第28話:天才魔導師の頭痛と、世界を変える魔法の文房具
いつもお読みいただきありがとうございます!
今回は買い出しを終えて大聖堂前広場へ戻った夕暮れ時、宮廷魔導師ユリアスとの技術交流回です!
広場全体へ声を届ける魔導スピーカーの設置難航に、ミナトが取り出したのは日本の「100均事務文具」!?
エリート魔導師たちが平伏するカルチャーショックと、テスト放送で巻き起こる聖女様の可愛い大音量ハプニングをお楽しみください!
仕立て屋での服選びを終え、俺とルミア様は大聖堂前広場へと戻ってきた。
茜色の夕陽が長く影を落とす広場には、大工たちと冒険者ギルド『青銅の盾』の男たちの力で見事に組み上がった、巨大な大屋台が誇らしげにそびえ立っている。
だが――その広場の中央を見た俺たちは、思わず足を止めた。
「……あ、あれ? ユリアスさん……?」
「まぁ……あんなにたくさんの羊皮紙に囲まれて……」
広場の中央で頭を抱えていたのは、宮廷魔導師団の若き俊英、ユリアスさんだった。
しかし、いつもの涼やかで気品あふれる貴公子の面影はどこへやら。
目の下にはくっきりと濃い隈が浮かび、乱れたプラチナシルバーの髪を両手でくしゃくしゃと掻き毟りながら、山のように積み上がった羊皮紙の図面と、魔導コードの束に埋もれて低く唸っていた。
「ただいま戻りました! ……って、ユリアスさん!? 大丈夫ですか、すごい顔になってますけど……」
「ああ、ミナト君、ルミエラ様……お帰りかい……」
ユリアスさんは青黒いインクで汚れた指先でこめかみを押さえ、魂が抜けたような深い溜息を吐き出した。
「ものすごい量の設計図ですね……風が吹くたびに大変そうです」
ルミアが心配そうに眉を下げた、まさにその瞬間だった。
広場を強い突風が吹き抜ける。
『バサササササッ!』
「ああっ!? ユリアス様、大変です! 【第三層・魔力増幅回路】の図面が飛んでいきますーっ!」
「馬鹿者、風下へ回り込め! 【音声出力ホーン】の最新メモと混ざったら、最初から書き直しになるぞっ!」
広場にいた魔導師の部下たちが悲鳴を上げ、バタバタと広場中を駆け回って散らばる羊皮紙を追いかける。
ユリアスさんはこめかみの青筋をピクピクと震わせ、絶望的な表情で両手をついた。
「……広場全域に音を反響させる【魔導拡声スピーカー】の回路を組んでいるのだがね。屋外の風で図面は散らばるし、最新の修正案をインクで書き直せば滲んで読めなくなる。どれがどの配線のメモだったか分からなくなって、頭がパンク寸前なんだよ……。すまない、このままでは明後日の本番までに、音響回路の調整が間に合わないかもしれない……」
どれほど天才的な頭脳を持っていても、屋外の突風とアナログな羊皮紙の管理には敵わないらしい。
限界寸前のユリアスさんを見かねて、俺はポケットから神具スマホを取り出し、天界通販アプリを素早くフリックした。
消費ポイントは、わずか数百pt。
掌の上に柔らかな光の粒子が収束し、日本のオフィスや学校でお馴染みの「超定番アイテム」が現れる。
「ユリアスさん、これを使ってみませんか? 僕の故郷で使っていた事務用品なんですけど」
「ん……? なんだいその、カラフルな小さな紙切れと、奇妙な黒い金具は……?」
俺はユリアスの部下たちが息を切らしながら拾い集めてきた羊皮紙の束を受け取り、端をトントンと揃えた。
そして、手のひらサイズの黒いスチール製金具――ダブルクリップを取り出す。
シルバーのレバーを指で押し広げ、数十枚に及ぶ分厚い羊皮紙の端をガッチリと挟み込んだ。
『パチン!』
軽快で心地よい金属音が夕暮れの広場に響く。
「この金具で挟めば、どんな突風が吹いても図面が散らばることはありませんよ」
「なっ……!? 穴も開けず、紐で綴じもせず、一瞬でこれほどの厚みを強固に束ねただと……!?」
目を丸くするユリアスさんを前に、俺はさらにネオングリーンの付箋を取り出した。
ペンの後ろについている特殊ラバーで擦ると摩擦熱でインクが無色化するフリクションボールペンを走らせ、『右側スピーカー・魔力増幅回路』と手早くメモを書き込む。
そして、ユリアスさんが広げていた複雑な魔導回路図の該当箇所へ、ペタッと貼り付けた。
「この紙は、裏に特殊な糊がついていて、紙を破らずに何度でも貼ったり剥がしたりできるんです。例えば、マイク入力は黄色、音量増幅は緑、スピーカー出力は青の紙で色分けして回路図に貼れば、どこを修正しているか一目で分かりますよ」
「…………は?」
ユリアスさんは呆然と固まり、恐る恐る付箋の端をつまんだ。
ペリッと軽やかな音を立てて羊皮紙から綺麗に剥がれる。
そして別の回路の脇へ指で押し当てると――再びピタッと吸い付くように貼り付いた。
「ば、馬鹿な……!? 羊皮紙の繊維を一切傷つけずに剥がれ、指で押すだけでまたくっつくだと……!? これなら、複雑怪奇な魔導回路の仮説や配線の割り当てが、貴重な図面を汚さずに一瞬で色分けできるじゃないか!」
さらに、隣でフリクションペンを試していたユリアスの部下の魔導師が、喉が裂けんばかりの絶叫を上げた。
「ユ、ユリアス様、大変です!! このペンの後ろのゴムで文字を擦ると……摩擦熱で、書いた文字が跡形もなく消え去りました!! 高価な魔力分解液(修正液)を使うより遥かに手軽で綺麗です!!」
「このフリクションペンというものは以前にもらった(半ば強引にもらった)が、やはりこの機能には驚かされる……これらは古代の失われた魔導具か!? ミナト殿、あなたの故郷は一体どれほど文明が進んでいるんだ……!?」
「いや、ただの100円ショップで誰でも買える文房具なんですけど……(苦笑)」
俺が引き攣った笑いを浮かべる中、肩の上のコハクが向けるスマホの画面には、天界の神々からのコメントが爆速で流れていた。
【主神アルト】:『魔導のエリートたちが100均の付箋とクリップに平伏してて草ww』
【武神アーレス】:『笑い事ではないぞ主神! 散乱する戦況図を瞬時にまとめ、色分けによって伝令の誤認を完璧に防ぐ……あの紙片と留め具、兵站と軍略の至宝ではないか! 万の軍勢を動かす軍師垂涎の武器よ!』
【愛の女神フィリア】:『アーレス様が珍しく理知的な熱弁を振るっていらっしゃいますわ……! でも、男同士が知恵を出し合って困難を乗り越える姿、とっても素敵ですわ!』
【主神アルト】:『武神アーレスまで100均文具の虜になってて草ァ!!ww』
神々の盛り上がりをよそに、現代の事務ツールを手に入れたユリアスさんの集中力は凄まじかった。
血走った瞳に天才の鋭い光を宿し、猛烈なスピードで配線を整理し、指示を飛ばしていく。
「青の付箋を図面No.3へ移動しろ! クリップで仮設配線の束を固定するんだ! 修正箇所はペンで消して数値を書き直せ、急げ!」
――それから、わずか1時間後。
西の空が深い夕闇へと溶け込み、大聖堂の尖塔に灯火が宿り始める頃。
「……ふぅ。信じられない、丸一日はかかるはずだった魔導配線の調整が、たったの1時間で終わってしまったよ」
美しく色分けされ、整然と束ねられた回路図を前に、ユリアスさんが心地よい疲労感を滲ませて息を吐いた。
そこへ、俺は先ほど市場の八百屋で仕入れてきたばかりの「王都の朝採れリンゴ」を手際よくウサギ型に剥き、木皿に載せて差し入れる。
「お疲れ様です、ユリアスさん。市場で仕入れてきた新鮮なリンゴです。頭を使った後は糖分補給にどうぞ」
「ふふ、どうぞ召し上がってください。とっても甘くて瑞々しいリンゴですよ」
若草色のワンピースを着たルミアが、優しく微笑みながら木製のフォークを添えて手渡す。
ユリアスさんはリンゴを一口かじると、シャキッとした涼やかな快音とともに目を丸くした。
「うまい……! 瑞々しい果汁と爽やかな酸味が、疲れた脳の隅々にまで染み渡るようだ。……ありがとう、ミナト殿。君の知恵と道具がなければ、この音響設備は完成しなかったよ」
「僕の方こそ、ユリアスさんの確かな魔導技術があってこそですよ」
互いの健闘を称え合い、俺とユリアスさんはガッチリと固い握手を交わした。
【豊穣神デメトラ】:『市場の新鮮な果実を即座に疲労回復に使うとは、素晴らしい差配じゃ! 蜜の入った良きリンゴよ!』
【武神アーレス】:『うむ! 互いの技量を認め合い、困難を成し遂げた男たちの堅き握手……実に清々しく美しい! これぞ男の友情よ! 我からも祝いの酒代(赤スパ50,000pt)をくれてやる!』
「さて、それじゃあ実際にスピーカーが使えるかテストしてみましょうか」
木製スタンドに設置された、真鍮製の魔導マイクのスイッチを入れ、俺はルミアを手招きした。
「ルミア様、何か一言マイクにお願いできますか?」
「えっ、私ですか……? こ、こうでしょうか……? 『あ、あー。本日は晴天なり……皆様、聞こえますでしょうか……?』」
ルミアの澄み渡るような声がマイクに吸い込まれた、その瞬間――。
巨大な大聖堂前広場の隅々にまで、透き通った聖女の美声がどこまでもクリアに反響した。
「わぁ……! 声が大聖堂の端まで、はっきりと届いています! すごいです、ミナトさん、ユリアス様!」
感激したルミアが、パッと顔を輝かせて俺の両手をギュッと包み込むように握りしめてきた。
至近距離で見つめられ、俺の心臓が跳ね上がる。だが――
『トクン……トクン……』
『……はぁ……ミナトさん……っ……』
広場全体に設置された魔導拡声スピーカーから、ルミアの激しい心臓の鼓動と、甘く艶っぽい吐息が特大ボリュームで響き渡った。
「ひゃぅっ!? こ、これ、私の息遣いまで全部響いてますかーーっ!?」
「マイクの感度、良すぎですね……!?(汗)」
俺は慌てて真鍮のツマミを絞ったが、時すでに遅し。
【主神アルト】:『大聖堂前広場に聖女ちゃんの吐息が響き渡ってて草www 音質クリアすぎて爆笑したわw』
【愛の女神フィリア】:『ごちそうさまでしたーーっ!!(尊死)』
顔から火が出そうなほど真っ赤になって両手で顔を覆い、しゃがみ込むルミア。
「ひゃーっはっは! 聖女の艶っぽい吐息が大聖堂前に大音量で生中継されたのじゃ! 傑作なのじゃーーっ!」
「コハク、笑ってないで中継止めろーーっ!!」
慌ててマイクの調整をする俺と、それを見て満足そうに声を上げて笑うユリアスさん。
茜色に染まる大聖堂前に朗らかな笑い声が響き渡り、フェスの準備は着実に、そして賑やかに前進していくのだった。
第28話をお読みいただきありがとうございました!
次回からは、いよいよ屋台料理の仕込み編へ突入します!
フェス本番で振る舞う料理のため、ルミアがミナトに「包丁の使い方を教えてほしい」とお願いしてきて……!?
さらに、地方都市から公務で王都へやって来ていたルミアのお母様が、厨房へふらりと顔を出して大騒動に発展し……!?
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