表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この世界の魔法、二百年前からバグってます ~元エンジニアの異世界デバッグ記録~  作者: 霧里 野蒜


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
30/36

第30話 波乱

 七本目が直った。

 北線の王都側から七本。全部直った。最後の一本を直した日、王都の受入量を七日測った。七日とも変動幅を超えた。三十八年の記録に、一度も無かった高さが、七日続いた。もう、偶然じゃなかった。

 委員会は、地脈杭改修の全面実施を可決した。北線の残り。南線。東線。王国中の三百本すべて。二百年、直し方の分からなかった無駄が直される。

 技術官がハウゼンの手帳の写しを手に言った。

 「この三十八年の記録が無ければ、証明は成立しなかった。……あなたは誰にも読まれずに、これを、書き続けてこられた」

 ハウゼンは何も言わずに少し頷いた。三十八年前に失敗し、始末書を書かされた男の記録が、今、王国中の杭を直す工事の土台になった。

 地脈杭は勝った。

 でも、俺は勝った気がしなかった。

 勝ったことが、次の危険を呼ぶ。それが分かっていた。


 委員会の噂は、その日のうちに、学院を駆けめぐった。

 外来研究員が、エルドレイン卿の設計の欠陥を証明した。王国が、それを、認めた。……二百年、正しいとされてきたものが間違っていた。そう、証明した男が学院にいる。

 良い噂じゃなかった。

 廊下で、学生が、俺を避けるよう、なった。すれ違うとき、目を逸らす。ある者は囁く。エルドレイン卿を否定した男。秩序を乱す男。……そして、その男が連れている属性の無い子。

 レンを見る目が変わった。

 前は珍しい子を見る目だった。今は違った。危険なものを、見る目だった。属性の無い子。名簿にも載らない子。その子が秩序を乱す男と一緒にいる。……何か、良からぬことのしるしのように。

 レンは気づいていた。気づかない子じゃない。

 でも、いつも通り、飄々としていた。飯、食いに来て、俺の分の皿を置いて片方を食べて。何も変わらないふりをして。

 変わらないふりが上手い子だった。


 事件は、三日後に起きた。

 その日、俺は書庫にいた。試作の続きをしていた。アリシアも一緒だった。レンは、食堂にいるはずだった。昼飯を食いに。

 アリシアが、水を汲みに席を立った。

 しばらくして戻ってこなかった。

 嫌な予感がして、俺は書庫を出た。廊下、進んだ。中庭に、出たところで——アリシアがいた。

 レンを、背中に庇っていた。

 目の前に、男が二人。学院の者じゃない。身なりの良い家の使いのような男たちだった。一人がレンの腕を掴もうとしていた。アリシアが、その手を払いのけていた。

 「何をしているんですか」

 アリシアの声が怒りで震えていた。

 「フォン・エルドレイン嬢。……お退きください。我々は、その子を保護するよう命じられております」

 「保護」

 「属性を持たぬ子が危険な人物と関わっている。……その子のためになりません。しかるべき場所で保護し、属性を授ける。それがあの子の幸せです」

 ケイル卿の言葉と同じだった。属性を与えて守る。……でも、レンは断った。断ったのに今度は力ずくで連れて行こうとしている。保護という名前で。

 「その子は嫌がっています」

 アリシアが言った。レンの前から動かなかった。

 「嫌がっているのが見えないんですか。……本人が嫌がっているものを幸せのためと言って、力ずくで連れて行く。それを保護とは言いません。誘拐です」

 「フォン・エルドレイン嬢。ご自分のお立場を——」

 「私の立場はエルドレインです」

 アリシアが言った。声が通った。

 「二百年前、私の家が人から選択を奪いました。本人に問わずに属性を差し込んだ。……その、同じことを、今、私の家の名前でこの子にしようとしている。……させません。私がエルドレインである限り」

 男たちがひるんだ。

 その隙に、俺は二人の間に割って入った。レンをアリシアごと背中に庇った。

 「帰ってください」

 俺は言った。

 「この子に手を出すなら、俺が相手です。……そして、俺は今日のことを書きます。日付、時刻、場所、あなたたちの人相。誰の命令で来たか。全部書いて、残します。もし、この子に何かあったら、その記録が残ります。二百年後にも読める形で」

 男たちは俺を見た。それから顔を見合わせた。

 「……今日のところは」

 一人が言った。

 「引きます。だが、フォン・エルドレイン嬢。桐島殿。……よく、お考えください。その子を抱えていることがその子を危うくしている。手放すことがその子のためかもしれない」

 そして、去っていった。


 中庭に三人残った。

 レンは俺の背中をずっと掴んでいた。飄々としたいつもの顔じゃなかった。

 「レン」

 俺が振り返ると、レンは俺の服を掴んだまま下を向いていた。

 「……こわかった」

 小さい声だった。

 「あたし、こわかった。連れてかれると思った」

 初めてだった。この子が怖いと言ったのは。壁を通り抜け、封緘を開け、判定石の前でも動じなかった子が。初めて怖い、と言った。

 俺は、何も言えなかった。

 守る、と、言ってきた。でも、アリシアがいなければ守れなかった。アリシアが、たまたま、水を汲みに行かなければ、この子は連れて行かれていた。

 学院は安全な場所だった。塀があって、門があって、規則があって。俺は、この子をここにいさせれば安全だと思っていた。

 違った。

 塀の内側まで、手が伸びてきた。学院はもう安全じゃない。


 その夜、アリシアの様子がおかしかった。

 レンを、部屋に送り届けて戻ってきてから、ずっと、黙っていた。中庭では、あれほど、毅然としていた人が。

 「アリシアさん。……今日は、ありがとうございました。あなたが、いなければ」

 「桐島さん」

 アリシアが俺を遮った。

 「私は、正しいことをしたんでしょうか」

 「え」

 「レンを助けました。連れて行かせなかった。……でも」

 彼女の声が揺れていた。

 「あの男たちの言ったことも間違いではないんです。レンが、私たちと一緒にいるから危険なんです。私たちが真実を追いかけているから。……もし、レンが属性を受け入れて普通に暮らせば、あの子は安全になる。名前を持てる。学院にも入れる。危険な私たちから離れて」

 「アリシアさん、それは」

 「私は、あの子を助けたつもりで。……あの子を危険な場所に引き止めただけかもしれない。私たちの正しさのために、あの子を証拠のように、そばに置いているだけかもしれない」

 俺は、言葉を失った。

 それは、俺が前に自分を責めた言葉と同じだった。レンを証拠として使おうとしている、と。……アリシアも今同じ淵を覗いていた。

 「知らせることが」

 アリシアが続けた。声がほとんど聞こえないくらいに。

 「本当に正しいんでしょうか。真実を知らせれば、世界が揺れる。レンのような子が危険になる。……知らせない方が、みんな、平穏に暮らせるんじゃ、ないでしょうか。二百年、そうだったように。……私の家がそうしてきたように」

 アリシアが、初めて揺らいでいた。

 真実に向かってまっすぐ歩いてきた人が。家を取り消し、祖先を直視し、迷わず、俺の側に立ってきた人が、初めて、封じる側の論理に傾きかけていた。知らせない方が、平穏だ、と。

 俺は、彼女を責められなかった。

 だって、彼女は、今日、レンを庇ったのだ。身体を張って。そして、庇ったことが、レンを危険な場所に縛りつけているのかもしれない、と、苦しんでいる。……正しいことをした人が、その正しさに苦しんでいた。


 部屋に一人になって俺は机に向かった。

 でも、ペンが動かなかった。

 いつもなら今日の事件を書く。日付、時刻、場所。男たちの人相。アリシアの言葉。レンの「こわかった」。……全部書いて残す。それが俺のやり方だった。

 でも、今日は書いても何も解決しない気がした。

 書いて、残して、どうなる。二百年後の誰かが読む。……その、二百年後まで、レンは待てない。今日、連れて行かれかけた。次はいつだ。明日か。明後日か。アリシアがいないときか。

 記録はレンを守らない。

 試作も間に合わない。術式ひとつ付け替えただけだ。人の魔力までどれだけかかるか分からない。その間にレンは連れて行かれる。

 俺のやってきたことは、書くこと。直すこと。試すこと。……全部、遅すぎる。目の前のこの子を、今、守るには遅すぎる。

 じゃあどうすればいい。

 俺は分からなかった。

 守る場所が無い。学院は安全じゃない。逃げる場所も無い。属性を受け入れれば、安全になる。でも、それは、この子を消すことだ。レンが、レンでなくなることだ。

 守るには、この子をレンのまま守るには、どこにもそんな場所は無かった。

 ……無いなら。

 俺はそこで手を止めた。

 無いならどうする。

 いつもそうだった。直せない、と、みんなが言うものは、直し方が、まだ、見つかっていないだけだった。安全な場所が無いなら。……無い場所を探すんじゃなくて。

 その先を、俺は、まだ、言葉にできなかった。

 何か大きなものが目の前にあった。今までの、「書く」「直す」「試す」の、どれとも違う、もっと、大きなもの。それに、手を伸ばせば、俺は、もう、静かな研究者ではいられなくなる。それが分かった。

 だから、俺は、まだ、手を伸ばさなかった。

 怖かったからだ。

 ペンを置いた。今日は、何も書けなかった。書けなかったのは初めてだった。

 その、書けなかったという事実だけが、俺のこれまでのやり方が限界に来ていることを告げていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ