第25話:樹海の魔女エレナの純情自爆 & 孤児院チャリティ決意
第25話をご覧いただきありがとうございます!
今回は子供たちの貧しい食事を目にしたミナトが、フェスの全利益に関わる【重大な決断】を下します!
どうぞお楽しみください!
王都アステリアから遥か東方――。
鬱蒼とした巨木が生い茂り、濃密な魔力が霧となって漂う『静寂の古代樹海』。
その最奥にひっそりと佇む石造りのアトリエで、一人の美女が机に突っ伏して身悶えていた。
艶やかな漆黒の長髪を流し、深紫の魔女ローブに包まれた、誰もが見惚れるような豊満で妖艶なプロポーション。
落ち着いた大人の色気と母性を漂わせるその女性――森の魔女エレナ・ローゼンバーグは、机の上の大型水晶球を両手で抱きしめ、真っ赤な顔で悶絶していた。
「あぁ……ミナトくん……っ♡ 今日もなんて素敵なんですの……っ!
あの彫刻のような公爵様を、黒いお茶と不思議な筆記具だけで手懐けてしまわれるなんて……っ!」
水晶球の中に映し出されているのは、王都の広場でユリアス卿に両肩を揺さぶられて困り顔を浮かべるミナトの姿だった。
エレナは、自作の魔導同調回路を組み込んだ水晶球で、ミナトの放つ未知の神界魔導波を毎日欠かさず受信していたのだ。
「嗅いだだけで頭が冴え渡るというあのお茶……私も、ミナトくんに淹れていただきたいですわ……!
そして、あの温かそうな手で、『よく頑張りましたね、エレナさん』って頭を優しく撫で撫でされたら……あぁっ、私、その場で尊死してお嫁に行っちゃいますわーーっ!!♡♡」
エレナは枕に顔を埋めて足をバタバタと悶えさせた。
未亡人や人妻と間違われることすらある成熟した美貌だが、その実態は【恋人いない歴=年齢・引きこもり歴三十年の超絶ピュア乙女】である。
だが、身悶えるエレナの視線が、水晶球の端に映る三人の美少女――甘える聖女ルミア、凛々しい女騎士シルヴィア、高飛車な公爵令嬢クラリッサを捉えた瞬間、彼女の表情がサッと青ざめた。
「い、いけませんわ……っ!
聖女様に騎士団長様に、公爵令嬢様まで……!
あんな眩しすぎる陽キャの皆様に囲まれていては、私がのんびり引きこもっている間に、ミナトくんの周りが完全に埋め尽くされてしまいます……っ!」
エレナはガバッと跳ね起きた。
机の上に置かれた、黒曜石の板に水晶レンズを埋め込んだ薄型の試作魔導具――【受信用小型魔導水晶板(試作タブレット)】を胸に強く抱きしめる。
「待っていてくださいませ、ミナトくん!
未完成とはいえ、王都の広場に行かなくても手元で貴方の配信が見られるこの【タブレット】を手土産にすれば、きっと不審者扱いされずに歓迎していただけるはず……!
こうしてはいられませんわ、今すぐ王都へ行きます!」
エレナは床に杖を突き立て、魔力を解放した。
足元に、眩い青白の光を放つ長距離空間転移の魔法陣が瞬時に展開される。
王都には大聖堂の神聖結界があるため、都市の内部へ直接飛び込むことは国家防衛上禁止されているし結界に弾かれる。
だが、城壁の外――東門のすぐそばの平原までなら、大魔女であるエレナの転移魔法で一瞬で跳べる!
「よし……転移座標固定! 空間跳躍、カウントスリー、ツー、ワン――いざ、ミナトくんの元へ……っ!」
エレナは勢いよく魔法陣へ踏み込もうとし――。
ピタッ。
その爪先が、光の境界線のミリ手前で静止した。
「………………」
エレナの脳裏に、突如として恐ろしい想像がフラッシュバックする。
『やあ、不気味な森の引きこもり魔女が何の用だい?』
『平民の分際で、ミナト様のそばに近寄るんじゃないわよ!』
『怪しい板切れを持った不審者め、即刻投獄してくれる!(抜刀)』
「…………ひ、ひゃいぃっっっ!?」
エレナの全身から、滝のような冷や汗が噴き出した。
「む、無理ですわぁぁぁぁぁぁっっっ!!!
あんな人がゴミのようにひしめく大都会、怖すぎて一歩も歩けませんわーーーーっ!!」
バシュウウウウッッ!!
エレナは自ら杖を振り抜き、起動しかけていた転移魔法陣を力任せに強制消滅させた!
反動の風で机の上の書類が舞い散る中、エレナはその場にペタンとヘたり込み、頭を抱えて激しく床を転げ回った。
「無理無理無理っ! 都会の人が怖い! 門番さんに声をかけられただけで泡を吹いて倒れてしまいますわっ!
それに……画面に映る方々は、太陽のようにキラキラした王都の完璧美少女ばかり……!
それに比べて私なんて、森の奥でフラスコを振るしか能のない陰キャの引きこもり魔女……!
あんな場所へ乗り込んでいったら、場違いすぎて恥ずかしさで心臓が破裂してお墓に入っちゃいますわーーっ!!」
ゼェ、ゼェ、と肩で息をしながら、エレナは試作タブレットを抱えてシクシクと涙ぐんだ。
「うぅ……ミナトくん……会いたいですわ……。
でも、もっと……もっとこのタブレットを完璧に仕上げて、誰が見ても『これぞ奇跡の発明!』と認めてもらえる手土産にしなければ、怖くて会いに行けません……っ!
うぅぅ、見ていてくださいましミナトくん、今夜も徹夜で回路を刻み込みますからねぇぇぇっ……!」
森の美しき大魔女は、あまりのウブさとコミュ障のせいで、今夜も自爆の床ローリングを繰り返すのだった。
一方、その頃。
王都・アステリア大聖堂の裏手にある、静かな区画。
「ミナトさん、こちらです。少し狭いですが、足元にお気をつけくださいね」
「ありがとうございます、ルミア様」
午後の設営休憩中、俺はルミアさんに案内され、大聖堂の奥にひっそりと建つ木造の古い建物を訪れていた。
白壁のあちこちに補修の跡があるその建物は、アステリア教会が身寄りのない子供たちを保護している【教会孤児院】だった。
【主神アルト】:お、今度は大聖堂の裏手か? 屋台の資材置き場か何か?
【豊穣神デメトラ】:ふむ、厳かな大聖堂の表側とは打って変わって、いささか慎ましい佇まいじゃのう。
【愛の女神フィリア】:あら? 小さな子供たちの声が聞こえますわ!
胸ポケットの神具スマホに神々のコメントが流れる中、食堂の扉が開いた。
中では、三歳から十歳ほどの子供たち二十人ほどが、粗末な木のテーブルを囲んで昼食をとっていた。
だが――その食卓に並んでいるものを見た瞬間、俺は言葉を失った。
欠けた木の器に入っているのは、具材のほとんどない、濁った塩味の野菜スープ。
そして子供たちが小さな手で一生懸命に齧っているのは、石のように硬く黒ずんだ、ボロボロの古麦パンだった。
「硬いよぉ……スープにつけても噛めないよ……」
「我慢しなさい、トーマス。残したらバチが当たっちゃうんだから」
小さな男の子が涙目でパンをスープに浸し、年上の少女が必死に励ましている。
「ルミア様……これは……」
俺が小さく問いかけると、ルミアさんは胸の前で手を組み、悲しそうに伏し目がちになった。
「……アステリア教会の運営資金は、貴族からの寄進と信徒からの喜捨で成り立っています。
ですが、近年の飢饉と物価高騰の影響で、教会全体の予算も削られておりまして……。
大司教様も頭を悩ませているのですが、どうしてもこの子たちに十分な小麦や薪を回してあげられないのです。
これから冬が来れば、さらに寒さと飢えが厳しくなります。私……聖女でありながら、何もしてあげられなくて……っ」
ルミアさんの瞳に、悔し涙が滲む。
子供たちを救いたいのに、教会の組織や政治の壁に阻まれて手が届かない。
その無力感に、彼女はずっと胸を痛めていたのだ。
その時、一人の小さな男の子がトタトタと駆け寄ってきた。
そして、俺の肩に乗っている金色のモフモフを見上げ、目を真ん丸にした。
「わぁ……! きつねさんだ……! 金色に光ってて、すっごく可愛い……!」
「む? 小僧、妾の気高き神獣の美しさが分かるのか? よいぞよいぞ、特別に尻尾を触らせてやるのじゃ!」
コハクがふさふさの七色の尻尾を差し出すと、子供たちが「きゃーっ!」「ふわふわだー!」と一斉に集まってきた。
子供たちの無邪気な笑顔。
けれど、その服はツギハギだらけで、腕は痛々しいほど細かった。
(……俺は、何のためにこの世界で配信をして、料理を作ってるんだ?)
胸の奥が、ズキリと痛んだ。
天界通販でいくらでも美味いものを取り寄せられて、神々から莫大なスパチャをもらって。
広場で巨大なフェスを開いて、王都中をお祭り騒ぎにして……「美味しかった、楽しかった」で大金を稼いで、それで終わりなのか?
俺は戦えないし、魔法も使えない。
だけど――目の前でお腹を空かせて泣いている子供たちを見捨てるような真似は、絶対に嫌だ。
「コハク、子供たちの相手をしててくれ」
「うむ、任せるのじゃ! ほれ、次は頭を撫でてもよいぞ!」
俺は厨房の片隅へ行き、天界通販アプリを素早く起動した。
手持ちのスパチャポイントを消費し、長崎の老舗が誇る【極上しっとり和三盆カステラ(特大2斤桐箱入り×3箱)】を取り出す。
あらかじめ綺麗に等分カットされた、黄金色に輝くスポンジ生地。
底面には大粒のザラメ糖がキラキラと宝石のように敷き詰められている。
「みんな、集まって! デザートに甘いお菓子を配るよ!」
「「「わぁぁぁぁっっ!!」」」
子供たちが一斉に歓声を上げて駆け寄ってくる。
俺は手渡しやすいようにペーパーナプキンにカステラを一切れずつ乗せ、子供たちの手に配っていった。
「はい、どうぞ」
「ありがとう、お兄ちゃん……! わぁ、すっごく柔らかい……! ふわふわだぁ……!」
子供たちが恐る恐る、小さな口でカステラをパクリと頬張った。
――その瞬間。
子供たちの瞳が、満月のように見開かれた。
「あまーーーーいっっ!!」
「なにこれぇぇぇ!? 噛まなくてもお口の中でとけちゃうよぉ!!」
「下のところがジャリジャリしてて、すっごく美味しいっ!!」
食堂中が、歓喜の悲鳴で満たされた。
パサパサの黒パンとは比べ物にならない、しっとりと吸い付くようなきめ細やかな生地。
鶏卵と和三盆の上品な甘み、そして底のザラメの心地よい歯ごたえ。
子供たちは顔中を黄色い粉だらけにしながら、涙を浮かべて夢中で頬張っていた。
「おいひい……おいひいよぉ……っ」
最初に出迎えてくれた小さな男の子が、カステラを胸に抱きしめ、ポロポロと大粒の涙をこぼした。
「ぼく……こんなに甘くて柔らかいもの、生まれて初めて食べたよ……! お兄ちゃん、ありがとう……っ!」
「……うん、いっぱいお食べ。おかわりもあるからね」
俺がしゃがんで男の子の頭を優しく撫でると、男の子は満面の笑顔で頷いた。
その光景を、食堂の入り口で見つめていたルミアさんが、両手で口元を押さえてボロボロと涙を流していた。
【豊穣神デメトラ】:ううっ……なんという健気な子供たちじゃ……! 大地の恵みたる菓子を、これほど愛おしそうに食べおって……っ! (100,000pt赤スパ寄付)
【愛の女神フィリア】:涙が止まりませんわ……っ! ミナト君の温かい優しさが、子供たちの心を救いましたのね……っ!(100,000pt赤スパ寄付)
【主神アルト】:あかん、普通に泣いたわ。ミナト、神スパチャ全部使っていいから、美味いもん死ぬほど食わせてやれ! (200,000pt赤スパ寄付)
『神々よりスーパーチャット:合計400,000ptが寄付されました』
胸のスマホが激しく振動する中、俺の心の中で、一つの迷いが完全に消え去った。
(決めた)
俺は広場へと戻り、設営作業の合間を縫って、フェスの首脳陣――ルミアさん、シルヴィアさん、クラリッサさん、そしてユリアス卿の四人を貴賓天幕へと集めた。
「皆さん、設営でお忙しいところ集まっていただきありがとうございます」
「改まってどうしたのです、我が主? 我らに命じることならば、いかなることでも承りますが」
シルヴィアさんが真剣な眼差しで胸に手を当てる。
「単刀直入に言います」
俺は四人の顔をまっすぐに見据えて告げた。
「フェスで得られる屋台の売上……そこから食材の原価を差し引いた【純利益の全額】を、大聖堂裏の教会孤児院へ寄付したいと思っています」
天幕の中が、シンと静まり返った。
最初に口を開いたのは、筆頭パトロンのクラリッサさんだった。
扇子をパチンと閉じ、信じられないものを見る目で俺を凝視する。
「……な、なんですって? 貴方、正気ですのミナト!?
大聖堂前広場を数日間貸し切り、数万人の市民を相手にする大規模商戦ですのよ!?
どれほどの莫大な金貨が動くと思っているのです! それを……一握りも自分の懐に入れず、すべて寄付するだなんて……!」
「はい。全額です」
俺は迷いなく頷いた。
「俺は、この神具スマホの通販があれば食べるものにも寝る場所にも困っていません。
でも、あの子たちには、冬を越すための温かいシチューも、隙間風を防ぐ薪も、破れていない毛布も足りていないんです。
せっかく王都中のみんなが集まって、笑顔で美味しいものを食べるお祭りなんだから……その結果として、一番お腹を空かせている子供たちが救われるべきだと思うんです」
俺は深々と頭を下げた。
「皆さんには、場所の手配や警備、魔導技術で多大な協力をしてもらっています。
俺のわがままで皆さんの取り分まで無くすつもりはありません。皆さんの経費は必ず売上から支払います。
その上で……俺が受け取るはずの利益を、すべて孤児院の支援基金に充てさせてください」
静寂が天幕を包む。
だが、頭を下げた俺の目の前に、スッと白い手が差し伸べられた。
顔を上げると――ルミアさんが、涙で濡れた瞳に満面の笑みをたたえて、俺の手を両手で優しく包み込んでいた。
「……ありがとうございます、ミナトさん。
貴方は……本当に、主神様が遣わしてくださった慈愛の使徒様です。
私からも、心からお願いいたします。子供たちの未来を、どうか救わせてください」
「ルミア様……」
続いて、シルヴィアさんが力強く頷き、宝剣の柄に手を添えた。
「我が主の気高き志……近衛騎士団の名にかけて、全身全霊でお支えいたします!
民の飢えを救い、未来ある子らに光をもたらすことこそ、真の騎士の務め! 利益など一銅貨たりともいりませぬ!」
「ち、ちょっと二人とも! わたくしを置いて美談でまとめないでくださる!?」
クラリッサさんが顔を真っ赤にして割り込んできた。
扇子でツンと俺の胸を小突く。
「ふ、ふん! アルスハイム家が、平民の少年に器の大きさで負けたなどと社交界で噂されては末代までの恥ですわ!
広場占有の経費など請求いたしません! わたくしの出資分もすべて寄付に上乗せなさい!
その代わり……フェスが終わったら、あの美肌パックをまた融通していただきますわよ、ミナト!」
「クラリッサさん……ありがとうございます!」
そして、天幕の隅で腕を組み、フリクションボールペンを指先で回していたユリアス卿が――ふっと、氷を溶かすような極上の笑みを漏らした。
「……非論理的だ。経済合理性の観点から見れば、完全に狂気の沙汰だな」
ユリアス卿はサファイアの瞳を細め、まっすぐに俺を見つめた。
「だが……数式と損益計算書だけで動く俗物どもには、決して生み出せぬ熱量がそこにある。
我が友ミナト殿。貴殿のその高潔な魂に、我がクロイツェル公爵家も全霊の敬意を表そう。
音響魔導器の設置費用および魔導花火の触媒代、すべて我が家が全額無償で負担する。
王都の子供たちに、生涯忘れ得ぬ最高の祭典を見せてやろうではないか」
四人の心が、一つに重なり合った。
打算も、利害も、身分の壁もない。
ただ「子供たちを笑顔にしたい」というミナトの誠実な想いが、王都の頂点に立つ者たちの心を完全に束ね上げたのだ。
【主神アルト】:全員かっこよすぎて草ァ!! 最高のチームじゃねえか!!
【愛の女神フィリア】:あああっ……! 皆様の心が一つに……! これぞ神々の見たかった美しき絆ですわーーっ!!(100,000pt赤スパ寄付)
【武神アーレス】:うむ!! 己の私腹を肥やさず、弱きを助けるために兵站を動かす! これぞ真の覇道よ!! (100,000pt赤スパ寄付)
『神々よりスーパーチャット:合計200,000ptが寄付されました』
天界からの祝福の光が神具スマホを満たす中、コハクが俺の肩で誇らしげに胸を張った。
「くっくっく、役者は揃ったのうミナト! さあ、泣いても笑っても準備は佳境じゃぞ!」
「ああ、やろうコハク! 最高のフェスにして、子供たちに満腹の笑顔を届けよう!」
こうして、『王都屋台グルメフェスティバル』は――王都の全権力を巻き込んだ、前代未聞の【一大チャリティフェスティバル】として、いよいよ本格的な準備期間へと突入していくのだった。
第25話をお読みいただきありがとうございました!
第26話からは、いよいよフェス本番に向けた【準備編】がスタート!
まずはミナト不在の中、クラリッサの部屋でルミアと二人が美肌パックを貼りながら本命探りの赤面密談を繰り広げる、女子会回です!
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