6.そもそも癒やしの魔法とは
「あの……わたしが入る前のリーシャってどんな感じでした?」
そう尋ねると、ネクロスは紅茶のカップに角砂糖を山ほど入れながらこう答えた。
「そりゃあもう、いろんな男にしっぽ振って腰振って――」
「っ、下品!」
赤くなりながらストップをかけると、歪んだ笑みを浮かべながら彼は続けた。
「ハハハッ。ま、私のところには一切来ませんでしたけどねェ」
(それは、まぁ……)
曖昧な笑みを浮かべながら視線を逸らす。ネクロスは攻略対象ではないし……どっちかって言うとイロモノキャラだし……。
隠者はカップをグイッと煽ると立ち上がった。ソファの背をポンと叩いて言う。
「ひとまず、この研究所は好きに使ってくれて構いませんよ。入り用のモノがあれば言って下さい。できるだけ手配しましょう」
「あ、ありがとうございます」
肩に乗ったままの白ハムを見ながら礼を言う。自分はともかく、ひどい目にあったこのコに何か美味しい物でも食べさせてあげたい。
申し出るため顔を上げたイノリは、欲望にぎらつく瞳にかち合った。
「その代わり、こちらの実験に付き合って貰いましょうか。光の属性魔力が及ぼす効果について、非常に興味があるのです」
その申し出に自分の喉がゴクリと鳴るのが分かる。
そういえばなりゆきでここまで来てしまったが、彼はこの国を滅ぼすラスボス(推定)なのだ。そうやすやすと、ヒロインの手の内を明かしてもいい物だろうか?
グッと表情を引き締めたイノリは、首元のチョーカーを外しながら宣言した。
「こちらが納得できる範囲でならお手伝いします。でもわたしを匿う代わりに、ここの事を漏らさないという約束なのはお忘れなく。あなたとわたしは対等の立場ですから」
「……いいでしょう」
目をニンマリと細める男は手ごわそうだった。戦々恐々とするイノリを残し、彼は出がけに明るく言う。
「しばらくはここから出ないことをオススメしますよ。あなたに怨みを持つ人物はこの城内にごまんといますから」
「ワァ、肝に銘じておきまぁす……」
四面楚歌すぎていっそ笑えてくる。しばらくはこの隠された研究所で大人しくしていた方が身の為だろう。
***
隠し研究所に居候して丸一日が経った頃、嬉々としてやってきたネクロスの手には簡単な軽食と――それから謎の実験器具がわんさか抱え込まれていた。
「さあ、それではさっそく始めましょうか!」
「ひっ……」
何をさせられるのかと身構えるイノリの前に、彼はドサドサとそれらを落とす。
「まずは、癒やしの魔法を見せて下さい。再現することができたら大いに役に立つことでしょう」
「えっ」
意外にも平和利用なのかと顔を上げるが、根っからの危険人物は目をかっぴらきながら首を傾げて笑った。
「利用如何によっては兵器として使えるかもしれません!」
「はい、ストップ」
聞き捨てならない台詞をイノリは即座に止める。呆れながら当然の疑問を返した。
「癒やしの魔法をどうやって兵器にするっていうんですか……」
「光魔法について自分なりに仮説を立ててみたのですよ、祈れば回復~シャランラみたいな都合のいい話納得できません。治癒とはつまりそう、人の『治そうとするチカラ』を無理やりに促進させること。過剰に引き起こせばポックリ逝くのではと」
「怖っ! ダメダメ、認められませんよ! どうしてそう物騒なんですか。頭がいいんだったら、人に怨みを買うようなことはしないでもっと――」
諫めようとしたイノリだったが、心底不思議そうな顔で見返され言葉が詰まる。背の高い彼にズイと覗き込まれ、小さな悲鳴が出た。
「逆になぜです? その未知のチカラを解析して強化することが出来たら、キミは比類なき強さを手に入れられる」
「……」
「あの時のように理不尽に取り押さえられても、力を示せば話を聞いて貰えるかもしれないのに」
その提案にごくりと喉を鳴らす。
一理……ある。ここは日本とは違う、己の身を守る術を身につけるべきという彼の考えは正しいのかもしれない。でも、
『ヂ……』
肩に乗った白ハムが、心配そうに鳴いて小さな手をかけてくる。彼を助けることができた時の喜びを思い出し、イノリはまっすぐに目の前の黒幕を見つめ返した。
「確かにそうかもしれません。だけどわたしは、魔法ってもっと素敵な物だと思いたいんです」
実力至上主義のネクロスとは相容れないのかもしれない。それは育ってきた環境の違いもある。けれども、イノリは、胸元を握り込んで自分の想いを伝えた。
「このチカラは、誰かの願い、希望になるような……そんな使い方をしたいんです。本物のリーシャならそうすると思うから」
その答えにネクロスは沈黙し、しばらくしてスゥっと目を細めた。手にした杖でイノリの顎をクッと上げると、口の端にフッと笑みを浮かべる。
「……甘っちょろいですねェ。私には到底理解できそうにありません」
「……」




