第36話 お忍びの美男美女!? 若き国王夫妻と無重力ゲルクッション
いつもお読みいただき、本当にありがとうございます!
前回の第35話では、炎天下で直立不動の警備を貫く女騎士シルヴィアに、ミナトが冷え冷えの冷却シートと氷入り麦茶を差し入れ!
「ひゃんっ!?」という可愛すぎる悲鳴とうなじの急冷、そして濡れたプラチナシルバーの髪と健気なデレをお届けしました。
続く第36話は、午後の一時に訪れた【お忍びの若き国王夫妻(VIP回)】です!
無自覚に国家最高権力者の胃袋と心を掌握していくミナトの快進撃を、どうぞお楽しみください!
太陽が西へとわずかに傾き始めた午後一時過ぎ。
神聖アステリア大聖堂前広場は、午前中を上回るほどの熱気と歓声に包まれていた。
中央の鉄板ブースからは香ばしいソースの煙が立ち上り、左のドリンクブースからはガリガリと小気味よく氷を削る涼やかな音が響いている。そして――広場の右手に位置するスイーツブースの前には、ふわりと漂う甘いバニラと焦がしバターの芳醇な香りに誘われ、女性客や家族連れを中心とした長い行列ができていた。
「いらっしゃいませ! 焼きたてのクレープはいかがですか!」
純白のフリルエプロンを風に揺らし、愛らしい笑顔で声を張り上げるのは、教会の聖女ルミエラ――ルミアだ。
手元にある平らな丸い鉄板の上へ、薄い生地をトンボのような木べらでくるりと滑らかに広げる。
焦げ付かせることなく、均一に黄金色に焼き上がったところで、竹串を使ってふわりと裏返す。先日ミナトから背後密着の手取り足取り指導を受けた成果が、見事な職人技となって結実していた。
そのスイーツブースの列の中ほどに、周囲の喧騒から浮き立つような気品をまとった二人連れの姿があった。
身にまとっているのは、王都の上質な布地で仕立てられた裕福な町人の服。
だが、彫刻のように均整の取れた顔立ちとプラチナゴールドの髪を持つ美丈夫と、絹のように細やかな金髪を優雅に結い上げた淑女の佇まいは、どう隠そうとしても隠しきれない高貴なオーラを放っていた。
「……アル、見てごらんなさいな。あんなに楽しそうに笑う民の顔、王宮のバルコニーからは決して見られませんわ」
「ああ、レノーラ。報告書に並ぶ数字や文字だけでは、この熱気は測れんな。あの少年料理番、噂に違わぬ傑物だ」
若き国王アルベルトと、その最愛の王妃エレオノーラ。
二人は護衛を遠巻きに控えさせ、平民の夫婦『アル』と『レノーラ』として、お忍びでフェスの視察に訪れていたのだ。
だが――王妃レノーラは、ふとした瞬間に小さく息を詰め、そっと自らの腰のあたりへ手を当てた。
王宮の柔らかな絨毯の上とは違い、硬い石畳の上を長時間歩き回り、さらに行列で立ちっぱなしの姿勢が続いたことで、慢性的な腰の痛みが限界を迎えつつあったのだ。
「大丈夫か、レノーラ。顔色が少し優れないな。列を抜けて馬車へ戻るか?」
「いいえ……せっかく二人で抜け出してきたのですもの。あの子たちが焼くお菓子、どうしても一口食べてみたくて……」
無理をして微笑むレノーラ。
だが、その辛そうな仕草と微かに強ばる表情を、シルヴィアの救護から戻ってきたばかりのミナトは見逃さなかった。
(あの綺麗な奥さん、立ちっぱなしで腰が限界そうだな……!)
客商売において、客の不調に真っ先に気づくのは店主の務め。
ミナトは手元の神具スマホを素早く操作し、天界通販アプリから『あるアイテム』を具現化させた。
鮮やかなブルーの弾力あるメッシュ素材――日本のオフィスやドライバーたちを腰痛から救い続けてきた『ハニカム無重力ゲルクッション』だ。
ミナトは椅子を二つ用意すると、その上にゲルクッションをサッと敷き、早足で二人の元へと駆け寄った。
「お客様、お並びいただきありがとうございます! もしよろしければ、順番が来るまでこちらの席でお掛けになってお待ちになりませんか?」
「えっ……?」
突然の親切な声がけに、アルが鋭い青い瞳を向けて一瞬身構える。
だが、ミナトの曇りのない、純粋に相手を気遣う温かな笑顔を見て、国王の警戒は自然と解けていった。
「……すまないな、少年。妻が少し腰を痛めていてね。好意に甘えさせてもらおう」
「アル、ですが他のお客様に申し訳ないのでは……」
「大丈夫ですよ! 屋台に近いですから、順番が来たら直接お持ちします!」
ミナトに促され、アルに優しく手を引かれたレノーラは、おずおずと青いクッションが敷かれた椅子の上へ腰を下ろした。
その瞬間――。
「――っ!? な、何これ……!?」
レノーラの美しい碧眼が、これ以上ないほど見開かれた。
椅子の硬い感触が、座った瞬間に綺麗さっぱり消滅したのだ。
お尻にかかる圧力が、六角形の網目構造によって綺麗に四方八方へと分散されていく。腰の骨を圧迫していた重みそのものが、まるで宙へと吸い取られたかのようだった。
「アル……! 腰の痛みが……重みが、嘘のように消えていくわ! まるで、温かな雲の上にふわふわと浮いているみたい……!」
「雲の上、だと……?」
妻のあまりの変貌ぶりに目を丸くしたアルも、ミナトがもう一つの椅子に敷いたゲルクッションへ腰を下ろした。
体重を預けた瞬間、若き名君の眉が跳ね上がった。
「……ッ!? な、なんだこの座面は……! 王室特注の羽毛馬車クッションすら足元にも及ばんぞ……! 座骨への抵抗が完全に無力化されている……どんな魔導具なんだ、これは!?」
【主神アルト】:『国王夫妻に無重力ゲルクッション差し出してて草ァ!!www 卵の上に座っても割れないやつwww』
【愛の女神フィリア】:『気品あふれる美男美女のご夫婦が、青い座布団に骨抜きにされていらっしゃいますわ〜!♡ 奥様のとろけたお顔、尊すぎますわーっ!!(50,000pt赤スパ寄付)』
【主神アルト】:『奥さん完全に雲の上にトリップしててワロタww 国家元首の腰を秒で掌握していくミナト君マジ有能ww』
骨抜きになって深く息を吐く二人の元へ、甘く香ばしい匂いと共に、純白フリルエプロンを着けたルミアが小走りでやって来た。
その手には、可愛らしい三角錐の紙ホルダーに包まれた、焼きたて熱々のクレープが二つ収まっている。
「お待たせいたしました! 本日の特製クレープでございます!」
「まあ……なんて可愛らしい形のお菓子かしら」
レノーラが受け取ったのは、薄く焼き上げられたしなやかな生地の上に、黄金色に煮詰められた角切りリンゴと、真っ白な純生クリームがたっぷり絞られた一品。仕上げにシナモンパウダーが振りかけられている。
「こちらは『王都の朝採れリンゴのキャラメリゼ&純生クリームクレープ』です。甘酸っぱい林檎と、冷たいクリームを合わせて召し上がってください」
ミナトが笑顔で説明を添える。
レノーラは期待に胸を膨らませ、そっと口元へと運んだ。
サクッ、もちっ――と生地が心地よく千切れ、口の中へ滑り込む。
「――っ! 美味しい……っ!!」
レノーラは両手を頬に当て、うっとりと目を細めた。
バターと砂糖で香ばしく炒め煮にされた王都産リンゴから、甘酸っぱい果汁がジュワリと溢れ出す。そこへ、ミルキーでありながら驚くほど軽やかな純生クリームのコクが重なり、しっとりもちもちの薄焼き生地がそれらすべてを優しく包み込んでいく。
「外側の生地は驚くほどしなやかで香ばしく、中の果実とクリームが舌の上で溶け合っていくわ……! 甘すぎず、林檎の爽やかな酸味が生き生きとしていて……いくらでも食べられてしまいそう!」
普段の淑やかな立ち居振る舞いも忘れ、至福の表情でクレープを頬張る王妃。
一方、アルの前には、もう一つのクレープが差し出された。
「旦那様にはこちらをどうぞ。『スモークチキンと高原レタスのチーズサラダクレープ』です」
「ほう……甘味ではないのか」
アルが口にしたのは、甘さを控えた生地に、細切りにしたスモークチキン、朝採れのシャキシャキした高原レタス、そして濃厚なとろけるチーズと特製マヨソースを巻き込んだおかずクレープだった。
一口かじった瞬間、アルの喉がゴクリと鳴った。
「うまい……! スモークチキンの燻製の香気と塩気、そしてレタスの瑞々しい歯ごたえが、この生地と完璧に調和している! チーズのコクが全体をまとめ上げていて、食べ応えも抜群だ」
アルは感嘆の溜息を漏らし、クレープの包み紙を見つめた。
「しかも……皿もフォークも使わず、片手で歩きながら手軽に食べられるこの機能性。屋台料理としてこれ以上ないほど洗練されているな」
さらに、若き名君の視線は、料理の向こう側にある『素材』へと向けられた。
「小麦粉、牛乳、卵、高原野菜、そして林檎……使われているのはすべて、我が王国の豊かな大地の恵みだな?」
「はい! 市場の農家さんや商人さんたちが、今朝届けてくれた新鮮な王都の食材ですよ」
ミナトが誇らしげに胸を張ると、アルは深く、心からの敬意を込めて頷いた。
「見慣れたはずの自国の素材が、君の手にかかるとこれほどの極上の美味へと昇華されるとは……。ただ美味いものを作るだけでなく、この街の恵みを余すところなく輝かせている。ミナトと言ったな。君の料理にかける誠実な情熱に、心から敬服するよ」
【豊穣神デメトラ】:『大地の小麦と卵、そして朝採れの林檎! 素材本来の力をこれほど美しく引き出すとは、見事な腕前じゃ! 男が片手で豪快に食える総菜仕立ても気が利いておるぞ!』
【主神アルト】:『ソース粉物からのクレープ展開、お洒落オープンカフェ感あって大正解だわ。旦那さんも自国の食材褒められて嬉しそうで何より!』
クレープを綺麗に平らげ、すっかり腰の疲れも吹き飛んだ二人は、名残惜しそうに椅子から立ち上がった。
アルは懐からずっしりと重みのある上質な銀貨を何枚も取り出し、ミナトの制止を制して代金箱へ多めに納める。
「ごちそうさま、ミナトくん。身体の疲れも、日頃の重圧も……すっかり吹き飛んでしまったわ。あの青い敷物、王宮の椅子にも置きたいくらいだわ」
レノーラが茶目っ気たっぷりに微笑み、アルが「これ、レノーラ、滅多なことを言うな」と苦笑しながら優しく妻の肩を抱く。
「素晴らしい時間をありがとう。この祭りが最後まで大成功裏に終わることを、心から祈っているよ」
二人は仲睦まじく寄り添い、護衛の待つ大通りの雑踏の中へと静かに消えていった。
ミナトはその背中を笑顔で見送る。
(仲のいい、すごく素敵なご夫婦だったな〜)
目の前の美男美女が、この国の頂点に君臨する国王と王妃であり、自分の差し出したゲルクッションとクレープが王宮の信頼を完全に掌握したことなど、ミナトは夢にも思っていなかった。
その時――大聖堂の鐘楼から、澄み渡る鐘の音が響き渡った。
『ゴーーーーン……ゴーーーーン……』
午後二時を告げる鐘の音。
祭りの熱気が心地よい賑わいへと移り変わる中、スイーツブースの前へ、教会の黒い法衣をまとったシスターに引率された一団がやって来た。
「わぁぁぁ……! すっごくいい匂いがする……!」
「見て見て、あそこに金色の狐さんが浮いてるよ!」
それは、大聖堂の裏手にある教会孤児院の子供たちだった。
目をキラキラと輝かせ、お腹を空かせた子供たちの姿を見た瞬間、空中に浮かんでいた神獣コハクが、七色の尻尾をパッと大きく広げて宙を舞った!
「かっかっか! 待っておったぞ童ども! 妾特製のチョコバナナとリンゴ飴、好きな方を一本ずつ持っていくのじゃ!」
第36話をお読みいただき、本当にありがとうございました!
お忍びの美男美女、若き国王アルベルト陛下とエレオノーラ王妃様をお迎えしたVIP回、いかがでしたでしょうか!
長時間の立ち歩きで腰痛に悩まされていた王妃レノーラ様が、現代の「ハニカム無重力ゲルクッション」に座った瞬間に「まるで雲の上……!」とふにゃ〜んと蕩けてしまう姿、最高に微笑ましかったですね!
物語は、午後二時の鐘とともにハートフルな癒やし回へ突入します!
次回――第37話もお楽しみください。




