第27話:聖女様のイメチェン!? 王都の仕立て屋と秘密のお買い物
大聖堂前の巨大屋台が組み上がり、一段落ついたミナト。
神具スマホ越しに愛の女神から「聖女様に可愛いお洋服を買いに行かせなさい!」と猛烈なスパチャを浴びせられたミナトは、日頃の感謝を込めて、迷宮で稼いだ自分のお金でルミアに私服をプレゼントしようと思い立ちます。
生まれて初めてのお買い物デート、そして試着室で巻き起こるコハクの大暴れとは――!?
波乱に満ちた女子会パジャマ密談から一夜明けた、翌朝。
王都の中央、アステリア大聖堂前の中央広場には、爽やかな朝の光が差し込んでいた。
屋台の設営は、クラリッサが手配してくれた熟練の大工たちや、駆けつけてくれたギルドの気のいい冒険者仲間たちの協力もあり、信じられないほどのスピードで進んだ。男たちが威勢の良い掛け声を響かせながらテキパキと作業をこなしてくれたおかげで、午前中のうちに頑丈で立派な大屋台が広場に組み上がったのだ。
「ふう……皆さんのおかげで、なんとかなりそうだな」
額の汗をタオルで拭い、ミナトはほっと胸を撫で下ろす。
一段落ついたところで、ポケットから取り出した神具スマホの画面をタップし、天界向けの配信枠を立ち上げた。
カメラ役の金色の神獣コハクが「ミナト、始まったのじゃ!」と肩の上でふさふさの尻尾を揺らすと同時に、待機していた神々のコメントが猛烈な勢いで画面を埋め尽くした。
【主神アルト】:『お、枠取れた! 屋台もう組み上がってんじゃん、はっやww』
【愛の女神フィリア】:『ミナト! 大工仕事が終わったのなら、今すぐ聖女様に可愛いお洋服を買いに行かせなさい!! 10万pt投げるから今すぐですわ!!』
【主神アルト】:『女神様いきなり圧が強くて草。聖女ちゃんの私服デート配信きたーw』
画面の向こうで身を乗り出して叫んでいそうなフィリアの弾幕に、ミナトは思わず苦笑いを浮かべた。
「ちょ、勝手なこと言わないでください……! とはいえ……」
ミナトはふと、大聖堂の入り口の方へと視線を向けた。
そこには、神官たちと打ち合わせをしながら、いつもの白銀に金の縁取りが施された清楚な法衣を纏って微笑むルミアの姿がある。
(……そういえば、ルミア様っていつもあの法衣しか着てないよな)
毎日教会で祈りを捧げ、誰よりも忙しく民のために尽くしている聖女。自分の服を選ぶ時間なんて、きっと物心ついてから一度もなかったはずだ。
ミナトは腰のポケットに手を伸ばし、革袋を指先でポンと叩いた。
ジャラリと重みのある金属音が響く。迷宮の主をブラッシングした際にギルドから支払われた、正真正銘の自分のお金――白金貨がたっぷりと詰まっている。
(いつも美味しいご飯を喜んで食べてくれて、屋台の準備も手伝ってくれているんだ。……神様たちの無茶振りはともかく、日頃のお礼に何かプレゼントするのもいいかもしれないな)
ミナトは小さく息を吸い、広場の向こうにいるルミアのもとへと歩き出した。
大聖堂前の階段を下りてきたルミアは、神具スマホをポケットにしまったミナトに気づくと、パッと表情を明るくして駆け寄ってきた。
「ミナトさん! 屋台の骨組み、もう完成したのですね。怪我などはありませんでしたか?」
心配そうに青緑の瞳を覗き込んでくるルミア。その胸元には、いつもと変わらぬ白銀の法衣が揺れている。
ミナトは少し気恥ずかしさを覚えながら、ポリポリと頬をかいた。
「大丈夫ですよ、大工さんや冒険者ギルドの皆さんのおかげです。……あの、ルミア様。いつも俺なんかのために、色々と協力してくれて本当にありがとうございます」
「ふふっ、お礼なんてそんな。私の方こそ、いつもミナトさんの美味しいご飯や優しいお心遣いに助けられていますから」
微笑むルミアを見つめながら、ミナトは意を決して、胸の内にあった言葉を口にした。
「あの……いつもの法衣姿のルミア様もとても可愛らしくて素敵なんですけど。……その、色んなルミア様の姿を見てみたいな、と思いまして。よかったら……これから一緒に、お洋服を買いに行きませんか?」
「――っ!?」
ルミアの動きがピタリと止まった。
白銀のまつ毛が小さく震え、その瞳が信じられないといったように大きく見開かれる。
「えっ……? わ、私にお洋服を、ですか……!?」
「はい。迷宮で稼いだお金もありますし、いつも美味しいご飯を食べてくれたり、フェスの手伝いをしてくれている日頃の感謝のお礼ですから」
ミナトが腰の革袋を軽く叩いて見せると、ルミアの耳たぶが、みるみるうちに林檎のように真っ赤に染め上がっていった。
(い、色んな私の姿を、見てみたい……!?)
ルミアは高鳴る鼓動を抑えるように、両手で法衣の胸元をぎゅっと握りしめる。
嬉しいのと恥ずかしいのが一気に押し寄せてきて、視線が右往左往して定まらない。
「で、でも……私、物心ついた頃から大聖堂の法衣しか着たことがなくて……。どんな服が似合うのか、自分でも全然分かりません……」
困ったように眉を下げ、上目遣いで見つめてくる聖女様に、ミナトは優しく微笑みかけた。
「大丈夫です。俺がついていますから、一緒に選びましょう」
「〜〜〜〜っっ!」
その言葉に、ルミアの顔面はついに沸騰寸前の熱を帯びた。
消え入りそうな小さな声で「は、はい……!」と頷き、嬉しさを隠しきれない様子でミナトの服の裾をちょこんと指先で摘む。
二人の頭上では、神獣コハクがふわりと浮遊しながら、手元の神具カメラでその一部始終を天界へバッチリ届けていた。
画面越しには、案の定、愛の女神の絶叫コメントが滝のように流れ落ちていた。
【愛の女神フィリア】:『「色んな姿を見てみたい」「俺がついてる」!? ミナト、天然タラシが過ぎますわーーっっ!!(尊死)』
【主神アルト】:『聖女ちゃん耳まで真っ赤で草。完全にデート前の顔じゃんww』
そんな神々の騒ぎを背に受けながら、二人は王都で最も賑わう仕立て屋通りへと歩き出した。
石畳の通りを抜け、二人はレンガ造りの落ち着いた佇まいを見せる一軒の仕立て屋へと足を踏み入れた。
店内には色とりどりの上質な生地や、王都で流行している可憐なドレスがセンス良く並んでいる。
「いらっしゃいませ。――あら、聖女ルミエラ様ではありませんか!」
奥から迎え出てきた優しげな女性店員が、目を丸くしてパッと表情を綻ばせた。
「噂の素敵な男の子とご一緒で、お洋服を買いに来られたのですか? どうぞどうぞ、好きなだけゆっくり見ていってくださいね。うふふ、お似合いの二人ですこと」
「う、噂だなんてそんな……っ! あ、あの、今日はミナトさんが選んでくださるとのことで……!」
からかわれて両手をバタバタと振るルミアの隣で、ミナトは店内のラックをじっくりと見渡した。
普段の法衣の神聖さを損なわず、それでいて年相応の愛らしさを引き立てる一着を探す。
ミナトが選んだのは、淡い若草色と白のレースがあしらわれた、柔らかな風合いの清楚な町娘風ワンピースだった。
「ルミア様、これなんてどうでしょう。すごく似合うと思います」
「わぁ……とても綺麗。で、では……着替えてまいりますね……!」
受け取ったワンピースを胸に抱きしめ、ルミアは恥ずかしそうに足早に試着室のカーテンの奥へと消えていった。
「どんな感じになるかな……」
ミナトが試着室の前でそわそわと待っていると――
ルミアが入ったのとは別の、隣の試着室のカーテンが勢いよく『シャッ!』と開いた。
そこに現れたのは――快活なポニーテールに髪を束ねた、ルミアその人の姿だった!
「ミナト、見てみるのじゃ! ポニーテールで元気いっぱいの町娘風じゃぞ! えへへー!」
コハクがルミアの姿に化け、腰に手を当ててクルリと一回転してドヤ顔を決める。
「ミナト様ぁ、ポニーテール姿の私は可愛いですかぁ? シルヴィアさんとどっちが可愛いですかぁ〜?」
「ぶっっ!? コハク、お前なにルミア様の姿で遊んでるんだ!?」
吹き出したミナトを余所に、カーテンがバッと閉まり、一秒後に再び勢いよく開いた。
現れたのは――今度は頭の両脇で高い位置に結んだ、ツインテール姿のルミア!
「あっかんべー! ツインテールで生意気なルミアちゃんじゃぞ! ミナト様、ツインテール姿の私も可愛いですか? シルヴィアさんやクラリッサさんともキャラ被りしてないですよー? どうですか、可愛いですか?」
あっかんべーと舌を出して生意気なポーズをとる偽ルミアに、隣の試着室の奥から、ついに本物の悲鳴が響き渡った。
「ちょ、ちょっとコハクちゃん!? 私のお顔で勝手におどけないでくださいぃぃっ!!」
【愛の女神フィリア】:『ポニテルミアちゃん助かりますわーーっ!!』
【主神アルト】:『ツインテ生意気ルミアちゃんも破壊力やばくて草www コハクものまね上手すぎナイスジョブww』
【武神アーレス】:『む! 変幻の神獣、実に見事な変装術よ!』
ミナトが「こら、悪ふざけはそこまでだ!」とコハクを試着室からつまみ出す。
コハクは「ふぇっ、手厳しいのう」と元の金色の小狐に戻り、空中で神具カメラを構え直した。
店内が静まり返ったところで――
本物のルミアが入っている試着室のカーテンが、おずおずと、静かに開かれた。
「あ、あの……ミナトさん……」
そこに立っていたのは、先ほどミナトが手渡した若草色のワンピースを纏った、本物のルミアだった。
ふんわりとしたスカートが華奢な膝下を包み、胸元の細やかなレースが彼女の清楚な美しさを際立たせている。金色の髪が肩口にこぼれ、普段の重厚な法衣の下に隠されていた、年相応の女の子らしい可憐さと抜群のプロポーションが露わになっていた。
ルミアは両手をもじもじと前で組み、視線を泳がせながら、林檎のように顔を真っ赤に染めている。
「へ、変じゃないでしょうか……? 私、こういうお洋服、生まれて初めて着たので……本当に、似合っているか分からなくて……」
ミナトは、息を呑んだまま完全に言葉を失っていた。
(可愛い……。いつもの法衣姿も神々しくて素敵だけど、私服のギャップが凄すぎる……!)
心臓がドクンと跳ね上がるのを自覚しながら、ミナトはまっすぐにルミアの青緑の瞳を見つめた。
「……すごく、綺麗です。本当に、ものすごく似合ってます」
「〜〜〜〜っっ!!」
ミナトの迷いのない絶賛の言葉に、ルミアの顔面は臨界点を突破した。
両手で真っ赤な顔を覆い、その場にへたり込みそうになるのを必死に耐えている。
「あ、ありがとうございます……っ! 私……私、嬉しいです……っ!」
「店員さん、これください!(即答)」
ミナトが振り返って力強く告げると、女性店員も手を叩いて微笑んだ。
「まあまあ! 聖女ルミエラ様、本当に夢のように素敵ですよ。こんなに喜んでもらえて、お洋服も仕立て甲斐がありますわ」
ミナトは腰のポケットからずっしりと重い革袋を取り出し、迷宮の主から得た正規の報酬――白金貨をカウンターへ置いた。
カランと澄んだ音が響き、ミナトは誇らしげに代金を支払った。
買い物を終えた二人は、仕立て屋を後にした。
ルミアは新しいワンピースを着たまま、まるで宝物に触れるかのように両手でそっとスカートの裾を摘み、弾むような足取りでミナトの隣を歩いている。
「ミナトさん、あの……本当に私、この服を着ていていいのでしょうか? なんだか、夢を見ているみたいで……」
「もちろんですよ。ルミア様が笑顔になってくれるのが一番嬉しいですから。……あ、せっかくここまで来たんですし、屋台フェスで使う現地の野菜や果物も見ていきませんか?」
「はい! ぜひご一緒させてください!」
二人は大聖堂へ戻る道すがら、活気あふれる中央市場の八百屋通りへと立ち寄った。
露店には、王都近郊の農家から今朝届いたばかりのみずみずしい果物や野菜が山積みになっている。
「おう兄ちゃん! そっちの飛び切り可愛い彼女さんとお買い物かい? 仲が良くて結構だねえ!」
威勢の良い八百屋の店主が、白い歯を見せて声をかけてきた。
「か、かかか、彼女……!? いえ、私は大聖堂の……っ!」
ルミアが再び耳まで真っ赤にして頭から湯気を吹き上げるのを横目に、ミナトは人懐っこい笑みを返した。
「親父さん、屋台で使う美味しい野菜と果物を探してるんです。おすすめはありますか?」
「へへっ、任せときな! 今日採れたてのこの真っ赤な甘いリンゴと、朝露がついたシャキシャキのキャベツ、二人のお祝いに安くまけとくよ!」
「ありがとうございます! キャベツとリンゴ、どっさりいただきます!」
ミナトは手持ちの銀貨を支払い、店主からずっしりとした木箱を受け取ると、手持ちの買い物袋へ手際よく収めていった。
神具の通販で何でも揃えることもできるが、こうして自分の足で歩き、店主の笑顔と言葉を交わしながら現地の恵みを買う時間は、何物にも代えがたい温かさがあった。
頭上では、コハクが空中にふわりと浮きながら、二人の買い出し風景を天界へ中継し続けている。
スマホの画面には、温かな祝福とツッコミのコメントが滝のように流れていた。
【主神アルト】:『ごちそうさまでしたww ミナトくん、今日はマジで男前だったわ! またこういう企画やってほしいわーw』
【愛の女神フィリア】:『尊すぎて天界の空気が美味しいですわ……! ミナト、よくやりました! 10万pt赤スパ受け取りなさい!!』
【豊穣神デメトラ】:『王都近郊の朝採れリンゴか! その酸味と甘み、焼きそばの隠し味やデザートに最高ではないか! 良い目利きだ!』
神々の賑やかなコメントを眺めながら、ミナトは心の中で静かに頷いた。
(アプリの通販も便利だけど……やっぱり、元の世界のように、こうやって自分のお金で買い物して、現地の美味しいものを現地の人から仕入れるのも、新鮮ですごくいいな)
買い出しの袋を抱え直したミナトは、隣で幸せそうに微笑むルミアへと視線を向けた。
「ルミア様、食材も無事に買えましたし、そろそろ広場へ帰りましょうか」
「はいっ、帰りましょう、ミナトさん!」
ルミアは満面の笑みを咲かせ、一歩前を歩くミナトの背中を愛おしそうに見つめた。
(ミナトさん、今日は本当に……ありがとう)
心の中でそっと紡いだ感謝の言葉は、秋の澄んだ青空の中へと優しく溶けていった。
第27話をお読みいただきありがとうございました!
第28話もお楽しみに。
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