閉話 ユイリーの受難
ユイリーは男爵家の次男である。しかし、貴族であるといっても貧しく、さすがに食うに困るようなことはなかったが、持ち物の大半は長男のお下がりであった。
そんな状況で王都において毎年開かれる社交パーティに出席する余裕なんてなかった。
兄であるジョシュアの服を借りて着ていけば、笑いの的になることはわかりきっていた。流行は毎年変わるので、最先端の衣装を着ていかなければお金がないことを意味し侮られることになる。
ジョシュアは領地を継ぐ長男として社交界への参加は必要だったが、ユイリーは次男だったのでお金の問題もあり出席したことはなかった。
両親はユイリーに申し訳なさそうにしていたが、ユイリーに不満はなかったし、家で本を読んでいる方がよかった。
兄のジョシュアの話を聞いていると、せっかく豪華な料理が出てくるのに食べることが出来ずにひたすら挨拶回りをして、愛想笑いをしながら自慢話に耳を傾けなくてはいけないらしい。
男爵家のような下級貴族は上級貴族に目を付けられないように色々と気をつかうようだ。
ユイリーはそんな場所に行くことに興味を持てなかったが、ユイリーの年の離れた妹であるシシリーは煌びやかなパーティに憧れを持っているようだった。というのも母親が寝物語に父親とパーティで出会った経緯を話したのが原因らしい。
貧乏なことを自覚していて普段は我が儘を言わないユイリーが錬金術師になりたいと言った時は両親揃って驚いた。
受験料、入学金、授業料を合わせるとポンと出せる金額でなかったが、両親にはユイリーに対しての負い目があった。
長男であるジョシュアは跡取りとして必要なお金をかけた。そして、末っ子のシシリーは遅くに生まれた女の子だということもあって自然と甘やかしていた。ユイリー自身が不満も言わずそれでよしとしていたので結果的に一番割を食っていた。
そんな彼の初めてとも言える我が儘を両親は何とかして叶えてやりたいと願い、一層節約に励んだ。
ユイリーもなんとか一発で合格しようと必死で勉強したかいがあって見事合格できた。
そしてリアナとアデリーヌと出会い友達になった。
ユイリーは困っていた。
部屋の外からは激しくノックを繰り返す音が聞こえる。このまま居留守を使おうかと思ったが、そうすると明日が恐ろしい。
逡巡しながらも仕方なく音が鳴る方へと足を向けドアを開けた。
「遅いですわ! もっと早く開けなさい!」
ユイリーを押しのけるようにして部屋の中へと足を踏み入れたアデリーヌは理不尽な言葉を投げつける。
「アデリーヌさん! 夜に男の部屋を訪れては行けないと何度も言っているのに!」
ユイリーは無駄だと思いながらも何回目かの忠告をアデリーヌへする。
「ユイリーは友達ですもの、心配はいりませんわ!」
ユイリーはアデリーヌの根拠のない自信に満ちた言葉に溜息をこぼす。
ここ最近は夜になるとずっとアデリーヌはユイリーの部屋にやって来ていた。――というのも原因はリアナにある。
リアナの様子は日が立つにつれ素っ気なくなっていったのである。選択授業に何をとるのか聞くと、まだ決めていないと言葉を濁しすぐ話題をそらそうとする。
そんな日が続き、必修授業しか重ならなくなった。ここまでくれば、リアナがユイリーやアデリーヌを避けているのが明らかである。
ユイリーも最初は理由がわからなかったが、最近出回っている噂からある推測を立てることが出来た。
「リアナはどうしてわたくし達を避けるのですの? ユイリー、リアナに理由を聞いて来なさい!」
「アデリーヌさんが聞いてくればいいじゃないですか?」
「そんなことをして、わたくしが嫌われたらどう責任をとってくれるのですの?」
「それを言ったら僕だって、嫌われるかもしれないじゃないですか!」
「ユ、ユイリーが嫌われたらわたくしが取り持ってさしあげますわ!」
「アデリーヌさん!」
しどろもどろに言い訳の言葉を述べるアデリーヌにユイリーが強い口調で諫めるように彼女の名前を呼ぶ。
彼女は肩を落として、素直に謝った。
そんな様子にユイリーは自分の推測を述べる。
「アデリーヌさん、実はリアナが僕たちを避ける理由について少し思い当たることがあるのですが--」
「どういうこと? 知っているなら早く話しなさい!」
アデリーヌはすごい剣幕でユイリーに詰め寄り先を促した。
「リアナはおそらく複数の属性を持っているはずです。そしてそれを隠したいと願っているから僕たちを避けるのではないでしょうか?」
「リアナが複数属性を――すばらしいわ! 流石リアナですわ!---- でも、どうしてそれを隠すのかしら?」
アデリーヌは心底不思議そうな顔をして、どうしてリアナが二人を避ける理由になるのかわからない様子であった。
もしかして複数属性を持つことを知られたら、貴族であるユイリーやアデリーヌに利用されると考えて怖がっているのか?
いいや、おそらく違う。リアナの様子は僕たちから離れたいのではなく、むしろ逆に見えた。距離を置こうとする態度を取っているが、瞳は不安そうに揺れていた。
ユイリーが考え込んでいると、アデリーヌに肩を揺さぶられた。
「もう! 何時までぼんやりとしているのですの? ところで、ユイリーはどうしてリアナの隠していることを知っているのですの?」
「えーと、もしかしてアデリーヌさんはリアナの噂とか聞いてなかったりする--のかな?」
「り、リアナの噂--も、もちろん知っていますわ! 知っていますとも。ユイリーが聞いた噂とわたくしが耳にした噂が同じかどうか調べるためにユイリーから先に話すとよろしくてよ!」
アデリーヌの様子から知らないだろうことは丸わかりだったが、ユイリーは追及しないことにした。それより彼はアデリーヌが知らないことに驚いた。
「リアナはどうやら複数の属性の授業を受けているらしくてね。それだけなら酔狂な者もいるということで済んだのだけれど、リアナは学校の道具屋でかなりのアイテムを売っているらしい。それも複数の属性アイテムを。道具屋の主人がアイテムを売りに来た生徒に自慢のように話すから学校中に広がったというわけさ」
「どうやらわたくしが聞いた噂と同じようね」といって初めから知っていたかのごとく振る舞った。
そして二人は話し合い、思い切ってリアナに理由を問いただすことに決めた。
アデリーヌは部屋へと帰って行き、少し時間が立つと今度は静かなノックの音が聞こえてくる。
ユイリーはドアの外にいる人物を思い浮かべて強張った顔のまま待たせないように足早にドアへと向かい開けると、そこにはアデリーヌの兄――アマデオが冷たい表情で佇んでいた。
「ユイリー君、わかっているよね?」
「はい、アデリーヌさんには指一本たりとも触れていません」
「そう。しかしね、いくら友達とはいえ男である君の部屋に妹を招き入れる必要性はないと思わないかい?」
「はい。もちろんです。しかし、アデリーヌさんに何度も男である自分の部屋に来るのを遠慮してもらうように申し上げているのですが、友達だから大丈夫と押し切られてしまいまして。あの、アマデオ様からアデリーヌさんにお伝えいただくことはできないでしょうか?」
ユイリーはアデリーヌが部屋に来た日は必ず釘をさしに部屋へとやってくるアマデオにそんなに心配なのだったら直接アマデオがアデリーヌに言えばいいのでは? と思っていたのでそれをおずおずと告げてみる。
アマデオは目尻をつり上げた。
「そんなこと言って、私がアデリーヌに嫌われたらどう責任をとる?」
ユイリーはその言葉を聞いて、やはり兄弟なだけあって言うことがそっくりだと思った。
「はいはいはい。そこまで! まったく、シスコンはこれだから」
そう言って、オイゲンがアマデオの肩をつかむ。オイゲンはユイリーにウインクすると、ブツブツと文句を言っているアマデオを引きずって言った。
ユイリーも妹がいて少しシスコン気味ではあるが、ああはなるまいと心に誓った。
その後、ユイリー達とリアナは話し合い絆を深めるが、ユイリーの受難は続いていく。アマデオがシスコンである限りたぶんずっと。




