4.……密告してやる
思わず息を呑んで青ざめる。それもそのはずで、ネクロスはストーリーではだいぶマッドでイかれた人物だと描写されていた。引きこもってヤバい実験を繰り返しているとの噂が……この世界でもそうなのか。
嬉々として杖を振った彼は、握り手の部分を反対の手にトントンと打ち付けながら楽し気に笑う。
「さぁてどうしましょうか。光の魔力を搾り取って新たなエネルギーになって貰うとか、実験装置の魔力電池になって貰うとか」
顎に手をやる彼は、考え込むように宙に視線をやりブツブツと呟き出した。
「いや待てよ、あるいは魔物との××……もしくは××××なんてのも面白そうですが」
「り、倫理ぃぃ! 倫理が来て!」
口に出すのもおぞましい提案にイノリは震えあがる。鉄格子に掴みかかり、もう何度目になるか分からない訴えを繰り返した。
「お願い! 話を聞いて下さい! わたし本当に、身に覚えがないんです……!」
「ほう、随分と都合のよい記憶喪失ですね」
当然と言えば当たり前の返しにグッと詰まる。確かに今の自分は、罪から逃れようと出まかせを言っているようにしか見えないだろう。
だがイノリは、今の自分に取れる手段はこれしかないと落ち着いて答える。
「そう言われるのも仕方ないけど……でもわたしは別の世界から転生して、つい昨日この身体に入れられたんです。だから、ご……5股とか麻薬クッキーとかは全然知らなくて。先生、そういった『魂を入れ替える』魔法がある可能性は考えられませんか?」
「ふむ……確かに魔術は無限の可能性を持っています。そういった術式がある可能性も否定できません。が」
ニヤァと笑ったネクロスは指を立てたまま少しだけ首を傾げる。
「それが何だというのです? 私にとって重要なのは、好きに使っていい希少な光属性がここにあるという事実だけ。あなたの事情なんて知ったこっちゃないですね」
その返しにイノリはあんぐりと口を開ける。
「無実かもしれない人間を見捨てるんですか!?」
「あなたの無罪を証明したところで私に何の得があります? 交渉の基礎がなってませんねェ~出直してきて下さい――まっ、それも口がきける内ですが!」
「~~~っ!!」
『ヂィ! ヂヂィッ!!』
天を仰いで爆笑する男に、イノリは自分の内から怒りがフツフツと湧いてくるのを感じた。肩に乗った白ハムも怒ったように威嚇してくれる。
覚悟を決めたイノリは、鉄格子を掴みながらボソッと呟いた。
「……密告してやる」
「ハハハ! ――何です?」
脅しを含んだ低い声に、ネクロスは笑うのを止めてこちらを向く。キッと彼を睨みつけたイノリは、半ばやけくそになりながら叫んだ。
「わたしあなたの悪行を知っています! バラされたくなければ協力して!」
イノリがそう言ったのは決してハッタリなどでは無い。
ネクロス・ルードのもう一つの顔――それは、本編における黒幕だということだ。
真理を追究するがあまり禁忌に手を出し、国を滅ぼそうとする彼をイケメンたちと協力して阻止するのが本来のメインストーリーだったりする。
こちらをジッと見ていたラスボスは、皮肉っぽい笑みを口の端に浮かべてこう返してきた。
「ハ……何を。はったりにしてはお粗末――」
「北の塔。下から数えて39段目に乗り、つま先でタップして下3・正面2・右を4回。それから炎魔法を壁の中の隠し扉にあるロウソクに灯す」
冷静にそう返すと、ピクリと動きを止めたネクロスは真顔でこちらを見た。
今告げたのは、ストーリー終盤で乗り込む事になる『隠し研究所』への入り方だ。すでに逃げられた後のそこには、国をひっくり返すような研究をしていた痕跡があちこちに残されていた。この世界でも同じだとするならば、現在進行形でやましいものが大量にあるはずだ。
「わたしに協力してくれなければ、この事を見回りの警備に伝えます」
「どこからそれを……」
そこからしばらくお互いに睨み合っていたのだが、先にフッと目を細めたのは向こうだった。腰に手をあてた彼は杖を振りながらこう告げる。
「今のキミに話を聞いて貰えるだけの信頼があるとでも?」
「だとしても、人は好奇心に勝てない。意識が向くだけでも、あなたにとっては都合が悪いでしょう?」
綱渡りをしているようなハラハラ感の中、鉄格子をきつく握りしめて相手を見つめる。ここで退けば何もかもが終わるという直感がイノリの中にはあった。
「……」
ネクロスはこちらを感情の読めない眼差しで見つめていたが、スゥと目を細めると少しだけ雰囲気を変えた。顎に手をやった彼は考え込むように思案し出す。
「暗号を変えるのは容易い――が、人が寄り付くのは私も望むところではない。……まぁいいでしょう。手順を知り得た方法も気になる。それに君の言う『転生』を証明する……あるいは記憶喪失の『ふり』を剥がすのも楽しそうだ。名は?」
「え?」
「名前です、リーシャでないと言うのなら本当の名があるのでしょう?」




