第58話:コハクの壁ドン奇襲! & シルヴィアの少年漫画修行
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前回の第57話では、少女マンガ騒動の怒涛の後半戦をお届けいたしました!
コハクがエレナそっくりに変身して甘い声で迫り、本物エレナが顔面大沸騰で追いかけ回すアトリエ大チェイス!
さらに元・王国筆頭軍師の母ミレイユによる妖艶な【実践壁ドン】が炸裂し、ミナトが生命の危機を感じる横で、学者パパ・エルヴァンの絶望と弟ルシアンの哀愁の合掌、そして手帳に猛烈な勢いでメモを取る女騎士シルヴィアという、全方位カオスの神回となりました!
そして迎える第58話は、少女マンガの熱気が冷めやらぬアトリエで巻き起こる、新たな大爆笑劇!
前夜の「かべどん(近接拘束術式)」を警戒・研究し、廊下を厳戒態勢で歩く生真面目な近衛騎士団長シルヴィア。
そんな彼女へ、コハクが【ミナトそっくりの姿】に変身して、背後からまさかの不意打ち壁ドンを敢行!?
大好きな主の至近距離フェイスに、王国最強の騎士長が脳内完全ショートを起こしてフリーズ!?
さらに、天界通販から届いた王道の少年バトル漫画を読んだシルヴィアが、「掌に気を集めて放つ術理」に武人として開眼!
真夜中の月明かりの下、大真面目に腰を落として気功波の修行を始めるシルヴィアと、ミナトの魂のツッコミが冴え渡ります!
天界の神々と新キャラクター(霊狐リン&配送妖精ピコ)も巻き込んだ、爆笑の修行回をどうぞお楽しみください!
アトリエ滞在二日目の午前。木漏れ日が柔らかく差し込む二階の廊下を、近衛騎士団長シルヴィアが抜き足差し足の鋭い歩調で進んでいた。
その右手には、昨晩ミレイユの妖艶な実践壁ドンを目撃した際に、猛烈な勢いで書き殴った革表紙の手帳が開かれている。
「左手による退路遮断に対し、右肩を引いて懐へ滑り込むか……。いや、至近距離での視線誘導がある以上、重心の移動がワンテンポ遅れるな。ならば腕を突き立てられた瞬間に、下から肘関節を跳ね上げるべきか……」
王国最強と謳われる銀髪の女騎士は、日本の少女マンガの胸キュンポーズを「恐るべき近接制圧格闘術」として、大真面目に迎撃シミュレーションを繰り返していた。
「あの騎士長さん、朝から何をブツブツ言いながら歩いているのかしら……?」
「お姉ちゃん、あれ昨日の壁ドンの対策だよ。すごく真剣な顔して廊下の壁を睨んでるもん」
部屋から顔を出したエレナとシエラが小声で囁き合っているが、シルヴィアの耳には届かない。
「いかなる暗殺術・拘束術であろうと、我が主の盾たる私が破れぬ道理はない……!」と、その双眸に武人としての純粋な闘志を滾らせていた。
だが――そんな無防備な背後から、音もなく忍び寄る小さな金色の影があった。
廊下の角の観葉植物の陰で、神獣コハクがニヤリと悪戯っぽく口元を歪めたのだ。
(かっかっか! 隙だらけじゃぞ、生真面目騎士長め! 昨晩の借りを返してやるのじゃ!)
コハクが七色のふさふさとした尻尾をキランと光らせると、ボフンッ! と白い煙が立ち込めた。
立ち上る煙を切り裂いて現れたのは――学生服を着崩した、黒髪の少年――【ミナト】その人だった!
偽ミナト(コハク)は猫のように足音を消してシルヴィアの背後に立った。
「むっ、何奴――」
シルヴィアが反射的に腰の剣へ手を伸ばそうとした、その刹那だった。
ドンッ!!
小気味よい破壊音とともに、シルヴィアの顔の真横数センチの壁に、制服の左腕が勢いよく叩きつけられた。
「…………えっ?」
背中は冷たい無垢材の壁。
左右の視界は腕と少年の身体によって完全に遮断されていた。
そして何より――ゼロ距離で見つめ合っているのは、黒髪に、見慣れた瞳。
寸分違わぬ、大好きな「我が主」の真剣な顔だった。
「主……っ!? な、なぜこのようなところに……っ、し、しかもこの至近の間合いは……噂に聞く『かべどん』……っ!?」
シルヴィアの思考回路が、一瞬にして真っ白に吹き飛んだ。
耳の先まで一瞬で沸騰したように真っ赤に染まり、心臓が早鐘のように暴れ狂う。
剣の柄を握っていた右手は完全に脱力し、背筋をピンと伸ばしたまま、瞳を丸くして直立不動で固まってしまった。
そんな極上の反応を見届けた偽ミナトが、ニカッと意地悪に笑った。
ボフンッ!
「かっかっか! 引っかかったのじゃー! 最強の騎士長とやらも、ミナトの顔の前には手も足も出ぬようじゃなー!」
白煙の中から現れたのは、床に転がってお腹を抱えて大笑いする一匹の子狐だった。
時が止まったような、一秒間の絶対の静寂。
次の瞬間、シルヴィアの顔面が、恥辱と怒りによって紅蓮の火の玉へと変貌した。
ジャキィィィィンッ!!
澄み渡る金属音とともに、白銀の愛剣が一瞬で鞘走る。
「き、貴様ぁぁぁ狐の分際で、我が主の尊き姿を騙って不敬な罠を仕掛けたなァァァ!!(抜刀)」
「ぎゃあああああっ!? じょ、冗談じゃ、ただの冗談なのじゃーーっ!!」
「問答無用! そのふざけた毛皮、三枚におろしてくれるわァァァ!!」
悲鳴を上げて廊下を猛ダッシュで逃げ惑う子狐と、鬼の形相で切っ先を煌めかせて追いすがる王国最強の女騎士!
アトリエの二階を揺るがす大チェイスの幕が切って落とされた。
「うわああああっ! ミナト助けてくれぇぇぇ!!」
一階のリビングへ転がり込んできたコハクを、ミナトが間一髪で首根っこを掴んで抱き上げた。
「コハク! お前また余計なことしたな!? シルヴィアさん、剣を収めてください! 家が壊れます!」
必死に仲裁に入るミナト。
ソファに座り込み、肩で息をしながら顔を赤らめるシルヴィアの元へ、タイミングよくミナトの神具スマホがピロリンと軽快な通知音を鳴らした。
光の粒子とともに、テーブルの上に現れたのは、厳重にプチプチ(緩衝材)で包まれた真新しい小包だった。
箱には、小さな羽の生えたイラストとともに、丁寧な手書きのメッセージカードが添えられている。
『【天界配送部・ピコ】:ミナト様! ルディナ様からご指定の【超人気・少年バトル漫画愛蔵版全巻セット】、神速梱包にてお届けいたしました! プチプチは多めに入れてありますので、潰して遊んでくださいね♡ レビュー★5をお待ちしております!』
「少年バトル漫画……? あ、ルディナさんが昨日言ってたやつか……」
ミナトがダンボールを開けると、少女マンガとは打って変わって、ド派手な必殺技や筋肉隆々の戦士たちが描かれた単行本が姿を現した。
息を整えていたシルヴィアが、引き寄せられるようにその中の一冊を手に取り、無言でページをパラパラとめくり始めた。
少女マンガの甘い駆け引きには激しい混乱を示していたシルヴィアだったが――見開きの大ゴマを目にした瞬間、その瞳がカッと見開かれた。
そこに描かれていたのは、主人公が腰を深く落とし、両手を腰だめに構えて体内のエネルギーを極限まで凝縮し、閃光とともに巨大な光線を前方へ解き放つ、伝説の必殺技シーンだった。
「こ……これは……ッ!?」
シルヴィアの手が、ワナワナと歓喜に震えた。
「体内の全霊力を丹田より引き上げ、掌の球体へと一点集中……指向性を持たせて一気に前方へ解き放つ破壊の術理……! なんと合理的で、美しき武の極致なのだ……!」
「あ、シルヴィアさん、それは少年漫画っていうフィクションで――」
「素晴らしい……! 少女マンガの『かべどん』は難解を極めたが、これぞ我が求めていた真の武! 我が主を外敵から護るための新奥義として、必ずや会得せねばならん!」
「いや、会得できるわけないですからね!?」
ミナトの制止も虚しく、シルヴィアの瞳には求道者の炎がメラメラと燃え盛っていた。
横から覗き込んだエレナまでもが、「体内の生体エネルギーを圧縮して物理放出……? 全属性理論の観点から見れば、外部魔力ではなく体内の生体循環を使えば……理論的には絶対に不可能とは言い切れないわね……」と羽ペンを顎に当てて真面目に考え込み始める始末だ。
そして――その日の夜。
アトリエの住人たちが寝静まり、樹海が深い静寂に包まれた頃。
喉の渇きを覚えたミナトは、冷たい水を飲もうとリビングを抜け、外の広場へと足を運んだ。
青白い月明かりが、木々の隙間から広場を静かに照らし出している。
だが――その静寂を切り裂くように、異様な熱気と風切り音が響いていた。
「ふぅぅぅぅ……吸う息で丹田を満たし、吐く息で両の掌へ集約する……」
広場の中央で、動きやすい薄着のインナー姿になったシルヴィアが、地面を踏みしめていた。
両足を肩幅の二倍に開き、膝が直角になるほど深く腰を落とす。
そして、両の手のひらを右腰の横で椀状に合わせ、プルプルと腕を震わせながら、物凄い形相で気を練っていたのだ。
「は…………っ! め…………っ!」
額に青筋を浮かべ、ギリギリと奥歯を噛み締めながら、何もない空間へ両手を突き出そうとする王国最強の近衛騎士団長。
月夜の森に響き渡る、あまりにもシュールすぎる光景。
ミナトは一秒間だけ立ち尽くし、次の瞬間に全速力で駆け寄った。
「何やってるんですか団長ーーーーッッ!?!?!?」
木霊するミナトの全力ツッコミ。
シルヴィアは構えを崩さず、汗だくの顔をミナトへ向けた。
「主かっ!? よいところに来られた! 見ておられよ、我が丹田の霊気が今まさに掌へと凝縮されつつある……! あと少しで青き光弾が具現化するはず……はぁぁぁぁっ!!」
「出ない! 出ないから! ここはファンタジー世界であってバトル漫画の世界じゃないですから! 気功波は出ません!!」
「ぬぅ……っ! 気の収束が足りんのか……! はぁぁぁぁっ!!」
「気合でどうにかしようとしないでください! 風邪引くから早く服を着て中に入りましょう!?」
必死にシルヴィアの腕を引っ張るミナトの胸ポケットで、スマホがけたたましく通知音を鳴らした。
画面には、夜の修行を見守っていた天界からのコメントが、狂ったような勢いで流れ込んでいた。
【主神アルト】:『王国最強が少年誌に毒されてて腹筋崩壊したwww 構えガチすぎて草生え散らかすww(50,000pt赤スパ寄付)』
【愛の女神フィリア】:『昼間の壁ドン赤面フリーズからのこのギャップ! 真面目に修行するシルヴィア様、愛おしすぎますわーーっ!(50,000pt赤スパ寄付)』
【霊狐 リン】:『コハク先輩、昼間に調子に乗って斬られそうになっててザマァみろなのですー! ざまぁざまぁ!』
【配送妖精 ピコ】:『シルヴィア様、もし気功波が出たらレビューに「威力バツグンでした」って書いてくださいね〜♡』
「ピコさんまで悪ノリしないでください! ほら団長、戻りますよ!」
「待ってくれ主、あと百回ほど撃ち出せば感覚が掴めそうなのだ……!」
「寝てください!!」
月夜の樹海にミナトの悲鳴のようなツッコミが響き渡る中、アトリエの夜は更けていく。
だが――この後、女子部屋でさらなる大事件(深夜の配信切り忘れ事故)が待ち受けていることを、ミナトはまだ知る由もなかった。
第58話を最後までお読みいただきありがとうございました!
アトリエ滞在2日目を舞台に、コハクの悪ノリ壁ドンと、シルヴィアの少年漫画修行をお届けいたしました!
前日の手帳を片手に「かべどん(近接拘束術式)」を警戒・研究していたシルヴィアに対し、ミナトそっくりの姿に変身したコハクによるまさかの不意打ち壁ドン!
大好きな主の至近距離フェイスに、耳まで真っ赤になって脳内完全ショートを起こすシルヴィアが本当に可愛すぎましたね!
その後の怒りの抜刀チェイスも、アトリエ名物のドタバタ劇として楽しんでいただけたなら幸いです!
そして、配送妖精ピコちゃんが届けてくれた少年バトル漫画によって、武人として謎の開眼を果たしてしまったシルヴィア!
月夜の森で腰を深く落とし、「は……っ! め……っ!」と大真面目に気功波を放とうとする最強騎士と、ミナトの魂のツッコミの掛け合いは書いていて最高に楽しかったです!
天界側でも、煽り担当の後輩狐・リンと、丁寧な看板娘妖精・ピコが加わり、コメント欄がさらに賑やかになりました!
次回――第59話もよろしくお願いします!




