第57話:元軍師ママの実践壁ドン! コハクの変身とアトリエ大パニック
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前回の第56話では、オタク美少女神ルディナの初天界クエストによって取り寄せられた日本の国民的少女マンガが炸裂!
夕暮れの教室での『壁ドン&告白』に、聖女ルミアが足をバタバタさせて悶絶し、エレナが顔面大沸騰で頭から白煙を噴き上げましたね!
さらに生真面目すぎる女騎士シルヴィアが「近接拘束術式(壁ドン)」として大真面目に誤読し、扉の隙間からは学者パパ・エルヴァンと苦労人弟・ルシアンが戦々恐々と覗き見ツッコミを連発いたしました!
そして迎える第57話は、少女マンガ騒動の怒涛の後半戦!
全方位の供給過多と大混乱でお届けする、爆笑の胸キュンパニック後編をどうぞお楽しみください!
赤々と燃える暖炉の火が、波乱の予感に満ちたリビングを照らし出していた。
テーブルの上には、先ほどまでルミアやエレナを悶絶のどん底へと叩き落とした国民的少女マンガの単行本が開かれたままだ。
母ミレイユが妖しげな笑みを浮かべて立ち上がったその時――テーブルの端に座っていた黄金の毛並みを持つ神獣が、いたずらっぽく目を細めた。
「かっかっか! この『かべどん』とやら、実に愉快な戦術じゃのう! 妾もひとつ、実践してみるかの!」
コハクがふさふさとした七色の尻尾をピンと立てて光らせると、ボフンッ! と真っ白い煙が勢いよく立ち込めた。
次の瞬間、煙を切り裂いて現れたのは――誰もが見覚えのある姿だった。
波打つ艶やかな黒髪、知性と妖艶さを湛えた紫水晶の瞳、そして胸元が大きく開いたローブ越しにも分かる豊満なプロポーション。
どこからどう見ても、そこに立っていたのは【エレナ・ローゼンバーグ】その人だった。
「ふふっ……ミナトくん♡」
偽エレナ(コハク)は、少女マンガのヒロインさながらに両手を胸の前で合わせ、とろけるような甘い声を響かせた。
そして、あざとく小首をかしげると、無防備にソファに座っていたミナトの腕へと、豊満な胸元を押し当てるように密着してきたのだ!
「私、本当はずっとあなたのことが好きでしたのよ♡ さあ、ぐずぐずしていないで……私を壁際に追い詰めて、激しく『かべどん』してくださらない?♡」
「ぶっっっ!?」
あまりの柔らかい感触と劇薬じみた台詞の破壊力に、ミナトの心臓が跳ね上がった。
だが、それ以上に凄まじい衝撃を受けていたのは、本物のエレナだった。
「ひゃああああああああっっっ!?!? わ、わわわ、私、そんな破廉恥な顔も声もいたしませんわぁぁぁぁ!!」
ボッフォオオオンッ!!
頭頂部から先ほどを遥かに超える白煙を猛烈に噴き上げ、顔面を熟れたトマトのように真っ赤にした本物のエレナがソファを蹴って立ち上がった。
「コハクちゃん、即刻変身を解きなさいっ! な、何を私の姿で殿方に恥ずかしいおねだりをしているのですかぁぁぁ!!」
「かっかっか! 素直になれぬ長女よのう! ほれほれ、ミナトくんの温もりは最高じゃぞ〜♡」
「ひぃぃっ! 私の体で擦り寄るんじゃありませんわぁぁぁ!!」
偽エレナがケラケラと笑いながらリビング中を逃げ回り、本物のエレナが両手を振り回して涙目で追いかける。
「あはは! お姉ちゃんが二人で追いかけっこしてる〜!」と妹シエラはお腹を抱えて大爆笑し、ルミアは「コハクちゃん、ミナトさんにそんな密着は許されませんわーっ!」と慌ててミナトの腕を引っ張って守ろうとする。
リビングが完全なカオスと化す中――スッと、その場にいた全員の背筋を凍りつかせるような、圧倒的な気配が動いた。
「ふふ、コハクちゃん。変身はお見事だけれど……本当の『かべどん』の真髄は、そんな甘いものじゃないわよ」
静かに歩み出たのは、母ミレイユだった。
艶やかな黒と紫色の髪を優雅に揺らし、ノーブルネイビーの落ち着いた服をまとった元軍師は、一切の足音を立てずにミナトの背後へと回り込んでいた。
「えっ……? ミ、ミレイユさん……?」
嫌な予感を覚えてミナトが振り返った瞬間、ミレイユは巧みな身体の捌きで、ミナトをリビングの壁際へと誘導した。
そして――ドンッ!!
乾いた、だが重厚な音が、アトリエのリビングに響き渡った。
「…………っ!?」
ミナトの息が止まった。
ミレイユの白くしなやかな右手が、ミナトの頭の真横の壁へと、寸分の狂いもなく勢いよく突き立てられていたのだ。
左右の退路は完全に遮断され、背中は冷たい無垢材の壁。
至近距離で見つめ合う、紫水晶の妖艶な瞳。
ふわりと漂う大人の甘い香水と――かつて隣国の侵略軍十万を無血降伏へと追い込んだ、伝説の元軍師特有の底知れない威圧感が、ミナトの全身を金縛りのように縛り付ける。
ミレイユは妖艶な微笑みを浮かべ、細く白い指先をそっとミナトの顎へと添えた。
そして、吐息がかかるほどのゼロ距離へと唇を寄せ、耳元で甘く、冷ややかに囁いた。
「ねえミナトさん……。こうして逃げ場を完全に奪われ、至近距離で見つめられると……心臓が止まりそうになるかしら?♡」
ゾクッ、とミナトの背筋を氷の刃が撫で上げた。
「ひ、ひぃぃっ……! ミ、ミレイユさん、やめてください……! 色気も物凄いんですけど、伝説の軍師の壁ドン、圧が強すぎてガチで暗殺される寸前の気分です……!!」
本気で命の危機を感じて青ざめるミナト。
だが、その光景を、リビングの扉の隙間から見ていた二つの視線は、全く別の意味で凍りついていた。
「ミ、ミレイユ……っ!? う、うそだろ……!?」
扉の陰でガタガタと震えているのは、父のエルヴァンだった。
温厚な学者の顔は完全に蒼白となり、銀灰色の髪を振り乱して取り乱している。
「結婚して二十年……私にすら一度も見せたことのない妖艶な笑みと角度で、若い青年に詰め寄っている……!? わ、私の立場はどこへ行ったんだい……!?」
激しいショックのあまり膝から崩れ落ちそうになる父の背中を、弟のルシアン(十一歳)が、トントンと無表情で叩いた。
「……父さん、哀れすぎます。母さんのあの目は、獲物を確実に仕留めにかかる軍師の目です。ミナトさん、ご愁傷様です。」
十一歳の少年が、静かに天を仰いで合掌した。
一方、リビングの現場でも悲鳴が爆発していた。
「お、お母様ぁぁぁっっ!?!? 何を我が家のお客様に、実践講義をしているのですかぁぁぁ!!」
本物のエレナが追いかけっこを放り出し、顔面を完全沸騰させて叫ぶ。
ルミアも顔を真っ青にして駆け寄り、「ミナトさんにそんなゼロ距離密着……いけませんわーーっ!」とミレイユの腕を必死に引っ張ろうと手を伸ばす。
だが――そんな修羅場の中で、唯一人、背筋をピンと伸ばして直立不動のまま凝視している者がいた。
近衛騎士団長・シルヴィアである。
「おお……っ! 腕の角度、爪先の重心、そして相手の目線を完全に支配する間合い……! 何一つとして無駄がない……!」
シルヴィアは懐から小さな手帳と羽ペンを取り出すと、鬼気迫る表情で紙面へ猛烈な勢いでメモを書き殴り始めた。
カリカリカリカリッ!!
「さすがはミレイユ元総帥閣下……! 無血で相手の戦意を喪失させる至高の拘束間合い、実に見事な制圧術式であります! 大変勉強になります!」
「シルヴィアさん!! 感心してメモ取ってないで助けてくださいよぉぉぉ!!」
ミナトの魂の叫びが木造のリビングに木霊した。
その瞬間――ミナトの胸ポケットに収められていた神具スマホが、けたたましく祝福のファンファーレを鳴り響かせた。
ピロリロリロリロリロ――ンッ!!
『【特別天界クエスト達成!!】
極上の悶絶顔と神懸かり的な心理制圧劇を確認!
報酬:500,000天界ポイントが付与されました!』
スマホの画面には、天界の神々からの狂乱のコメントが雨あられのように流れ落ちていた。
【遊戯と文芸の女神 ルディナ】:『ぎゃああああママさんの実践壁ドン草ァァァ!! シルヴィアちゃんが大真面目にメモ取ってて腹筋崩壊したww クエスト大成功!』
【愛の女神フィリア】:『悶絶、変身、ママの壁ドン、メモ魔の女騎士ちゃん! 全方位の供給過多で尊死ですわーーっ!!』
【主神アルト】:『ミナトが女軍師にガチでビビっててワロタww パパの哀愁と弟の合掌も最高すぎるww』
「ふふ、ごちそうさま。いい反応だったわよ、ミナトさん♡」
ミレイユは満足そうに微笑むと、壁からスッと手を離した。
拘束から解放されたミナトは、どっと押し寄せた疲労感に耐えきれず、壁を背にしたまま床へズルズルとへたり込んだ。
そこへ、手帳をパタンと誇らしげに閉じたシルヴィアが、引き締まった表情で歩み寄ってくる。
「我が主、安心召されよ。この『かべどん』の真髄、しかとこの手帳に刻み込んだ。いずれ主を護る実戦の場において、私が完璧に披露してみせよう」
「だから披露しなくていいですからね……!?」
床に座り込んだミナトが力なくツッコミを入れる中、偽エレナから元の姿に戻ったコハクが「かっかっか! 腹が痛いのじゃ!」と床を転げ回って笑っていた。
日本の少女マンガがもたらした前代未聞の嵐は、アトリエ中を巻き込んだ大爆笑の渦を残し、更けゆく樹海の夜へと溶けていったのだった。
第57話を最後までお読みいただきありがとうございました!
少女マンガ回読会の怒涛の後半戦をお届けいたしました!
コハクが七色の尻尾を光らせてエレナそっくりに変身し、マンガのヒロインになりきってミナトへ甘く迫る悪ノリが炸裂!
そして、元・王国筆頭軍師の母ミレイユによる、まさかの【実践壁ドン】!
大人の色香と軍師特有の威圧感に、ミナトがガチで生命の危機を感じて青ざめる姿、そして扉の隙間から目撃して絶望する学者パパ・エルヴァンと、哀愁の合掌をする弟ルシアンの男同士のやり取りも最高でした!
次回――第58話もどうぞよろしくお願いいたします!




