採取の旅
リアナは目を擦りながら食堂の扉をくぐる。というのも、昨夜は興奮してよく眠れなかったからだ。
前世も遠足や修学旅行などのイベントごとの前日は気が高ぶってなかなか眠れず、当日の朝は瞼がおちそうなほどの眠気と戦ったものだ。
少し時間がたてば頭もはっきりしてくるのだが、いかんせんこの幼い体ではなかなか寝不足というのは負担になった。
そんなリアナに気づいたユイリーは手に持っていたパンを皿の上に戻し、名前を呼んで手招きしてくれた。
ユイリーの隣に腰をおろす。今日は闇の日なので今の時間に食堂を利用している生徒は少ない。
闇の日と光の日は国民の休日で授業がない。よってリアナ達のように早くに起きる必要がなくほとんどの生徒はまだベッドで惰眠をむさぼっているだろう。
眠そうな顔をしているリアナにユイリーが口元を緩めて話しかける。
「眠そうだね、昨日はよく眠れなかったのかい?」
「うん、今日の採取の事を考えるとわくわくしちゃって、いろんなこと考えていたら目がさえちゃったの。」
「うーん、僕はむしろ緊張の方が大きいなあ。アマデオ様と一晩一緒に過ごすと考えると今から胃が痛くなるよ。」
リアナが同意の声を発する前に背筋が寒くなるような声が背後から聞こえてきた。
「へえー、ユイリー君はそんな風に思っているんだ」
ユイリーの顔色からは血の気が引いて青くなっていた。言い訳の言葉も思いつかないようで、ピクリとも動かない。
そんなユイリーからそっとリアナは目をそらした。心の中で謝罪を繰り返しながら。
リアナは後ろを振り向けなかった。声の聞こえた場所から察するに、背後にアマデオがいることはわかっていたからだ。
そんな緊迫感漂う空気を壊したのは、アデリーヌの明るい声だった。
「おはようございます、リアナにユイリー」
空気を読まないアデリーヌが今のリアナ達には天使に見えた。
「おはよう、アデリーヌ。今日はいい天気だよね。雨の中野営なんてことになったら悲惨だし、晴れて本当によかった」
リアナは内心で助かったと思いながら、アデリーヌに話しかける。
ユイリーは固まったまま、意識がどこかに飛んでいるようであった。よほど、アマデオに聞かれたことがショックだったのだろう。
アマデオはアデリーヌの挨拶を結果的に無視する形となったユイリーを睨め付けた。
ユイリーが気づかなかったことは彼の心の平穏のためには幸運だっただろう。
「あら、リアナには言ってなかったかしら? 実家の占術師が採取に行くにふさわしい日を選んだから、今日も明日も晴れのはずよ」
「占術師? その人は天候が予想できるの?」
リアナは不思議そうな顔をして聞いた。
「ええ、天候だけでなくいろんな事を占えるわ。貴族にはお抱えの占術師がいるものよ」
占術師の存在にうさんくささを感じたが、確かに今日は晴れているし、錬金術師がいるのだから占術師がいても不思議はない、と納得した。
アデリーヌがリアナの前に座り、アマデオはアデリーヌの隣――つまりユイリーの正面に座った。
やっと正気に戻ったユイリーはアマデオの行動に顔が引きつっていた。とことんついていない男である。
リアナの瞳にはアマデオはユイリーの反応を心なしか楽しんでいるように見えた。
そしてしばらくすると、赤い短髪の毛先が寝癖であちこち跳ねているオイゲンが「おはようさん」と一同に挨拶しながらアマデオの隣にどかっと座った。
リアナはオイゲンと一緒に食堂に入って来てリアナ達が座っているテーブルの横に無言で佇んでいる少女が気になった。
墨で染めたような艶を含んだ黒髪が美しい。手足は細く華奢でピクリとも動かない表情と相まって名のある巨匠が何年もかけて作った精巧なビスクドールのようだった。
シミ一つない雪のように白い肌は不健康そうにみえるかもしれない。彼女の艶めかしさせえ感じさせるほどのよく熟れたリンゴのような唇が彼女に人間らしさをわずかに与えている。
そして、形のいい唇からは「紹介」という文章にはほど遠い短い単語が発せられた。
「あー、そうだった! リトニアとは初めて会うんだったな」
オイゲンが髪をがしがし掻きながら言う。
「こいつはリトニア。俺やアマデオと一緒で騎士科に属している。学校でも十指に入る腕だぜ! まあ、俺の方が強いがな!」
そう言ってニヤッと笑う。
リアナはリトニアが騎士科に属しているということに内心驚いた。というのも彼女の体は服の上からはとても華奢に見え、アマデオやオイゲンのような筋肉がついているように見えなかったからだ。
十指に入るってそうとう強いのではないのだろうか。オイゲンはそれより強いとなると--
リアナの目は輝いていた。
「私とオイゲン、リトニアが今回の採取の旅に同行して護衛するメンバーだ。オイゲンの言うように私を含め二人とも腕には自信があるから安心して欲しい」
「お兄様達の腕は信用していますわ! リトニアお久しぶりですわね、オイゲン兄様は知っていると思いますけど、こちらがわたくしの友達のリアナとユイリーですわ!」
紹介にあずかった二人は慌てて口を開く。
二人は自らの紹介をリトニアに向けてする。そして三人に護衛を引き受けてくれた事に関しての感謝の言葉を言う。
「アデリーヌの友達だからね、これからも僕らを頼るといいよ」とアマデオが。
「俺にとっても戦闘訓練になるから、大歓迎だ。モンスターと戦うほど強くなれるしな」とオイゲンが。
「問題ない」とリトニアが。
オイゲンの言葉でどうやら教師が言ったように騎士科の生徒にとっても利益があるとわかって安心した。
そしてリトニアは筋金入りの無口らしいことがわかった。
リアナの今の気持ちはお尻が痛いそれだけだった。馬に乗るとこんなにお尻が痛むとは思いもよらなかった。
しかし、リアナ以外の者は平気な顔をしている。
もしや、本当は痛いのに顔に出さないように必死で我慢しているのだろうか?
リアナが予想外だったのは採取地であるバルキノの森まで馬に乗っていくということだった。てっきり馬車を借りて行くのだとばかり思っていた。
馬は三人が個人で所有するもので、騎士科の生徒は皆自分の馬を持っているらしい。
リアナは今オイゲンの背中に振り落とされないように亀のようにしがみついている。二人乗をするならリトニアがよかったが、アマデオとアデリーヌ、リアナとオイゲン、ユイリーとリトニアという組み合わせで乗ることになった。
なんでも、馬の負担を考えると体重的にこの組み合わせが一番いいらしい。ユイリーは異性と相乗りすることに最後までもごもご言っていたが黙殺されていた。
運良くモンスターに出会わず、もうお尻の皮が剥けてしまう限界だ、と思っていたところでやっと第一の目的地であるバルキノの森に着いた。
オイゲンが馬から下りられないリアナを抱き上げて地面へと下ろす。
リアナは足をがくがくさせながらへなへなと地面に座り込んだ。
「おい、大丈夫か?」
目に心配の色を宿したオイゲンが話しかける。
座り込んだリアナの周りに皆が集まってくる。
「うう、お尻が痛いよ。みんなは平気なの?」
一同は目を見合わせ納得がいったという顔をした。
「貴族は小さい頃から乗馬の訓練をしていますから馬に乗るのは慣れていますの。でもわたくしも馬に乗ったばかりの頃はリアナと同じでしたわ」
アデリーヌが慰めの言葉をかける。
リアナは情けない顔をしながらごそごそと収納袋の中からあるアイテムを取り出す。
そう、ポーションである。
皆の視線を感じながらごくごくっと一気に飲み込んだ。体中がじんわりと温かくなる。特に痛かったお尻の部分に熱が集中しているようだった。
わずか五秒ほどで、すっかりと痛みはなくなった。全身の疲れも消え、力がみなぎってくるようだった。
「りあな、今飲んだのはもしかして……?」
ユイリーがおそるおそる問いかける。
「うん、ポーションだよ」
「いやいやいや、ちょっと待て! いくらなんでもポーションってもったいなさすぎだろ!」
オイゲンが突っ込む。
「いいえ、オイゲン兄様はわかっていませんわ! 放っておくと夜には腫れ上がり痛みで眠れなくなりますのよ! そうなったらどう責任とってくれますの?」
アデリーヌの言葉にはずいぶんと実感がこもっていた。まるで彼女がそうだったかのように。
リアナとしてもこんなことでポーションを使うのは懐的にも痛くもったいなかったが、腕や足と違って普段怪我しない場所だけに我慢できなかった。
だから、アデリーヌが味方してくれて助かった。
オイゲンもアデリーヌの勢いに押され頷いた。
バルキノの森はちょうど王都から真西に位置していて、多くの動物とモンスターが生息している。
そして、バルキノの森のモンスターは弱く、騎士学科に通う生徒の初めての野外演習場所に選ばれている。
三キロほど続く森を抜けると、今度は岩石地帯になりそこにはカタシウム洞窟がある。
バルキノの森には錬金術に使える植物が多くある。特に薬草類が豊富で現在確認できる薬草の七割がここに生えているといえる。
一方、カタシウム洞窟は様々な鉱石がとれる。そのため武器屋や防具屋など鍛冶職についている者もよく訪れる。
どちらも採れる素材のランクは高くないが、出てくるモンスターも弱く、王都からも近いため採取地として人気の場所である。
リアナは学校で配られた分厚い植物図鑑と見比べながら、錬金術の素材となる植物を採っていく。
ポーションの素材となるアルギナ草をかたっぱしから収納袋に詰め込んだ。五十株ほど密集して生えていたのがラッキーだった。
アルギナ草は根から取らなければ一週間ほどでまた生えてくるらしいので遠慮する必要はない。
その他にも魔力を回復するためのマジックポーションを作るための素材となるトリナ草や攻撃アイテムのフレイム草など様々な素材を喜々として採取していく。
アデリーヌやユイリーも少し離れた場所でリアナに負けじと採取に勤しんでいた。
護衛の三人はいつモンスターがあらわれてもいいようにと立って周囲を警戒していた。
そんな中、「モンスターだ! 採取を止めてここに来い!」とオイゲンが叫ぶ声がリアナの耳に入った。




