# 05
「犯人はこの中にいます!」
高らかに放たれた荻原さんの宣言に、僕の頭は一瞬からっぽになった。
もちろん、本来ならその宣言は非常に喜ばしいものだ。事件解決が目前であることを示す合図である。
だが、それもタイミング次第だ。
だって、ここは変わらず柚子ちゃんの部屋で、中には僕と柚子ちゃんと荻原さんしかいないのだから。というか、荻原さんが電話のために一旦外に出てから、まだ三分も経っていない。
しかし、やはり僕が何か言おうとする前に、荻原さんが言葉を続けてしまう。
「すみません、一度言ってみたかったもので」
照れと満足を混ぜたような表情で笑う荻原さん。
毎度よく分からないセンスだけど、どうやら彼女なりの冗談だったようだ。
――と、安心したのも束の間だった。
「あ。ですが、これは冗談ではありませんよ。本当に、今回の犯人はこの中にいます」
「はい?」
いつものように心を読んだかの如く、しれっと宣言し直す彼女に、僕の頭には再び空白が訪れる。
だってこの部屋には三人しかいない。
僕は――もちろん犯人じゃない。
今日初めて会った荻原さんも――当然除外していいだろう。
だがそうなると、残るのは……
「ええ、その通りです。舞川柚子さん、あなたが犯人――つまり自作自演ですね?」
僕と荻原さんの視線を浴び、柚子ちゃんの肩がびくりと震え、その瞳が激しく動く。
しかしそれでも、絞り出すように彼女は反論を口にした。
「ど……どうして、そんなこと言えるんですか?」
「理由は簡単。この写真に、大きな矛盾が二つあるからです」
そう言って荻原さんは、手にしたタブレット端末を僕たち二人に見せる。そこには『この部屋の写真』が表示されていた。
「……これのどこが?」
小物などの配置から考えて、これは今さっき撮影したものではなく、事務所を訪れた際に見せた『この部屋の写真』を、荻原さんが再度撮影したものだ。
そして、この写真なら僕だって何度も見た。しっかり整理整頓された綺麗な部屋。今改めて見ても、そこに矛盾や違和感は一つも覚えない。
だけど荻原さんは、そんな僕にも分かるように優しく丁寧に解説していく。
「まず一つ目。もし私が舞川さんのストーカーだったら、こんな写真、本人に送りつけたりしません。だって苦労して侵入した割に、得られるのは損ばかりですからね」
「損、ですか?」
「ええ。だって侵入したことを知られれば、警察に通報されるかもしれない。鍵を替えたり、増やされるかもしれない。あるいは、ここから引っ越しされてしまうかもしれない。ですがそれに対してメリットといえば、ストーカーである自分を認識してもらえるくらいなものと、あまりに不釣り合いです。一応、隠しカメラや盗聴器なども調べてみましたが、仕掛けられている形跡はありませんでしたしね」
「…………」
そう言われると確かに、荻原さんは先ほど、家具の裏やコンセント周りなどを見て回っていた。そういった類のものは、そういうところに仕掛けられるのが多いと聞く。
だけどそれだけで、これが柚子ちゃんの自作自演だとは言い切れないだろう。
ストーカーの誰もが誰も、まともに損得を計算できるとは思えないし、むしろそれが偏ってしまった人間がストーカーになるんじゃないだろうか。
そんな疑問を抱いた僕だったが、それに対する解答を用意していない荻原さんであるはずがなかった。
「続いて二つ目。正直言って、この写真に写る部屋は綺麗すぎます」
「……それが、何か問題でも?」
部屋が綺麗であるなら、それに越したことはないだろう。
しかし当然ながら、彼女はそんな呑気なことを指摘しているわけではなかった。
「まるで『誰かに見せることを想定して、部屋を綺麗にした』みたいなんですよ、この写真。もちろん個人差はあると思いますが、少なくとも私の部屋は、いつもこんなに綺麗じゃありません。ですから検証のために、少し意地悪をさせてもらいました。大変申し訳ありませんでした、舞川さん」
そう言って頭を下げる荻原さんに、うまく言葉にならぬ声を上げ、柚子ちゃんは慌てふためくばかりだ。
思い返せば確かに、この部屋に入る前の押し問答には荻原さんらしからぬ感じがあった。しかしあれは、柚子ちゃんの反応を試していたんだろう。
そして、反応と言えば初対面のとき――自分を警察官だと偽ったのも、同じ理由からだったのだろう。偽物の事件に本物の警察が入ってきたら、心の底から慌てるに決まっているし、現に柚子ちゃんの反応もそれに近かった気がする。
しかしそう考えると、新たな疑問が一つ浮上してきた。
「あの、荻原さんはいつから柚子ちゃんを?」
初対面の際にあんなことをするには、それ以前から彼女を疑っていなければならないことになる。だけど、他の場所を調査しているときも、そんな素振りは一切見えなかった。
では、いつどのタイミングで?
その答えは実にあっさりと、さも当たり前のように提示された。
「最初からですよ。正確に言えば、末永さんに写真を見せてもらい、舞川さんについて聞かせてもらった段階で、自作自演だろうと推測していました」
「そんなときから……でも荻原さん、そんなこと一言も」
「言えませんよ、検証もせずにそんなこと。これでも一応、事務所の看板を背負ってるわけですから」
信用が第一ですからね、この業界。
と、笑みを浮かべる荻原さんは「それで、舞川さん」と、俯いたまま黙り込んでしまった柚子ちゃんに改めて向き直った。
「私の推測は合っていますでしょうか? 先ほど萩原にも確認は取りましたので、おそらく間違いはないと思うのですが。まあ……動機に関しては生憎、その手の方面に疎いものですから、私からは何とも言えないのですけど」
そう言って、にこやかにチラリと僕を見る荻原さん。
その意図はよく分からないが、しかしそれを見ていた柚子ちゃんには何か伝わったようで、小さいながらも確かに彼女に答えた。
「ごめんなさい……」
「いえいえ、気になさらなくて大丈夫ですよ。それに、舞川さんが犯人で本当に良かった」
「――良かった?」
僕より一瞬早くその疑問を口にした柚子ちゃんに、荻原さんは「ええ、良かったです」と同じ言葉を繰り返す。
「被害者も加害者もいない――あるいは、事件そのものが存在しない。それこそが、我が事務所が目指す理想ですので」
――まあ、本当にそうなったら私、転職しなくちゃならないんですけどね。
今度こそ冗談としてそんなことを言って、荻原さんはやっぱり微笑んだのだった。




