# 03
「かもしれない――とは、どういったことでしょうか?」
まず荻原さんが食いついたのは、その部分だった。
だけどまあ、こういう仕事をしていると『ストーカー』なんてのはよく耳にする、ありふれた言葉なのかもしれない。
だから彼女の疑問に沿って話すべく、僕は鞄からクリアファイルを取り出した。
「まず、これを見てください」
取り出したクリアファイルの中からさらに紙を取り出し、テーブルの上に並べる。
A4サイズの紙が全部で四枚。そこにプリントされているのは、とある風景の写真だ。
「路上……大学の講堂……ロッカールーム……そして、どなたか――おそらく女性の部屋、といったところでしょうか?」
「ええ、その通りです」
荻原さんの言う通り、写真の一枚は、どこにでもあるような車道と歩道、そして街路樹を写したもの。
また一枚は、中央の大きな黒板を緩やかなカーブを描いた席が囲む講堂。また一枚は、灰色のロッカーが上下二段に並ぶ室内。
そして最後に、綺麗に整理整頓されたドレッサーやベッドが見える、誰かの部屋。
どれにも人物は一人も写っておらず、何か共通するものがあるわけでもなく、これだけ見ても意味やつながりを見出すことは難しいだろう。現に僕だって、最初に見せられたときは何も分からなかった。
しかし――
「実はこれ全て、その後輩の子に関係する場所なんです」
路上は、彼女の通学路。
講堂はもちろん、僕たちが通う大学のもの。
ロッカールームは、彼女のバイト先であるファミレスの女性更衣室で、部屋は……
「その方の部屋、ですね?」
「……はい。そして、こんな写真がある日突然、ポストに入っていたそうです」
「入っていたのは写真だけですか? 手紙やメッセージのようなものは?」
「いいえ。これだけが入っていたらしいです」
「なるほど……」
荻原さんはそう呟くと、テーブルに並ぶ写真に視線を落とし、部屋を写したそれを手に取った。
そして、それをじっくりと眺めながら、質問を続ける。
「ちなみに、送り主あるいは写真を撮った人物に心当たりは?」
「全くないそうです。それどころか、最近引っ越したばかりで、新居の場所を知っている人もほとんどいないそうです」
「警察に届けは?」
「いいえ。僕はそうしたほうがいいって言ったんですけど、彼女が大事にだけはしないでくれって。それに、こんな写真くらいじゃ警察は動いてくれないだろう、とも言われまして」
「確かに、これだけで事件認定するのは少し難しいですね」
「はい、僕もそうは思います。だけど、このまま何もしないわけにもいかない。何か起きてからでは遅過ぎる。だから、こちらに依頼を」
「なるほど……」
荻原さんは再びそう呟くと、今度は視線を写真から僕へと移し、にっこりと微笑んだ。
「その方は、とても大切な相手なんですね?」
「……、……はい」
眼鏡のレンズの向こうの、真っ直ぐで優しい瞳。
それに見つめられ、彼女に嘘やごまかしを言ってはいけないと感じた。
もちろん、そんなことを言うつもりは最初からない。依頼をする上で、訊かれたことには全て答えるつもりでいた。
だけど、言うつもりもなかったことも全て、打ち明けなければならない気分になってしまったのだ。
「彼女は、死んだ友人の妹です。妹のことを頼むと託されています。だから、もし彼女の身に何か起きたらと思うと――」
僕がそこまで言うと、荻原さんはやはり微笑んだまま「なるほど、そうでしたか」と頷いた。
そして彼女は、でしたら、とテーブル脇のラミネート加工された紙――見るとそれは萩原探偵事務所の料金案内だった――を、僕に差し出した。
「事前に概要をまとめた書類だけ作成しておく、というのはいかがでしょう? 萩原が戻りましたら、それを元にすぐ調査に当たらせることもできますし、もし何かあった場合も、書類を警察に提出すればスムーズにいくかと思います」
――もちろん、書類作成だけですので、事務手数料しか頂きません。
そう言って荻原さんが指差す項目には、四桁の数字。とりあえずの安心を得られるのなら、安過ぎるくらいの金額だ。
「――お願いします」
力強く、僕は言った。自分の言葉を噛み締めるように。
だから次の瞬間、その口から正反対の声を出すこととなるとは思いもしなかった。
「では、行きましょうか」
「はい?」
……行く、とは何のことだろうか?
そんな疑問を僕が口にするよりも早く、当然のように荻原さんは答えた。
「現場検証ですよ。しっかりとした書類を作るためには、実際にその場に赴くのが一番ですからね」




