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この世界の魔法、二百年前からバグってます ~元エンジニアの異世界デバッグ記録~  作者: 霧里 野蒜


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第43話 魔導設計院

 俺は三日、返事をしなかった。

 ケイル卿の申し出は、はっきりしていた。反逆者として追うのはやめる。その代わり、新しい組織の長になれ。核の製造と配布を統べ、新しい魔法の仕組みを管理する。学院も新設する。名誉も地位も思いのままだ。

 ……取り込む、ということだった。

 倒せないと悟った家が、次に選んだ手。俺を組織の長に据えて、その中に閉じ込める。地位で縛り、権威で囲い、身動きを取れなくする。二百年前、初代エルドレインを止めたときと同じだ。あのときは封じた。今度は祭り上げる。やり方は逆でも、狙いは同じ。動けなくすること。

 受ければ、俺は自由を失う。

 組織の長になれば、俺はもう、詰所で気ままに研究する男ではいられない。会議に出て、書類に判を押し、家の目の届く場所で、家の望む速さでしか動けなくなる。前の世界で働きすぎて死んだ俺が、異世界で静かに暮らす未来すら捨てて、今度は金の檻に入る。

 断るべきだった。

 でも、俺は断れなかった。


 断れない理由が、ひとつあった。

 レンだ。

 俺は、あの子に約束した。レンが自由になる方法を必ず調べる、と。確かめてもいないことを初めて口にして、あの約束を、俺は、まだ、果たしていない。

 レンの矛盾はいまだ解けていなかった。

 この国の子供は、これから、自分で属性を選べるようになる。儀式が置き換わり、一人ずつ、選ぶ子が増えていく。……でも、レンだけは選べない。レンが属性を選べば、原型の力が消える。他人の膜を剥がせなくなる。既に属性を差し込まれた大人を、原型に戻す手立てが失われる。レンは、みんなを自由にする鍵だから自分だけは、原型のままいなければならない。

 みんなを解放する子が、自分だけ解放されない。

 その矛盾を解くには、腰を据えた長い研究が要った。無属性のまま魔法が使える方法。あるいは、属性を選んでも剥がす力を失わない方法。……そんなものが、あるのかどうかも分からない。地脈杭のように、確かめれば道があるとは限らない。でも、探すには、場所と時間と道具が要る。

 逃亡者のままではできない。

 追われながら、隠れながらでは、あの子を自由にする研究は進められない。

 ケイル卿の申し出は檻だった。でも、その檻には俺が今、一番欲しいものが揃っていた。場所、時間、資源、研究する環境。……家は、俺を閉じ込めるために、それを差し出した。俺はレンを自由にするためにそれを使う。

 檻を研究室に変える。

 それが、俺の答えだった。


 三日目、俺はケイル卿に会いに行った。

 「受けます」

 俺が言うと、ケイル卿は微笑んだ。勝ったと思ったのだろう。

 「賢明だ。……あなたならそう選ぶと思っていた」

 「ただし、条件があります」

 俺は言った。

 「条件?」

 「俺が選んだ三人をを組織に入れてください。フォン・エルドレイン嬢。それから、レンという子。それから、ヨナという若い刻印士。この三人がいなければ、俺は何もできません。仕組みを作ったのは俺一人じゃない。あの三人と一緒に作った。三人を入れないならこの話は無かったことにします」

 ケイル卿は、少し考えた。

 彼にとって悪くない条件だと踏んだのだろう。三人を組織に入れれば、三人とも家の目の届く場所に置ける。アリシアは家の娘、レンは危険な証拠、ヨナは扇動の芽。全員、監視下に置ける。俺を檻に入れるついでに、厄介な三人も同じ檻に入れられる。

 「いいだろう」

 ケイル卿は言った。

 「三人とも組織に迎える。フォン・エルドレイン嬢は、元々、家の娘だ。戻る場所に戻るだけのこと。ヨナという刻印士は釈放させよう。属性を持たぬ子は……まあ、あなたが、そばに置きたいなら置けばいい」

 彼は、レンのことをまるで荷物のように言った。

 俺は、その言い方に腹が立ったが、顔には出さなかった。……今は、いい。三人をそばに置ける。それで十分だ。


 組織は、ひと月で形になった。

 名は、魔導設計院。王都の外れに真新しい建物が建った。石造りの立派な、しかし窓の少ない建物だった。学院よりも、詰所よりも、ずっと、堅牢に見えた。逃げ出しにくそうな建物だった。

 俺は、その院の長になった。身分証も持たない異世界人が、院長の椅子に座らされた。

 でも、その椅子の周りには、家の配した職員が、ずらりと、並んでいた。

 書記官。会計官。庶務官。みな、丁寧で、有能で、そして、家の息がかかっていた。俺が何をするか、誰と会うか、何を書くか、すべて、記録され、家に、報告される。院長は、俺だった。でも、院を動かしているのは、家の職員たちだった。

 ケイル卿は狡猾だった。

 俺を長にした。でも、俺の周りを家の人間で固めた。俺は命令はできる。でも、その命令を実行するのは家の職員。彼らは俺の命令を丁寧に聞いて、丁寧に遅らせ、丁寧に骨抜きにする。逆らわない。ただ、動かない。それが、彼らの仕事だった。

 金の檻の中で、俺は院長という名の囚人だった。


 だが、俺には、三人がいた。

 家の娘として迎えられてアリシアが来た。でも、家の側にはつかなかった。

 「私は、桐島さんの側です」

 彼女は、職員たちの前ではっきり言った。

 「家の娘だから家に従う。……そういう時代を終わらせるために、私は、ここに来ました。私が家の娘でありながら、家に従わないこと、それ自体が、この院の意味です」

 牢から釈放されてヨナが来た。前庭で捕らえられたあの若い刻印士は、少し、痩せていたが、目は前より強くなっていた。

 「僕は、現場を知っています」

 ヨナは言った。

 「村で儀式を置き換えている若い刻印士たちと繋がっています。院が、机の上で何を決めても、現場が動かなければ意味がない。僕は院と現場を繋ぎます。家の職員がいくら遅らせても、現場は、もう、止まらない」

 そして、レンが来た。

 あの子は真新しい院の堅牢な建物を見上げて、ぽつりと言った。

 「ここ、隙間、少ないね」

 俺は、少し笑った。

 「ああ。立派すぎて隙間が少ない」

 「でも」

 レンは言った。

 「隙間が無い壁は、無いよ。どんな壁にも、境目はある。……あたしには、見える。この壁にも、ちゃんと、隙間、ある」

 レンは、堅牢な石の壁の俺には見えない境目を指でなぞった。

 その言葉は、この院そのもののことのように聞こえた。家が、どれだけ堅牢に、俺を、囲もうとも、どんな壁にも境目はある。隙間はある。……レンには、それが、見える。


 その夜、俺は院長室で一人で机に向かった。

 窓は小さく、外はほとんど見えなかった。俺は、もう、自由には動けない。家の職員に囲まれて、記録され、報告され、遅らされて。……これが、世界を変えた代償だった。世界は自由になっていく。その中心で俺は自由を失った。

 でも、後悔はしていなかった。

 俺は、机に白紙を広げた。

 これからレンを自由にする研究を始める。無属性のまま魔法が使える方法。属性を選んでも、剥がす力を失わない方法。……あるのか、ないのか、分からない。二百年、誰も、考えなかったことだ。地脈杭のようにはいかないかもしれない。

 でも探す。

 この家が用意した金の檻の場所と時間と資源を使って、俺はあの子を自由にするために使う。

 俺は、白紙の一番上に書いた。

 『レンを自由にするために、無属性のまま魔法が使える方法を、これより探す』

 ペンを置いて、俺は、小さな窓の外を見た。

 闇の中に、王都の灯りが点々と見えた。あの灯りの下で、今日もどこかの村で子供が、差し込まれずに、自分で属性を選んでいる。

 みんなは自由になっていく。

 あとはレン一人だ。

 あの子を自由にできれば、俺のやり直しは終わる。

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