第35話:鉄血騎士シルヴィアの警備と冷たい麦茶
お読みいただき本当にありがとうございます!
前回の第34話では、四巨頭によるスカッとする完全論破、そして頑固なガストーネ伯爵がお好み焼きと焼きそばの美味さに理性を粉砕され、千手観音の如き神速(クトゥルフ食い)で爆買いしていく即落ち劇をお届けしました!
そして物語はフェス当日の正午へ!
第35話は、気温が高くなってきた広場で、熱を吸い込む白銀の甲冑を着たまま任務に徹するシルヴィア。
首筋の汗と荒い息遣いに気づいたミナトが、兜を外して差し出したのは――冷え冷えの冷却シートと、氷が浮かぶ樽出し麦茶!
「ひゃんっ!?」と跳ね上がる可愛い悲鳴と、濡れたプラチナシルバーの髪、そして健気すぎる忠誠心の爆発を、どうぞニヤニヤしながらお楽しみください!
太陽が天頂へと昇り詰め、王都の白大理石の石畳からは、ゆらゆらと目に見えるほどの陽炎が立ち上っていた。
午前中のガストーネ伯爵による爆買い騒動が去った後も、特設大屋台の熱狂は衰えるどころかさらに加速していた。中央の鉄板から立ち上る香ばしい煙、右のブースで焼かれる甘いクレープの香り、そして左のブースで砕かれる涼やかな氷の音。数万人の民衆が笑顔で行き交い、広場はまさにお祭り騒ぎの極致にある。
だが――そんな祝祭の喧騒の中、直射日光を遮るもののない大通り側の境界に、まるで彫像のように微動だにせず立ち続ける白銀の影があった。
王国近衛騎士団長、シルヴィア・オルデンブルク。
日光を容赦なく吸い込み、触れれば火傷しそうなほど熱を帯びた全身甲冑。
その重装備に身を包んだまま、彼女は長剣の柄に手を添え、寸分の隙もなく周囲へ鋭い眼光を走らせていた。
(……将棋倒しの兆候なし。不審な魔力反応、スリの集団も見当たらぬな)
兜の内側で、シルヴィアは短く息を吐いた。
喉はとっくに張り付くように渇き、視界の端がチカチカと白く明滅しかけている。
直射日光に灼かれた鉄板の鎧の中は、蒸し風呂どころの騒ぎではない。呼吸をするたびに肺が熱い空気に焼かれ、意識を手放しそうになるほどの熱気が全身を苛んでいた。
(……退くわけにはいかぬ。我が主が、貧しき孤児たちの未来のために築いた奇跡の晴れ舞台なのだ……! たとえこの身が陽光に灼き尽くされようとも、シルヴィアの首にかけて、一人の暴徒も、一つの混乱も通しはせぬ……!)
それは、狂気にも似た誇り高き忠誠心。
だが、どれほど強靭な精神を持っていようと、生身の肉体には限界がある。
兜の顎紐の隙間から、滝のような汗が顎を伝い、石畳の上へポタポタと黒い染みを作って落ちていた。微かに肩が上下し、呼吸が荒くなっている。
その異変に、屋台の中央から誰よりも早く気づいた男がいた。
「ブルーノさん、ちょっと鉄板頼んでも良いですか!?」
「おうよ、ミナト! 任せとけぇ!」
ミナトはコテを置くと、氷水で冷やされていた大ジョッキと、天界通販で取り出したばかりの小袋を抱え、大屋台を飛び出した。
「はぁっ……ふぅっ……」
肩で息をし、意識を研ぎ澄まそうと奥歯を噛み締めていたシルヴィアの耳に、駆け寄ってくる足音が届いた。
反射的に背筋を跳ね上げ、視線を向ける。
「わ、我が主……!? 警備配置に何かご不審な点でも――」
「巡回じゃありません! シルヴィアさん、すごい汗ですよ! 息も荒いし……ほら、一旦兜を脱いでください!」
「な、なにを仰いますか! 私は任務中の騎士、衆人環視の中で兜を脱ぐなど軍規に――」
言い募るシルヴィアの言葉を待たず、ミナトは躊躇なく踏み込むと、彼女の首元の革留め具を器用にパチンと外した。
そして、熱を持った白銀の兜を、両手でカパッと真上へ持ち上げて外す。
ふわり、と熱気とともに広がったのは、汗でしっとりと肌に張り付いた、息を呑むほどに美しいプラチナシルバーの髪だった。
太陽の光を浴びてキラキラと輝く濡れた銀糸。
だが、その美しい髪に縁取られた素顔を見て、ミナトは思わず息を呑んだ。
「――うわ、顔が真っ赤じゃないですか! 熱中症一歩手前ですよ!」
陶器のように滑らかだったはずの白い頬は、茹でダコのように赤く火照り、薄い唇からは熱い吐息が小さく漏れていた。大きな碧眼は潤み、普段の凛々しい鉄血の面影はどこにもない。
「あ、あぅ……我が主、近いです……それに、このような無様な顔を晒すなど……」
「無様なんかじゃありません! いいから、じっとしててください!」
ミナトはポケットから清潔なタオルを取り出すと、シルヴィアの額や首筋の汗を素早く、優しくポンポンと拭き取った。
至近距離で見つめられ、ただでさえ熱いシルヴィアの顔面が、恥ずかしさでさらに赤く染まり上がっていく。
そこへ――ミナトは天界通販で具現化させた『超冷感ジェルシート』の透明フィルムを、ペリッと軽快に剥がした。
「ちょっと冷たいですよ」
「えっ……? 冷た――」
ミナトの手が、無防備に晒されたシルヴィアの白く細いうなじ――後頭部の生え際から首筋にかけて、青いジェルシートをペタッと直接貼り付けた。
瞬間。
「――ひゃ、ひゃんっっっ!?」
広場に、普段の威風堂々たる騎士団長からは天地がひっくり返っても想像できない甲高い悲鳴が響き渡った。
メントールをたっぷり含んだ高含水ジェルが、灼熱の首筋に触れた刹那、パチパチと弾けるような暴力的な氷冷感が神経を駆け抜けたのだ。
さらに、ミナトの指先が敏感なうなじの皮膚に直接触れたという事実が、シルヴィアの大脳を完全にショートさせた。
「あ、あわわ……っ!? つ、冷たっ……!? これはなんなのですかっ!?」
シルヴィアは両手で自分の首の後ろを押さえ、ピョンと小さく飛び跳ねた。
全身の毛穴という毛穴からプシューッと目に見えるほどの湯気が噴き出し、耳たぶの先まで真っ赤に沸騰している。
頭上で浮遊していた子狐コハクが、神具スマホを構えながら腹を抱えて大爆笑した。
「かっかっか! 見たか今の声! 鉄血の女騎士様が『ひゃんっ』じゃと! 傑作じゃのう!」
【愛の女神フィリア】:『キャアアアアアアッッッ!!!♡♡♡ 「ひゃんっ」いただきましたわーーっ!! 濡れたプラチナシルバーの美髪! 汗ばむうなじ! そして猫のような悲鳴! 尊死! 尊死ですわーーっ!!(100,000pt赤スパ寄付)』
【主神アルト】:『首筋直撃で完全におかしな声出てて草ァ!!www ギャップ萌えの破壊力エグすぎて腹筋千切れるwww』
【武神アーレス】:『むむっ! あれは首の太い血管を急冷し、熱気を帯びた血流を鎮める兵站の妙技! 敵の不意打ちにも動じぬシルヴィアが、あのような愛らしい声を上げるとは……ミナト、恐るべき手練れよ!』
シルヴィアは両手で首筋のひんやりシートを必死に押さえている。
だが、その表情は先ほどまでの苦痛に満ちた強ばりから一変し、強烈な冷涼感によって熱気がスーッと引いていく心地よさに蕩けかけていた。
「はい、首を冷やしたら次は水分補給です。これ、一気に飲んでください!」
ミナトが差し出したのは、表面に涼やかな水滴をびっしりと纏わせた、特大の木製ジョッキだった。
中には、カランと音を立てる透き通った角氷と、深く透き通る琥珀色の液体がたっぷりと注がれている。
「こ、これは……酒、ではないな……? 麦の……香ばしい匂いがする……」
「『麦茶』っていう、麦を炒って煮出した私の故郷の冷たいお茶です。水分とミネラルがたっぷり入ってて、体の体温が下がりますよ」
「我が主が……私のために……」
シルヴィアは両手でしっかりと重いジョッキを受け取ると、もう我慢の限界とばかりに、薄い唇を縁に押し当てた。
そして――喉を激しく上下させ、一気に煽った。
ゴキュッ、ゴキュッ、ゴキュッ、ゴキュッ――プハァァァァッッッ!!!!
涼やかな氷のぶつかる音とともに、冷たい琥珀の奔流が乾き切った喉を駆け抜けていく。
シルヴィアは目を丸くし、空になった大ジョッキを抱きしめたまま、熱い吐息を漏らした。
「つ、冷たい……! なんと、なんという香ばしさだ……! 苦味はなく、炒った大麦の自然な甘みと、大地の清らかな滋味が……乾き切った喉から、胃袋、そして全身にまで染み渡っていくようだ……!」
身体の内側に籠もっていた熱気が、麦茶の冷たさと首筋の冷却シートによって、急速に引いていく。
砂漠で枯れかけていた花が、奇跡の雨を吸い上げて瑞々しさを取り戻すように、シルヴィアの肌に健康的な生気が戻っていった。
「ふぅ……生き返る、とはこのことか……」
【豊穣神デメトラ】:『大麦を焙煎して水に溶かす! 派手な甘味や酒ではなく、乾いた体を癒やすために計算され尽くした至高の神水じゃな! あの飲みっぷり、見ておるだけで喉が鳴るわ!』
【武神アーレス】:『うむ! 炎天下における適切な兵站補給! 首筋の冷却と麦茶のミネラル、戦を知り尽くした見事な手当てであるぞ!』
シルヴィアは空のジョッキを見つめ、それから首の後ろの冷却シートにそっと指先を触れさせた。
濡れていたプラチナシルバーの髪を指でかき上げ、ゆっくりとミナトを見上げる。
その潤んだ碧眼には、深い感謝と、隠しきれない熱い熱情が宿っていた。
「我が主……」
「はい?」
「貴方様の優しさに触れるたび……私のこの剣も、この命も、そして心も……すべては貴方様のためにあるのだと、強く、強く実感いたします」
至近距離で見つめられ、あまりにも真っ直ぐな瞳で告げられた言葉に、今度はミナトの方がドギマギして顔を真っ赤にした。
「も、もう! 変なこと言わないでくださいよ! シルヴィアさんが倒れたら、俺もみんなも困るんですから。……本当に、無理だけはしないでくださいね」
「はっ……! 我が主の言いつけ、しかと胸に刻みました。このシルヴィア、命にかえても完璧に警備を全うしてみせます!」
兜を脇に抱え、首筋に青い冷却シートを貼ったまま、満面の晴れやかな笑顔でビシッと敬礼する女騎士。
その美しさと愛らしさのギャップに、遠巻きに見ていた通行人の若い冒険者たちや街の男たちが見惚れていた。
(よし、これでシルヴィアさんは大丈夫だな)
ミナトはほっと胸を撫で下ろし、ジョッキを回収して大屋台へと戻った。
時刻は午後一時を回り、日差しはいよいよ強さを増している。
鉄板ブースに戻ろうとしたミナトの視界に、ふと、右側のスイーツブースの前に並ぶ『一組の男女』の姿が飛び込んできた。
ルミアが一生懸命にクレープを焼く姿を、穏やかな笑みを浮かべて見守っている二人連れ。
身にまとっているのは王都の裕福な町人の服だが、その立ち居振る舞いには、隠しきれない高貴な気品が満ち満ちていた。
プラチナゴールドの髪を短く整えた彫刻のように整った顔立ちの美丈夫と、絹のように細やかな金髪を結い上げた、息を呑むほどに美しい淑女。
だが――その美しい女性の方が、時折、痛むように腰のあたりに手を当て、小さく眉をひそめているのが見えた。
(あの二人、立ちっぱなしで少し腰が辛そうだな……?)
ミナトは手元の神具スマホを素早くタップし、天界通販の画面をスクロールさせた。
神聖アステリア王国の頂点に君臨する若き名君アルベルト国王と、その最愛のエレオノーラ王妃――二人が平民に扮した『お忍びの姿』であるとは夢にも思わず、ミナトは奇跡の座り心地を誇る現代グッズを手に、歩み寄っていった。
第35話をお読みいただき、本当にありがとうございました!
炎天下の警備に徹する白銀の女騎士シルヴィアの単独神回、いかがでしたでしょうか!
真夏の鉄板のように熱くなった甲冑を脱がされ、濡れたプラチナシルバーの髪と火照った顔を晒したシルヴィア。
うなじに冷却シートを貼られた瞬間の「ひゃんっ!?」という跳ね上がるような悲鳴と、氷入り麦茶の一気飲み……普段の凛々しい団長様とのギャップが最高に愛らしかったですね!
そして、物語は、フェス当日の午後へ!
次回――第36話は、王都の最高権力者である若き国王夫妻が、お忍びで屋台にやって来るVIP神回です!




