皇子の目覚めと陰謀
男は疲労困憊といった様子で今にも倒れ落ちそうであったが、彼は息の整わない呼吸を気にもせずアーベルの元へと足を運ぶ。
「はあ、はあ、ホーリーポーションはここに......はあ、はあ、殿下は......殿下は無事であらせるのか?......はあ、はあ、俺は間に合ったのか?」
そう言ってアーベルに透明な小瓶を差し出す。
小瓶の中には薄い緑色の液体が並々と入っていた。
男は休むことなくひたすら馬を飛ばし王都へと全力で駆けたのだろう。
そして、王都でも一息も入れる間もなく戻って来たのだろう。
アレクシス殿下の命を救うことの出来るホーリーポーションを一刻も早く届けるために。
実際のところ、リアナがいなければアレクシスは生きてはいなかっただろう。
リアナのおかげで完全なる解毒は出来ないまでも、容態は安定し顔色にも健康的な赤みが戻ってきていた。
「安心しろ、殿下は生きている。おまえは間に合ったんだ、後は任せてゆっくりと休め」
アーベルは男に労るように告げた。
男はその言葉を聞くと安堵の笑みを浮かべ、そのままドサリと音を立てて倒れた。
すぐ側にいたディータとハインが慌てて男の側に駆け寄ったが、男が寝ているだけだとわかると、そのまま寝かせておくことにしたようだった。
アーベルは受け取った小瓶を傾け出てくる液体を口に含む。
そして、おなじみの口移しを行った。
自然と全員の視線が二人に集まる。
アーベルは顔色一つ変えずに小瓶の液体が完全に空っぽになるまで何度か繰り返す。
リアナはその光景を見ながら、もしかして日本でも昔は衆道が盛んだったし、この世界でそうなのかな、などというアホなことを考えていた。
そして、リアナはその誤解をかなりの長い間持ち続けることになる。
一同はアレクシスに命の危機が去ったことに喜んだ。
特にアーベルは何度もリアナに礼を言い、褒め称えた。
リアナは堪えきれない眠気でうつらうつらと首が揺れていた。
それにいち早く気づいたアマデオはリアナをさっと抱き上げて、
「アーベル殿、リアナ嬢は疲れているみたいなので」
と、言って毛布を取り出しリアナを包んでくれた。
「気がきかなくてすまない。ゆっくり休まれよ」と言ってアーベルは頭を下げた。
アマデオはリアナを抱き抱えたまま座り、このまま眠りなさい、とリアナに穏やかな声で言った。
いつものリアナだったら、アマデオの腕の中で眠るなんて冗談ではないと断るのだが、瞼が重くて、頭の芯がどんどん溶けていくようでなにかを考える余裕なんてなかった。
初めて馬に乗り、採取だけでも疲れていたのに難易度の高いアイテムを真夜中までひたすら作り続けた リアナの疲れは限界であった。
只でさえその幼い体は疲れやすく睡眠を多く必要とするのだ。
リアナの今の状態は当然と言えよう。
リアナの体をすっぽりと包み込んでくれるアマデオの腕の中は存外に心地よく、体から力が抜けていき、そしてリアナは夢の世界へと旅だった。
そんなリアナを見つめるアマデオの瞳は優しい光がともっていた。
「もう、お兄様だけずるいわ!リアナを一人占めして」
アデリーヌが怒ったようにアマデオに突っかかる。
しかし、そんなアデリーヌの言葉を意に介さず、
「ほら、アデリーヌも疲れただろう。ここで休みなさい」
そう言って、収納袋から毛布を取り出しアデリーヌへと渡す。
ブツブツと文句を言っていたアデリーヌも実のところ疲れていたので少し経つとアマデオに寄りかかって眠っていた。
「妹以外の女に冷たいおまえがどんな風の吹き回しだ?」
オイゲンはニヤニヤと腹の立つような笑みを顔にのせ揶揄する。
「特に深い意味はない。アデリーヌの友達だから気をつかっているだけだ。それにおまえには関係ない」
アマデオは感情を乗せることなく言った。
「ふーん、それにしては優しすぎないか?」
「なにがいいたい?」
アマデオは苛立たしげに言う。
「まあ、いいけどよ。おまえは自分が嬢ちゃんに時々どんな目を向けているか早く気づいたほうがいいぜ」
そう言って、ユイリーとリトニアがいる方へと戻って行った。
男の興奮したような大声が眠りの奥底に沈んでいた意識を覚醒間近まで押し上げる。
堅くて温かいものに包まれている--堅い? 温かい?
リアナは昨日の眠りに落ちる間際のことを思い出し一気に目が覚めた。
堅いものの正体はアマデオの筋肉で温かいと思っていたものはアマデオの体温だった。
リアナは自分がアマデオの腕の中で眠っていたことに気づくと、慌てて腕から抜け出す。
「す、すみません。わたし、あのまま眠ってしまって......アマデオ様に迷惑をかけてしまいました」
リアナは勢いよく頭を下げた。そして、おそるおそる尋ねる。
「も、もしかしてアマデオ様は昨晩眠られていないのでは?」
「一晩や二晩眠らなくても鍛えているからね。気にすることはないよ」
アマデオはあっさりとした口調で言ったが、リアナはそれを聞いて内心で悲鳴を上げる。
「それより、殿下も目覚めたようだから、あちらへ行こうか」
そう言ってリアナを促した。
リアナが目を覚ますきっかけとなった煩い声の持ち主はアーベルでオンオンと男泣きをしていた。
目をやれば、リアナとアマデオ以外がアレクシスを囲むように集まっていた。
アレクシスはすっかり毒から回復して元気なようで、アーベルの様子に苦笑を浮かべていた。
アレクシスの蒼い瞳がリアナを捉える。そして、形のいい口を開いた。
「君がリアナだね? 君がいなかったら僕は生きていなかったとアーベルから聞いたよ。ありがとう、命を救ってくれて」
そう言う声にはどこか優雅さを感じさせた。
そして、彼が続けた言葉にリアナは息を呑むことになる。
「だけど、君には悪いことをしたね。君が僕の命を救った事が広まれば、君は危うい立場に立たされる。僕はある人物に疎まれていてね。今回受けた毒もその人物の手駒が仕掛けたものだろう」
「で、殿下そのことは--」
そう言ってアーベルはアレクシスの言葉を止めようと試みるが、彼に手で制されて、口を噤んだ。
「彼女には知る権利がある。そして、ここにいる者全員にも。まさか、ウズグギルグモの毒をつかうとは--あいつにとっては完璧な作戦だったはずだ。だから、僕が今生きていることは完全な計算外だろう。自分でもよく生きていたと思うよ。まさか、ホーリーポージョンを作れる光属性と水属性を持つ者がちょうど居合わせるとは、なんという天の采配だろうか。僕は幸運だな。あいつは、僕がなぜ生き延びたのかをどんな手を使っても知ろうとするだろう。そのことで君たちにも危害が及ぶかもしれない」
洞窟の中は静まりかえっている。
そんな中で、憂いた表情でアレクシスは自分を取り巻く現状について話し始めた。




