# 02
「申し遅れました。私、ここの事務員をやっております、荻原と申します」
紅茶の香り立つカップが二つ置かれた、ガラスのローテーブル。それを挟んで対面に座ると、彼女は淀みない動作で名刺を差し出してきた。
もちろん、ビジネスシーンならばここで僕も名刺を出すべきだろう。
だけど生憎そんなもの持っていないし、作ったこともないので、小さく「どうも」とだけ言って受け取るほかなかった。
『萩原探偵事務所 事務員 荻原未知花』
名刺にはその名前と、事務所の住所と電話番号が書かれているだけ。余計な装飾は一切なく、この事務所同様、かなりシンプルなものだった。
しかし、そんな必要最低限の情報を読み切るのも待てないといった風に、
「――ちなみにですが」
と、彼女は言葉をつなげた。
「字は似ていますが、もちろん萩原とは血縁関係にはありませんし、戸籍上の関係もありません。似たような苗字の人間が、たまたま同じ職場にいるだけです。ですので、ハギワラとオギワラ、どうか呼び間違えないでいただけると幸いです」
よろしくお願いしますね、と優しく微笑む彼女。
だけど、その言葉からは有無を言わさぬ力が感じられ、僕は数度頷くのと同時に、彼女――荻原さんの名前を胸に深く刻み込んだ。
そして当然、相手に名乗られれば今度はこちらの番だ。
「末永介、幌石大学の三年生です」
「末永さん、とおっしゃいますと、もしかして?」
「はい、末永公久は僕の叔父です。以前、こちらで大変お世話になったようで」
「いえいえ、お世話だなんてそんな。むしろこちらこそ、その後も当事務所をご贔屓いただき助かっております。では、今回はその末永さんからのご紹介で?」
「ええ。何か起きてからでは遅いならこちらを尋ねろ、と言われまして」
『彼があの場にいなかったら、俺はもうこの世にいなかっただろうさ。まったく、今でもゾッとするよ、もしあんな事件が発生していたらと考えると』
叔父さんのそんな言葉も思い出しながら答える僕に、やはり笑みを絶やさず「なるほど、事前対処ですか。確かにそれは私どもの出番ですね」と荻原さんは言う。
そしてクイッと眼鏡の位置を直すと、では、と元々良かった居住いをさらに正した。
「早速ですが、ご依頼予定の内容をお聞かせいただけますか?」
「……はい」
人生初の探偵への依頼。
僕は一度深く息を吸ってから、切り出した。
「実は、大学の後輩がストーカーに遭ってるかもしれないんです」




