第42話 懐柔
弾圧が止まったのは唐突だった。
前庭に立ち続ける者が、千人を超えた頃、王宮から新しい布告が出た。ヨナたちが捕らえられて、十日後のことだった。
布告はこう言っていた。
属性に関する桐島蒼の記録については、その真偽を、学院委員会においてあらためて検証する。検証の間、桐島蒼の身柄については、これを拘束せず。前庭の集会は、速やかに解散すること。捕縛された者たちは、順次釈放する。
あれほど、反逆だと断じ、捕らえろと命じた王家が、手のひらを返したように、検証を認めた。
ハウゼンがその布告を持ってきたとき、俺はすぐには信じられなかった。
「勝ったんですか」
俺は聞いた。
「……分からん」
ハウゼンは言った。
「認めさせたのは、確かだ。だが、これが勝ちなのか。俺には、まだ、読めん」
なぜ、王家が折れたのか。
俺は詰所で考えた。答えはいくつかあった。
ひとつ、前庭の抵抗が消えなかったこと。潰しても、潰しても、増えた。千人を超えた群衆を力で全部潰せば、それこそ暴動になる。血が流れる。王家はそれを恐れた。
もうひとつ。こっちの方が大きかったと思う。
儀式の置き換えが止まらなかったこと。布告が出た頃には、もう、二十を超える村と町で儀式が置き換わっていた。若い刻印士が、それぞれの赴任先で判定石を核に変えていた。……それを、止める法は無かった。止めるには新しい法を作らないといけない。でも、新しい法を作るには議論が要る。議論をすれば、その中で、「なぜ、判定石でないといけないのか」が問われる。問われれば答えられない。判定石が差し込む石だという、疑いがそこで公になる。
王家は詰んでいたんだ。
力で潰せば暴動。法で禁じれば疑いが公になる。どちらも選べない。だから、王家は、三つ目の道を選んだ。
認める。検証を認める。
認めれば少なくとも、「王家は真実を恐れて隠した」とは言われない。堂々と検証させて、その上で判断する。そういう、姿勢を取れる。追い詰められた王家に、残された唯一の体面の保ち方だった。
「認めるというのは」
布告を読みながら、アリシアが言った。
「家にとっては敗北です」
「敗北?」
「ええ、家が一番避けたかったのはこれです。属性が後付けかどうかを、公に検証すること。検証されれば、事実が出る。家は、それを二百年封じてきた。返還請求で、遺稿を取り戻したのも、桐島さんを反逆者に仕立てたのも、全部、検証を避けるためでした。でも、今、王家が検証を認めた。家の二百年の努力が崩れた」
彼女は、布告を置いた。
「家はこれを許さないでしょう。王家に検証を認めさせたということは、家の力が、王家に及ばなくなったということです。家は必ず次の手を打ちます」
俺は頷いた。
勝った気はしなかった。ハウゼンの言う通りだった。認めさせた。でもそれが、勝ちかどうかは分からない。……敵は有能だった。二百年、この国を動かしてきた家が、この程度で諦めるとは思えなかった。
委員会が、再び、招集された。
地脈杭のときと、同じ顔ぶれに加えて王宮からの新しい委員も入った。今度の議題は、地脈杭じゃない。属性そのものだった。
俺は、また、委員じゃない席に座った。資料を出し問われれば答える。……ただ、今度の資料は地脈杭の比じゃなかった。国の根幹を、揺るがす資料だった。
委員会は真っ二つに割れた。
一方は、ケイル卿を中心に既存を守ろうとする委員たち。
「仮にこの記録が事実だとしても」
ケイル卿は相変わらず穏やかな声で言った。
「それを、公にするべきかは別の問題だ。属性は、二百年、この国の秩序を支えてきた。それが、後付けだと公になれば、秩序は崩れる。身分が揺らぐ。人々は混乱する。真実であることと、公表すべきであることは違う。私は、この検証を進めることに反対はしない。だが、結果を公にすることには慎重であるべきだと考える」
賢い後退だった。ケイル卿は、もう、真実を否定しなかった。否定できないと、悟ったのだ。だから、争点を、また、ずらした。真実か、否か、ではなく、公表すべきか、否か、へ。
もう一方は、若い技術官や地方の代表である改革を求める委員たち。
「すでに公になり始めています」
技術官が言った。
「二十を超える村で儀式が変わっている。止められません。ここで、委員会が結果を隠したところで、事実は、もう、末端から広がっている。隠せば、委員会は事実を知りながら隠した、と、後世に記録される。私は、そんな、記録に名を連ねたくない」
議論は平行線だった。
既存派は、公表を遅らせようとした。検証に時間をかけ、結論を先延ばしに。その間に儀式の置き換えを止める新しい法を作ろうとした。
改革派はそれを許さなかった。検証を急がせ、事実を確定させ、公表させようとした。
俺は末席で、その応酬を聞いていた。
気づいたことがあった。
委員会が、どちらに転んでも、もう大勢は決していた。
既存派が、公表を遅らせても、末端では儀式が置き換わり続ける。改革派が公表を急がせても、同じことだ。委員会の議論は、もう、現実に追いついていなかった。彼らが、公表するかどうかを、議論している間に、現実は、もう、変わっていた。子供が、委員会の許可なんて待たずに、村で属性を選んでいた。
委員会は、決める場所じゃなくなっていた。
起きてしまったことを、後から、追認するか、否認するか、それだけの場所になっていた。そして、否認しても、現実は変わらない。
真実は、もう、委員会の手を離れていた。俺の手を離れたように。
その、委員会の後だった。
ケイル卿が、廊下で俺を呼び止めた。何度もこの人に呼び止められたあの廊下である。
「桐島殿」
ケイル卿は言った。微笑んでいた。
「見事だ。正直に申し上げる。私はあなたを見くびっていた」
俺は身構えた。この人の微笑みは、いつも危険だった。
「あなたは、私たちを力では倒さなかった。反旗も翻さなかった。号令もかけなかった。ただ、事実を調べて、若者に渡していた。気づけば、儀式が置き換わっていた。私たちには止めようが無かった。止めようとするほど、私たちが隠していることが、露わになるようにできていた。……お見事だ」
「褒められているとは思えません」
「褒めている」
ケイル卿は言った。
「本気で褒めている。……だからこそ、だ」
彼の目が微笑みの奥で光った。
「あなたのような人を、敵に回しておくのは。……惜しい」
俺はその言葉の意味を測りかねた。
「あなたは、この国の魔法を変えた。……いや、変えつつある。それは、もう止まらない。認めよう。だが、桐島殿、変わった後のこの国は、誰がまとめるのだ」
ケイル卿は続けた。
「儀式が置き換わる。子供が属性を選ぶ。……結構。だが、それを誰が管理する。核を誰が作り、誰が配り、誰が正しさを保証する。無秩序に若い刻印士が、めいめいに核を作れば、粗悪な核も出てくる。子供の魔力を損なう失敗も出る。……あなたの作ったこの新しい仕組みには、それを束ねる中心が要る」
俺は、黙って聞いていた。嫌な予感がしていた。
「王家と家は話し合った。家はもはや止められないと悟り、王家は流血だけは避けたかった」
ケイル卿は言った。
「あなたを反逆者として追うのはやめる。……その代わり、属性の新しい仕組みを管理し、核の製造と配布を統べる組織を作り、その長にあなたを据える。学院も新設する。あなたの教えを伝える学院をだ。あなたは、この国の魔法の作り直しの中心となる。あなたは敵としては厄介です。しかし、味方としては、これ以上頼もしい者はいない」
……来た、と思った。
これが家の次の手だった。倒せないなら取り込む。
俺は答えた。
「嫌です。俺が中心になったら、意味がありません」
そう答えながら、俺は、自分の声が少し揺れているのに気づいた。……ケイル卿の言うことにも一理あったからだ。無秩序に核が作られれば、粗悪な核で子供が損なわれる。それは、本当に起こりうる。俺が一番恐れていることだった。
ケイル卿は俺の答えを想定していたのか、にやりと笑った言った。
「なら、ここまで起こした騒動の責任を誰が負う?設計者が完成図だけ描いて去れば、現場は混乱しますよ」




