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濡れ衣ヒドインですが、ラスボスに執着されています  作者: 紗雪ロカ


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8/10

8.治癒ポーション(分離型)

 それからのイノリは、ネクロスの秘密研究所に篭もって実験を繰り返す日々を送ることになる。

 引き篭もり、誰とも話せない環境だったが、白ハムが常に傍にいてくれることで寂しさはだいぶ紛れていた。


『チッ、ヂッ、ヂィィ~』


 モンスターにしてはとても賢い彼は、まるで言葉が分かっているかのように実験を手伝ってくれる。身体が小さく役に立っていたかどうかは首をひねるところだが、その愛くるしい姿は何よりも心を和ませてくれた。

 ――ちなみに、見ていないところでネクロスの被験者にされたようで、とつぜん虹色に光り出した時はさすがに悲鳴が出た。幸いにも一時間ほどで収まったのだが、それ以降、白ハムは彼に対しては非常に攻撃的になってしまった。ちょっとした冗談ですヨと笑っていたが、止めなければ続行していたのではないかとイノリは今でも疑っている。



 そんな生活を続けて半月ほど。いつなんどき誰と遭遇するか分からなかったので、日中は籠もりきりなのだが、人が寝静まる夜半には塔を登った先の屋上でコッソリと外の空気を吸うことがあった。


「んん~、久しぶりの外だ。空気がおいしー……」


 伸びをしながら涼やかな風の流れを存分に楽しむ。今日はちょうど満月のようで、そらの反射板は塔に涼やかな光を投げかけていた。

 見下ろせば、断罪された王城の広間が見える。投獄された時はどうなるかと思ったが、何とか生き延びられていることに感謝する。石造りの縁に頬杖をついて眺めていたその時、背後から声を掛けられてビクッと反応した。


「空気が美味とはまた妙なことを。異世界から来た者は味覚まで変わっているのですか?」

「先生……そういう事じゃありませんってば」


 知っている人物だったことにホッとしながら振り返る。今日も、うさん臭い笑顔を振りまくネクロスは「おや?」とでも言いたげに少し首を傾げた。


「ですがキミは確かに『おいしい』と言いました。実際に食さなければそういった感想は出てこないと思うのですが」

「あーもう、やけに突っ込みますね! たとえですよ。気分的に清々しいっていうか、ええと?」

「清々しい味。なるほどミントのような」

「じゃなくて!」


 必死になって説明のつかないことを言語化しようとしていたその時、クスクスと笑う気配があり睨みつける。


「……もしかして、からかいました?」

「そんな気は微塵もありませんが、私は締め切った部屋の淀んだ空気もまぁまぁ好きです」

「もー……」


 やっぱりからかわれていたのかと、ジト目で頬を膨らませる。それを見てますます破顔した彼は隣まで来た。懐から何かの瓶を取り出すと、石縁の上にコトンと置く。


「頼まれていた量産品の初期ロットが完成しました、名付けるなら『簡易治癒ポーション(分離型)』と言ったところでしょうか」

「わ、早い」


 楽しそうだからと協力を申し出たネクロスに、イノリは試行錯誤して作り上げた治癒ポーションの量産を頼んでいた。

 この瓶にはイノリ自身から取り出した『光の魔力コピー』を混ぜ込ませた水と、『治癒(キュア)』の術式を組み込んだ錠剤をセットで収めている。蓋をカコッと開けると上部の錠剤が光の水に落ち、反応を起こして治癒薬になる仕組みだ。


「考えましたね。これなら劣化することもないし、錠剤を取り出されて分析されることもない。知識のない一般人でも蓋を開けるだけで誰でも簡単に使えます」

「えへへ、前に居た世界ではこういった仕事ばかりしていたので」


 一番最初に治癒薬に着手したのは、これに限ってはイノリが魔力を消しても治癒した事実は変わらないからだ。簡易と名のつく通り効果は適正レベルまで弱めているので、ネクロスが言っていたような“癒やし殺す”ような真似もできない。


(唯一の懸念は、製造を頼んだこの人が無断で改造してしまう可能性だけど……)


 ごくりと唾をのんだイノリは、真剣な顔をして横の男に向き合った。口を開くと静かに話し出す。


「先生、この薬はきっとたくさんの人を笑顔にできます」

「でしょうねェ、これまで高位貴族レベルでしか受けられなかった光の聖女サマの治療が平民にまで裾野を広げられる。医療に革命が起こると言っても過言ではないでしょう。人口が増え国力も安定する。文字通り救世主だ」


 そう、そこまで理解しているからこそ軽視できない。胸元で手を握り込んだイノリは訴える。


「その名誉も利権も全部あなたにあげます。だから悪用だけはやめてくれませんか?」


 夜の涼しい風が吹き抜ける。先ほどまで清々しいと感じていた空気は、呑み込むのも苦労するほど重い物に感じられた。


(それを受け入れてくれないようなら、魔力自体を止めるしか……)


 そう覚悟していたイノリだったが、金の目をスゥと細めたラスボスは意外な言葉を返してきた。

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