔石はどんどん形を崩し溶けていく。光が徐々に収まりうまく混ざり合ったことを確認して魔力を流すのを止める。
ひとまず、ここまでは成功である。詰めていた息を吐いて次の作業へ取りかかる。
調合が集中力を要することがわかっているのか、だれも音さえ立てずにいる。
ビーカーの中にブブナ草とライカの実を一気に入れ、また同じように二種類の魔力を注ぐ。
注ぐ魔力の量は先ほどと同じ量の魔力でなければならない。
これがことのほか難しい。
気合いを入れてさっき注いだ量を思い出しながら、細心の注意を払う。
リアナはこの採取の為に様々なアイテムを作って用意していた。
攻撃アイテムから状態異常を引き起こすアイテム。もちろん回復アイテムも。
一年生がとうてい作れるものではない代物も。
護衛してくれたアマデオ等が思いの外優秀だった為に使う機会はなかったが、リアナの収納袋には数多くのアイテムが存在している。
リアナが複数属性を持つアイテムを作るのは、ホーリーポーションが初めてではなかった。
時属性と空間属性を使った収納袋を作ったことがあった。あいにくそのアイテムランクはDだったが。
そして、時と空間属性を持つ収納袋は難易度でいえばホーリーポーションよりずっと上である。
だからこそリアナはホーリーポーションもDランクなら作れると確信していた。
ビーカーの中では素材が混じり合い色が変化していく。
あと少しで出来る、そう思いながらもリアナは最後まで気を抜かない。ビーカーから光が完全に消える。
リアナは薄い緑に染まった液体を掲げ、「出来ました」と言った。
「おおこれが! 早く殿下へ飲ませないと」と言ってアーベルはリアナをアレクシス殿下の方へと急かした。
アレクシス殿下は顔から血の気が引いていてまるで死んでいるかのようであった。
ただ、顔から無数の汗が滴り落ちていることが、彼が生者であることを物語っていた。
リアナはビーカーを抱え、はてどうやって彼にこれを飲ませるのかと首を傾げた。
答えはすぐに出た。
アーベルが「リアナ嬢、ポーリーポーションを頂戴する」と言ってリアナの手から奪い、薄い緑色の液体を口に含み、殿下の唇へと運んだ。
マウスtoマウス、つまり、キッスである。
殿下は顔色が悪いが端正な容貌をしており、まさしく皇子にふさわしい麗しさである。しかし、がっちりと筋肉は付いており華奢な美少年といった風情ではない。
厳ついアーベルと殿下のキッスはリアナに衝撃を与えた。
しかも、一回でなく何度も液体がなくなるまで繰り返した。
命がかかっている真剣な場面であるのはわかる。わかるが――
チラリとアマデオとリトニアの顔を見たが、二人は当たり前の顔をしている。
リアナは自分が邪な想像をしていた事を恥じた。
実際のところ意識もなく自力で飲めないのだから誰かがアーベルの役をするしかない。
リアナが同じようにしろと言われても困るし、これが一番いい方法であったと納得した。
しばらくすると、殿下の顔に赤みが戻ってきた。汗も引いてきたように思える。
どうやら、効いているようだった。
アーベルはリアナに何度も礼を言って「これで殿下が」と言って瞳に涙を浮かべていた。
リアナはその姿を見て次のホーリーポーションを作る為に身をひるがえして元の位置へと戻って行く。
頭に重みを感じると、アマデオがリアナの頭に手を置き「よくやったね」と言ってアデリーヌに向けるかのような優しい笑みを浮かべていた。
そしてなぜかリトニアがアマデオを真似るかのようにポンポンと頭を撫でた。
リアナはリトニアの行動に驚き、アマデオの優しい眼差しにはドギマギしたが、頭を切り換えてホーリーポーションを新たに作り始める。
何回か繰り返し、時に疲れからか失敗もしたが、アデリーヌ達が素材をたっぷりと採って来ていたので困ることはなかった。
リアナがホーリーポーションを作るのに成功し、殿下の毒をわずかではあるが中和しているとわかると、アデリーヌはリアナに抱きつき、ユイリーは手放しで褒めてくれ、オイゲンはガシガシと頭を撫でてくれた。
ディータとハインも目を輝かせてリアナに礼を言って殿下も元へと駆けていった。
そして、リアナは真夜中まで眠気を抑えて調合し続け、ついに王都にホーリーポーションを取りに帰った男が戻って来た。




