遭遇
茂みから現れたのは体長二メートルほどの狼であった。がさがさという音がする度に一頭一頭増えていく。
そして合わせて六頭の狼がリアナ達の前に立ちふさがった。
グレイウルフ--体毛が灰色であることからそう呼ばれ、モンスターランクはE+でそれほど強くはない。ただし、彼らは常に群れで行動しているので数によってはDランクにとどく。明確な弱点はないが、その鋭い牙と瀕死に陥った時に最後の気力を振り絞って仲間を呼ぶ遠吠えにさえ気をつければ怖い相手ではない。
リアナはモンスター図鑑で王都周辺に出るモンスターを初め、今回の採取場所に出現するモンスターは全て頭に入っている。
試験で全く問題が解けなかったのが悔しかったのと、この世界は当たり前にモンスターが存在する危険な世界であることを村から王都に向かう道中で改めて認識したためである。
モンスターの情報をあらかじめ知っておくことがいかに大切であるか、それが戦う上で命を救うことになると思った。
今までのように結界に守られていた村で外に出ることなく生活する毎日ではない。錬金術師は素材採取の為にいろいろな場所に出向く。
高いランクの素材が採れる場所は、決まって強いモンスターが生息している。いくら護衛を雇うからといっても、守られてばかりでなくアイテムをうまく使い彼らを援護することが出来るようにならないといけないとリアナは思う。
アマデオがリアナ達を背後にかばい、オイゲンとリトニアがグレイウルフへと立ち向かう。
グレイウルフ達は、牙を剥き出しながらうなり声をあげ、今にも飛びかかろうとするかのごとく身を屈める。
そんなグレイウルフを気にすることなくオイゲンはニヤリとした余裕の笑みを顔に浮かべながらゆっくりと近づいていった。
危ない!
グレイウルフが飛びかかりオイゲンへと牙が届こうとした瞬間、キャウウンと甲高い音が聞こえ、グレイウルフは血を流しながら血に伏していた。
リアナにはオイゲンがいつ刀を抜いたのかさえわからなかった。目はいいはずなのだが、剣筋が全く見えなかった。
あまりにもあっけなく仲間の一頭が倒されたことにグレイウルフ達は怖じ気づいたようだった。
その隙を見逃さず、リトニアが残りの五頭に駆けていく。反応の鈍い奴らを素早い動きで確実に仕留めていく。
彼女の腕が振れる度にグレイウルフの首がドサリという音を立てて胴体から離れる。グレイウルフが飛びかかってもそれをひょいっと避け、たった一太刀で首を切り落とす。風のように素早い身のこなしで、あっという間に全てを倒した。
辺りにむっとする生臭い血の臭いが広がった。
オイゲンが学校で十指に入ると言っていたのは伊達じゃなかった。
リアナは王都に試験を受けに行くときにオルドの馬車に乗せてもらったが、彼らはその時の護衛達とは比べものにならないほど強いと思った。
オルドが雇っている護衛達も腕利きだと言っていたが、少なくとも剣筋が見えないなんてことはなかった。
「おーい、こっちに来いよ! おまえらこいつの素材剥がなくていいのか? 確か牙は錬金術の素材になるはずだぞ」
オイゲンがそう言ってしげしげと死体となったグレイウルフの口を開け鋭い牙を見る。
「さて、もう危険はないようだからあちらに行こうとしようか」
アマデオの言葉に促されてリアナ達の足は血だまりの方へと進む。
「グレイウルフの素材は残念ながら、わたくしとユイリーの属性で作れるアイテムではありませんのでリアナが全部いただくといいですわよ」
「い、いいの? 本当に貰っても?」
「ええ、もちろんよ」
「そうだよ、僕たちには必要ないからね。」
リアナは二人の好意に甘えることにした。その代わりにグレイウルフの牙でアイテムを作ったら渡そうと考えた。
「ほらよ」そう言ってオイゲンがリアナへ牙を手渡す。どうやら代わりに牙を剥ぎ取ってくれたようだ。
オイゲンは粗暴なようでいてこういった気遣いに長けている。
「ありがとうございます! オイゲンさんもリトニアさんもすっごく強いんですね! 特にオイゲンさんがグレイウルフを切った瞬間なんて全くわからなかったです」
リアナは尊敬の眼差しを送った。
「ははは! まあ、俺は強いからな。それと前にも言ったが敬語はなしだ」
そう言ってリアナの頭を力強く撫でた。
その間リトニアは黙々とグレイウルフの腹を捌いていた。そして腹の中から魔石を取りだし、「これ」といってリアナの方へと血にまみれた手を向ける。
戸惑っているリアナにオイゲンが、やるって言っているからありがたく貰っておけ、と言った。
リアナがそおっと両手を差し出すとコロンっと二つの魔石が手のひらに乗った。それを確認すると、リトニアは無言で去って行った。慌ててリアナは彼女の背中に向かってお礼を言った。
リトニアは無口でマイペースな性格の為、態度も素っ気なく、リアナは嫌われていたらどうしようなどと心配していたが、彼女の優しさに触れ心が温かくなった。
目をやると、リトニアはユイリーやアデリーヌにも二つずつ魔石を渡していた。
もう周りにはモンスターはいないとの事で採取を続ける。バルキノの森で採れる粗方の欲しい素材を採取して全員が満足したところでカタシウム洞窟へと向かう。
採取の途中に時々モンスターが現れ襲いかかってきたが、オイゲンとリトニアにサクっと殺され、リアナ達に素材として収納袋に納められた。
アマデオは一度も戦うことはなかったが、常にリアナ達を守るように前に立ち、オイゲンとリトニアが万が一、殺しそこねた時に備えているようだった。
もし、収納袋がなかったらせっかく採取した素材も捨てることになっただろうと思った。それほど多くの素材がリアナの収納袋には入っている。重さも変わらず大量のものを入れることが出来、本当に便利なアイテムだと思った。
「あっ! 岩石地帯だ!」
森が開け大きな岩と石がそこらかしこに転がっている。そして、奥に大きな洞窟が見える。
足下には無数の小石が転がっているので歩きにくい。何度か足をとられ転けそうになる。リアナも気を付けていたが、つま先に小石が引っかかり大きく体制を崩した。
痛みに備えていたところで、ふわっと体が浮き、逞しい腕に抱き抱えられていた。
固い鍛えられた筋肉が付いているのが服を通してでもよくわかった。さらさらの髪からわずかに香る甘い花の臭いが鼻先を擽った。
そして、顔を上げると目の前に美の女神の寵愛を十分に受けて作られた麗しい顔があり、リアナはしばらく見惚れてしまった。
はっと意識を取り戻し、焦った声で言った。
「あ、アマデオ様! 下ろしてください! もう大丈夫です!」
「じたばたしない! リアナ嬢はさっきから石に足を取られてばかりで、さっきも私が助けなかったらこけて怪我をしていたよ。いいから、おとなしく運ばれていなさい!」
物腰が優しいアマデオには珍しいくらい強引であった。
「お兄様の言うとおりですわ! リアナが怪我したら大変ですもの」
そう言ってアデリーヌが援護射撃をすると、オイゲンが、
「そうそう、こいつが女を抱き上げるなんて珍しい事なんだぜ。どれほどの数の女が腕に抱き上げられたいと思っていることか。役得とでも思っとけ」
そう言ってニヤリと笑う。
アマデオはオイゲンの言葉に眉を顰めたがなにも言わなかった。
リアナには洞窟までの道のりが永遠かと思うくらいに長く感じられた。やっとのことで地面に下ろされた時にはほっとした。
「おい、気をつけろ」
「ああ、わかっているよ。ライトのアイテムを使っている。この先に誰かいるね」
オイゲンとアマデオの会話には緊張感が漂っていた。
そう言われてみれば、洞窟の中は灯りがなく、光も届かないはずなのに、奥から灯りが漏れている。
オイゲンはあるアイテムを取り出す。
そしてアイテムに魔力を少し流すと持っていたアイテムが光を発し始め辺りが明るくなる。
オイゲンが先頭を行き続いてリトニア、アデリーヌ、リアナ、ユイリー、そして最後尾はアマデオである。
警戒をしながら、なるべく足音を立てないようにしてしばらく進むと光の源へと近づき、人影が見えた。
近づいていくと、一人の男が地面に倒れていて三人の男がその人を囲むようにしているのが見えた。
「なんとか、ならないのか! このままではアレクシス殿下のお命が!」
「クリストフが今急いで王都に薬を取りに行っていますが、間に合うかどうか」
「くそっ! 他に方法はないのか!」
怒鳴り合うような声が聞こえてくると、オイゲンが「まさか」と呟き、顔色を変えて急に走り出す。
リアナもみんなが顔色を変えて走り出したので負けじとついていく。
向こうもリアナ達に気づいたようで警戒したように立ち上がった。
「騎士科のオイゲン・ミルフォードとアマデオ・マクレーンそしてリトニア・モートンだ! もしかしてアレクシス殿下になにかあったのか?」
その名前を聞いたとたんに警戒を緩め、助けを求めてきた。
「アレクシス様が大変なのだ! ウズグキルグモに噛まれて――ホーリーポーションを持っていないか?」
「なんだって! 殿下が!?」
「それは本当なのか? いったい何があったのだ? いや、いい。今は殿下のお命が大切だ」
「おい、オイゲンおまえはホーリーポーションを持っているか?」
「持っていたらすぐに出しているよ」
「そうだな、私も持っていない。リトニアは?」
アマデオの問いかけにリトニアは首を横に振って答えた。
「アデリーヌ、リアナ嬢、ユイリー君は持っているかい?」
三人は当然のごとく持っていなかった。
「くそっ! まさかこんな場所にウズグギルグモなんて大層な奴が出るなんて思わないからな。それにホーリーポーションなんて滅多にお目にかかれない代物だ。持っているわけねえよな」
オイゲンは拳を地面に叩きつけ、悔しそうな表情でいう。
「殿下がウズグギルグモの毒を受けてからどのくらい経つ?」
「およそ一時間前だ。今仲間の一人が王都まで戻って薬を取りに行っているところだが--」
そう言って男は言葉を途切れさせた。その言葉を引き継ぐようにアマデオは口を開く。
「王都まではどんなに早く馬を飛ばしても片道三時間はかかる。往復で六時間。ウズグギルグモの毒を受けて生きていられるのは五時間が限度。それでは間に合わない!」
アマデオは語気を強めた。
「だが、アレクシス殿下の体を動かせば毒があっという間に回り一時間ももたない! くそっ! どうすれば?」
男はどうしようもない絶望感に包まれた。
「あの-、もしかしたら殿下を救うことが出来るかもしれないです」
リアナのおずおずとした声が洞窟に響き渡った。




