第38話 背負える者、背負えない者
証明はできた。
判定石を核に置き換えれば、子供たちは属性は付け替えられるようになる。
その仕組みは、まだ、俺とレンとアリシア、この三人の手の中にしか無かった。三人が知っているだけでは世界は変わらない。
エルドレインが遺言に書いた通りに、真実を知らせて、道具で属性を選べるようにしよう。俺は、机の上の二つの束を見た。
ひとつ束は、エルドレイン遺稿の写しと俺の記録。属性は後付けで判定石は魔法属性を差し込む石で身分により配られたものだ、という真実。
もうひとつの束は、フレームワークの記録。属性の付け替え方。核の作り方。アリシアの実験の全データ。選べるという道具。
両方、揃った。
知らせるだけじゃ混乱を生む。道具だけじゃ意味が分からない。両方、一緒に公表する。それが選択になる。エルドレインが二十年かけてたどり着いた答え。俺が知らずに受け継いで、やっと、両方揃えた。
「出します」
俺はアリシアとレンに言った。
「もう隠しません。……いつ、どう、出すかを決めます」
最初に、思い浮かんだのは、ヨナだった。
あの若い刻印士。全面改修で王国中を回って属性の偏りに気づいた子。血じゃ説明できないと統計から疑った子。そして、俺にいつか答えると約束させた子。
ヨナは、もう疑いの入口に立っている。あの子になら話が早い。真実と道具、渡せば、あの子は理解する。そう、思った。
次に、ヨナが詰所に来たとき、俺は、あの子を奥の部屋に呼んだ。
「ヨナ。前に、属性のことはいつか答えると約束しました。今から、話します」
でも、その前に、と俺は言った。
「これから、話すことを聞いたら、あなたは、もう、後戻りできません。そして、これを知った者は危険になります。属性を身分の根拠にしているこの国の上の人たちが放っておかない。俺がそうです。レンがそうです。聞かずに、帰ることもできます。選んでください」
ヨナは、しばらく考えて、それから言った。
「聞きます。知らないままでいる方が僕には無理だ」
だから、俺は話した。
全部話した。
属性は、判定石により身分に合わせて割り振られているということ。ヨナが、気づいたあの偏りは、血筋じゃなくて割り振りの結果だったこと。遺稿の写しを、見せながら、エルドレインの図を見せながら。
そして、その先の道具のことも。属性は付け替えられること。アリシアが火から水へ、水から火へ、変えて熟練が残ったこと。判定石を核に置き換えれば、子供は差し込まれずに選べること。
ヨナは、蒼白になった。時々、手で口を覆った。しかし、最後まで聞き、逃げなかった。
話し終えて、俺はあの子を見た。
「……これを、あなたとあなたの仲間に渡したい。あなたたちは、もう、疑い始めている。だったら、正しい形で真実と道具を持っていた方がいい。乱暴に暴くんじゃなくて、確かめて広げられる。あなたならできる」
ヨナは答えなかった。
長い沈黙だった。
さっきよりもずっと、あの子の手が震えていた。
「桐島さん」
ヨナがやっと口を開いた。声が掠れていた。
「僕には無理です」
俺は、あの子を見た。
「僕は疑いました。属性がおかしいって。でも、僕が疑っていたのはここまでだ。おかしいなんでだろう、って、思うところまで。その先が、これだとは思わなかった。身分制度が全部が最初から作られていて、国の根っこが間違っている。それを、暴けば国が揺れて人が人が傷つく。いや、傷つくどころじゃない、死人が出る」
あの子は俯いた。
「僕はただの刻印士の見習いです。こんな大きなものを持たされても背負えない。持っても歩けない。僕が、これを持ってたら、仲間に話してしまうかもしれない。うっかり、漏らしてしまうかもしれない。そしたら、僕のせいで、めちゃくちゃな形で広まる。誰かが傷つくだけでなく、暴動が起き、国が混乱してしまうかもしれない。僕はそれが怖い」
ヨナの目に涙が滲んでいた。
「ごめんなさい。僕は受け取れません。知りたかった。知って良かった。でも、これを背負うことは僕にはできない。僕はこんな大きなものを扱える人間じゃないんです」
俺は何も言えなかった。
この子は正しかった。
俺は間違えていた。ヨナが疑ったからヨナに渡せばいい、と思った。でも、疑うことと、背負うことは違う。ヨナは疑う人だ。でも、この国を揺るがすような大きなものをひとりで背負える人じゃない。それは、この子の弱さじゃない。正直さだ。背負えないものを背負えない、と言える。うっかり漏らすかもしれない自分を、ちゃんと怖がれる。
俺は、この子を危険に巻き込むところだった。でも、渡す相手を間違えていた。ヨナは、伝播の芽だ。一人ずつ、なぜ、と問いを広げるその始まりだ。でも、真実の束そのものを最初に託す相手じゃなかった。それは、もっと重いものを扱える場所に渡さないといけない。
「ヨナ。謝らないでください」
俺は言った。
「あなたは正しい。俺が間違えた。こんな大きなものをあなた一人に渡そうとした。それは、俺の間違いです」
「桐島さん」
「あなたは仲間と疑い続けてください。なぜ、と問い続けて。でも、この束はあなたが持たなくていい。もっと、ちゃんとした場所に俺が提出します。あなたは、その日が来るまで、ただ、問う人でいてください。それで十分です。それが、一番、大事なことです」
ヨナは、涙を拭って頷いた。
「はい。問い続けます。それはやめません。ただ、これは僕には」
「分かってます」
ヨナは帰り際に、一度、振り返った。
「桐島さんは、これをどうするのですか」
俺は、少し、考えて答えた。
「一人じゃ、何もできません。だから、ちゃんとした場所で公表します。俺も背負いきれないから」
ヨナは、少し笑って帰っていった。
ヨナが帰った後、アリシアが、静かに言った。
「あの子は賢いですね」
「はい」
「自分に背負えないものを背負えない、と言えた。それは、勇気です。受け取る勇気より、断る勇気の方が難しいこともある」
「そうですね」
俺は言った。
「俺は、渡す相手を間違えました。疑う人に渡せばいいと思った。でも、違った。これは、一人の人間に託すものじゃない。制度に渡すものだ。ちゃんと、検証してくれて、ちゃんと記録に残してくれる場所に」
地脈杭のときと同じだった。俺は草原で叫んだんじゃない。備考欄に書いて、委員会という正式な場に資料として出した。属性も同じにしないといけない。噂として、漏らすんじゃなくて、記録として正式に提出する。
誰に。
俺の頭に、二人の顔が浮かんだ。
ハウゼンとオルグレン。
三十八年記録を書き続けた男。……記録の価値を誰よりも知っている人。そして、その記録をしかるべき場所へ渡せる立場にいる。学院長、オルグレンへ。
規則で動く人。感情じゃなくて、手続きで動く人。……だからこそ、真実を扇動じゃなくて、検証、手続きに乗せられるかもしれない。
明日、ハウゼンに相談しよう。俺はそう決めた。
その夜、レンが俺の隣に来た。
ずっと、静かだった。ヨナに真実を話す間も。その後も。
「レン。どうした」
「ヨナ、羨ましい」
レンが言った。
「え?」
「ヨナは、これから、いつか、好きな属性を自分で選ぶことができる。火でも、水でも。あたしは、選べない。ずっと、属性、無いまま。あたしがいないと、みんなの膜、剥がせないから。あたしは、剥がす人。選ぶ人じゃない」
俺は、息を止めた。
この子は、自分がこの仕組みの外にいることに気づいていた。みんなを自由にすることができるが、自分は自由にならない。……属性を持たないから、剥がせる。剥がすために属性を持てない。
「レン」
俺は、言いかけて、言葉が出てこなかった。
この子に何を言えばいい。君も選べる、と? ……嘘だ。レンが属性を選んだら、膜を纏ったら、もう、他人の膜を剥がせなくなる。レンの原型の力が消える。レンが、自由を選べば、みんなの自由が止まる。
俺が作った仕組みの一番大事な場所に、そして、一番報われない場所に、この子は、その矛盾の真ん中に立っていた。
レンの顔を見ながら、俺は言った。
「……それは、まだ結論じゃない」
「でも」
「レンしか剥がせない。それは分かった。でも、レンだけしか剥がせないとは、まだ、証明されてない。レンが力を保ったまま自由になる方法が無い、とも、証明されてない。俺は確かめてないことを、事実とは呼ばない」
俺は、レンを見た。
「だから、調べる。属性を付け替える方法を見つけたみたいに。レンが自由になる方法も、まだ、諦めない」




